「あ、悪魔とは⁉」
「見えているだろう。目の前のあれのこった」
ブレムさんが指を差した先には、全身が黒一色、やや小さめで、二本足で立っていて、頭に二本の角が生えており、尻尾が尖っており――矢印のような形をしている――槍を手に持った存在がいた。
「!」
わたしは単純に驚いてしまう。
「……」
「お、おおう……」
黒一色の存在がこちらに向かって動いてきたので、わたしは後ずさりをしてしまう。そんなわたしの様子を見て、ブレムさんは顎をさすりながら呟く。
「へえ……」
「な、なにか?」
わたしはブレムさんに問う。
「いや、感心していたんだよ」
「感心?」
「ああ」
「……もしかしてわたしに対してですか?」
わたしは自らを指差す。
「他に誰がいるよ」
「……感心する要素ありましたか?」
「いや、普通だったなら、悪魔と相対した瞬間に、ガタガタと震え出して、周囲に向かって、『助けてくれー‼』って泣き叫ぶもんなんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。すっかりビビっちまってな」
「はあ……」
「アンタ、オイラにはビビっている様子だったのに、悪魔にはビビらねえんだな。ははっ、おもしれー……」
「おもしろくはないです!」
わたしは食い気味にブレムさんの言葉を否定した。この局面で『おもしれー女』認定されて良いことは絶対無い気がするからだ。
「そ、そうか……」
「そうです!」
「……いや、やっぱりおもしれ……」
「おもしろくはないです‼」
「……いやいや、おもし……」
「おもしろくないです!」
「……」
「………」
「いとおかし……」
「いとおかしくはないです!」
「インタラスティング……」
「アイアムノットインタラスティングガール!」
「む……」
「OK⁉」
「むう……」
「アンダスタン⁉」
「あ、ああ……」
「……ご理解頂けて良かったです」
わたしはうんうんと頷く。
「ま、まあ、それはともかくとしてだ……」
「はい」
「何故にビビらねえんだ?」
「え、それは……だって……」
「だって?」
「……ベタベタなんですもん」
「は? 触ったのか?」
「いや、感触的な話ではなくてですね、なんというか……ビジュアル的なことです」
「ビジュアル的?」
「ええ、だって見てくださいよ、虫歯の擬人化イラストみたいじゃないですか?」
「ぎ、擬人化イラスト?」
「見たことありませんか? 歯医者さんとかに貼ってあるポスター」
「ああ……なんとなく、言いたいことは分かった……」
「だから、どちらかと言えば……親しみすら覚えます」
「はあっ⁉」
ブレムさんは驚く。
「? なにか?」
わたしは首を捻る。
「い、いや、アンタ、思ったよりも大物かもな……」
「そ、そんなことはありませんよ」
「いいや、とにかく常人ではないようだ」
「いえいえ、極めて常識人ですよ……」
「謙遜すんなよ」
「謙遜させてください」
「だって、悪魔に親しみを覚えるんだろ?」
「それはちょっと口が滑ってしまっただけです。忘れてください」
「忘れろったってな……」
ブレムさんが自らの髪をボサボサと掻く。
「……なんというか、慣れただけです」
「慣れ?」
「ええ、ここ数日色々あったので……」
わたしは俯き加減で呟く。
「ふむ、興味深いな……」
ブレムさんは腕を組んで頷く。
「話すと長くなるので話しませんよ?」
「詳細はどうでもいい」
「ど、どうでもいい?」
「色々あったわりにキャパオーバーしていないアンタ自身に興味が湧いた……」
「あ……」
しまった。マズい流れだぞ、これ。
「悪魔にビビらないのはマジで大事なことだぜ」
「い、いや、ビビるビビらないではなくてですね、慣れてしまったというか……」
「エクソシストの素質ありだな」
「素質あり? わたしはごくごく普通のどこにでもいる平凡な女子高生ですよ?」
突発的に人一倍強い霊感が備わっていて、選ばれし存在で、運命的な勇者で、スペースポリスマンの適性が高いということを除けばだが。
「……それじゃあ、サクっと悪魔祓いと行こうぜ、相棒」
「あ、相棒にされてしまった⁉」
わたしは両手で頭を抱える。
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