「モ、モンスタ―とは⁉」
「見えているだろう。あれのことだ」
ジャッキーさんが指を差した先には、全身が薄緑色の、やや小柄な体格で、大きな目と鷲鼻に尖った耳で半裸、右手に石斧を持った存在がいた。
「!」
わたしは驚いてしまう。
「……」
「ひ、ひえええっ⁉」
半裸の存在が大きな目をギロリとこちらに向けてきたので、わたしは思わず悲鳴を上げてしまう。それとは対照的にジャッキーさんは冷静に呟く。
「ゴブリンだな……」
「な、なんですか、それは⁉」
わたしはジャッキーさんに問う。
「なにって……モンスターだが」
「で、ですから、モンスターとは⁉」
「……モンスターを知らないのか?」
ジャッキーさんは驚いた様子でわたしを見つめてくる。
「いやいや、漠然とならば知ってはいますが!」
「漠然とか……」
ジャッキーさんは少々困ったような表情になる。
「よ、要するに敵だということですよね?」
「まあ、そんなところだな。本当に漠然とした認識なのだな……」
「そ、それは仕方ないでしょう。ゲームやアニメとかしかで見たことないんだし……」
「ゲーム? アニメ?」
ジャッキーさんが首を傾げる。
「あ、ああ……フィクションってことです」
「フィクション?」
ジャッキーさんがさらに首を傾げる。
「え、ええっと……架空のお話だということです」
「なに? 架空だと?」
「え、ええ……」
「あのゴブリンは現実に存在しているぞ」
ジャッキーさんはゴブリンを指し示す。
「そ、そうですね……」
「そうですねって……」
「……」
「………」
「…………」
「なにを黙ることがあるのだ?」
ジャッキーさんが首を捻る。
「い、いや、なんと言えば良いのか分からなくて……」
「なにか反応がないと、こちらとしても困るな」
「なにも反応しようがないから困っているんですよ」
「ふむ、そうか」
「ええ、そうです」
「とは言っても……なにかしらの反応が欲しいところではあるな……」
「はあ……」
「なにかないのか?」
ジャッキーさんがわたしに尋ねる。
「な、なにかって……『きゃ、きゃああ! ゴブリンよ!』」
「ゴブリン如きでそう取り乱すな……」
「なにかしらの反応が欲しいって言ったじゃないですか⁉」
わたしは唇を尖らせる。
「そんなに慌てなくも良いだろう……他には?」
「えっと……『ゴ、ゴブリンが現れた!』」
「却下」
「きゃ、却下⁉」
「なんだ、その妙な説明口調は……」
ジャッキーさんが訝しげに目を細める。
「い、いや、モンスターが現れたんなら、自然とそういう口調にもなりますよ!」
「自然か?」
「ええ!」
「かえって不自然なような気もするが……他には?」
「ほ、他? 『ガ、ガンガンと行こうぜ!』」
「ふむ……その意気や良し!」
ジャッキーさんが満足そうに頷き、腰に提げた剣の鞘に手をかけようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
わたしは慌てて止める。
「……なんだ?」
ジャッキーさんが呆れたような視線を向けてくる。
「な、なんだか勢いに乗せられてしまっていますが……!」
「勢いに乗せたのはそなたの方だろう」
「そ、それはそうかもしれませんが……ちょっと待ってください!」
「なにを待つことがあるのだ?」
わたしは右手を真っ直ぐに上げる。
「く、詳しい説明を求めます!」
「説明だと?」
「は、はい!」
「何故に?」
「ゴブリンとは架空の……空想上の存在だとわたしは認識していたのですが……どうしてここに現れたのですか?」
「……そなたたちのいるこの世界では空想上の存在かもしれないが、我々の世界には確かに存在しているのだ」
「我々の世界?」
「ああ、そなたたちから見れば、いわゆる『異世界』という世界だな」
「い、異世界ですか⁉」
「さきほどからそう言っているだろう……」
「ジャッキー=バンバラさんは……」
「ジャッキー=バラバンだ……我は異世界の勇者だ」
「い、異世界の勇者とモンスターが何故ここに……?」
「……有識者の孫が言うことには、我々の世界とこの世界がなんらかの形で繋がってしまったのだそうだ……」
「ゆ、有識者の孫って、それは単なる普通の人なんじゃ……」
「とにかく、モンスターを討伐するぞ……モンスターを跳梁跋扈させてはならん」
「ええ? わたしはごくごく普通の女子高生ですよ?」
突発的に人一倍強い霊感が備わっていて、選ばれし存在だということを除けばだが。
「……有識者の孫が言うには、そなたがこの辺で最も運命的な勇者だと言う……」
「そ、そんなあ⁉」
わたしは両手で頭を抑えて天を仰ぐ。
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