「おいおい、ツクシじゃん! 久しぶりだなあ!」
「……新方くん。久しぶり」
オレが友好的に挨拶しても、『ツクシ』は気まずそうに返すだけだった。そういうところが『僕をいじめてください』とオレに訴えかけているように見えるのだ。こいつは生まれついてのいじめられっこだ。
「あれ、知り合いなの?」
「そっすよ、同じ高校だったんです。な、ツクシちゃん」
「うん……」
「新方くん、高校卒業してたのか……」
船木はオレを見て、意外そうな顔をする。なんだ、なにか文句あんのかよ。
「いやー、偶然だなあツクシ。お前どうしてんの?」
「ああ、今は……」
「あ、いや、ちょっと待て。折角だから当ててやるよ。お前ニートだったんだろ?」
「え?」
オレに指摘された『ツクシ』は、目を丸くする。どうやら図星のようだ。
「オレたちが高校卒業して、もう一年以上だもんなあ。お前、親にとうとうニートなの責められて、やっとバイト始めたんだろ? いや、お前気が弱いもんなあ」
「……あのさ、新方くん」
「いいからいいから、気にすんなって。ま、オレがお前をしっかり社会復帰させてやるよ、な?」
オレは『ツクシ』の肩に腕を回し、友好的に頭を小突く。ま、同じ高校だったよしみだ、こいつのことも可愛がってやるか。
「んじゃ、船木店長。ちょっとこいつに仕事教えてきますわ」
「……いや、やっぱりいいよ」
「え?」
船木は折角のオレの申し出を何故か断った。なんだこいつ。
「神野さん、ちょっと今空いてる?」
「はい、大丈夫ですよ」
そして近くにいた仁美ちゃんに声をかけ、『ツクシ』を紹介する。
「彼、新しく入った筑波くんなんだけど、神野さん、教育してやってくれる?」
「はい、いいですよ。それじゃ、筑波さん。行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします!」
『ツクシ』は仁美ちゃんに連れられて、店の奥に向かっていった。んだよ、『ツクシ』の分際で鼻の下伸ばしやがって。
「さあさあ、新方くんも早く仕事始めて。平日とはいえ、もう夕方からは混むんだから」
「はーい……」
とりあえずオレは更衣室で制服に着替えて、仕事を始めた。
その日のシフトは夕方の五時から夜の十時までだったので、バイトが終わった頃にはすっかり暗くなっていた。オレは更衣室で着替えをさっさと済ませ、店の前に立っていた。
「お疲れ様でしたー!」
そうしていると、ようやく店から仁美ちゃんが出てきた。明るい茶髪をアップに纏めた私服姿の仁美ちゃんは、七月に入ったこともあり、オフショルダーのトップスと丈の短いホットパンツ姿という、露出度の高い格好だった。やっぱり仁美ちゃんはオレと同種で、スクールカースト上位の人間なのだろう。
「よう仁美ちゃん、バイト終わったし、ちょっとメシ食いに行かない?」
「え? 新方さんとですか?」
「そうそう、最近この近くにファミレスできたろ? あそこ行こうぜ」
「えーと……」
仁美ちゃんは困ったような顔をしているが、これはオレの気を惹くための演技だ。仁美ちゃんはスクールカースト下層にいるようなブスとは違う。オレのようなイケてる男と遊びたいと思っているはずだ。
そんな時、仁美ちゃんの後ろから『ツクシ』が出てきた。それを見た仁美ちゃんはすぐに声をかける。
「あ、そうだ。筑波さん!」
「え、はい。どうしました?」
「新方さんがご飯食べにいかないかって誘ってきたんですけど、歓迎会も兼ねて、筑波さんもご一緒しませんか?」
「……」
『ツクシ』は一瞬、オレの顔をチラリと見たが、すぐに仁美ちゃんに視線を戻し、笑顔を浮かべた。
「わかりました、ご一緒しましょう」
「ありがとうございます! じゃ、行きましょうか新方さん」
「ああ……」
んだよ、仁美ちゃんと二人きりになれるチャンスだったのによ。『ツクシ』の野郎、空気読めよ。
……まあいいや、どうせ『ツクシ』が面白い話を出来るわけねえし、スキを見て二人きりになればいいか。
そう思いながら、オレたち三人は近くのファミレスに向かった。
席に座った直後、オレは胸ポケットからタバコを一本取り出し、火を付ける。
「おい、ツクシ」
「え、なに?」
『なに?』じゃねえよ。オレがタバコを吸っているんだから、早く行動に移せよ。
「見てわかんねえの? 灰皿だよ灰皿! そこにあんだろうがよ!」
「……ああ、はい」
「ったく、言われる前にやれよ。相変わらず鈍くせえなあ」
「……」
『ツクシ』は灰皿をオレの前に置く。本当に空気読めねえヤツだ。
「いやさあ、仁美ちゃん。こいつって高校時代からこうだったんだよ。みんなにいじめられててさあ、本当に、困ったヤツだよなあ」
「……そうなんですか」
「そうそう、高校では陰キャで三年間過ごして、高校卒業したらニートだろ? 本当、どうしようもねえよなあ」
「ああ、新方くん、それなんだけどさ……僕は今、大学一年生なんだよ……」
「あ?」
『ツクシ』は小さな声で言ってきたが、オレの耳は確かに、『大学一年生』という単語を聞き取っていた。
「へー、お前大学生だったんだ。でも、いま一年生ってことは、浪人したんだろ? お前勉強できるみたいな態度取ってたけど、やっぱりバカだったんだな」
「そ、そうなのかもね……」
「そりゃそうだろ。大学なんてみんな浪人せずに行ってるんだろ? つーかオレに言わせれば、大学行ったところでバカなヤツはバカなんだよ。オレみたいに出来るヤツは、大学行かなくても能力あるから、どんどん上に行けるんだよね」
「……」
『ツクシ』はオレの正論に反論することができないからか、目を丸くして黙りこくってしまった。その直後、オレの隣に座らせた仁美ちゃんが『ツクシ』に質問する。
「え、えーと、そういえば筑波さんってどこの大学に行ってるんですか?」
「ああ、I大学ってところ」
「はあ? なんだそりゃ、聞いたこともねえ……」
「え? I大学!?」
大学の名前を聞いた仁美ちゃんは、なぜか驚いた声を上げた。
「I大学って、国立の有名なところですよね!? すごい! そんなところに入ったんですね!」
「いや、さっき言った通り一浪してるし、運が良かったのもあるよ」
「それでもすごいですよ! 私なんて三浪しても入れないと思いますもん」
「そ、そうかな……?」
仁美ちゃんに褒められて、照れたように顔を赤くしてやがる。なんだこいつ、調子乗るなよ。
「ま、オレに言わせりゃ、学歴良くたって無能だったら意味ねえと思うけどね」
「新方くん……」
「いや、お前にしちゃ頑張った方だと思うよ? その……I大学?ってのはさ、国立?なんだろ? リッパなんじゃね? でもやっぱりお前みたいな陰キャはさ、あんま夢見ないで、細々と生きていくべきだと思うよ?」
「……」
「やっぱさ、人生って高校時代イケてたかによると思うんだよね。そこでやっぱ人生の結果出ちゃうんだよ。そこで上手く立ち回れなかったようなヤツはさ、何やってもダメなんだよね」
オレの持論に聞き惚れたのか、『ツクシ』は言葉を失っている。ま、これがオレと『ツクシ』との格の違いってやつですよ。
「仁美ちゃんさあ、こいつ今日どうだった? やっぱ仕事できないっしょ。ごめんね、お荷物任せちゃって……」
「いえ、筑波さんは仕事覚えるの早くて、すごく助かりましたよ」
「はは、仁美ちゃん優しいなあ。こんなヤツに遠慮することないよ。陰キャを甘やかすと、すぐ女の子に危ないことするんだから、気をつけた方がいいよ?」
「……アンタよりマシだよ」
「ん? なんか言った?」
「いえ、別に……」
仁美ちゃんが小声で何か言ったようだったが、よく聞こえなかった。
「そういえば、新方くんの方はどうなの?」
「ん、オレか? ま、オレは高校生の頃からあそこで働いてたからね。今じゃすっかり店のエースだね。今日はいなかったけど、後藤田ってヤツなんか、すごくオレを頼りにしてんだぜ」
「へー……」
「つーかさ、オレに言わせれば、あの船木って店長はダメだね。あいつ多分、高校の頃いじめられてたんだよ。そういうオーラが出てるもん。そういうヤツがトップなのはカラオケ店なんて陽キャのテリトリーにとって良くないと思うんだよね。店が陰気になっちまう」
「そう……」
「やっぱね、オレみたいな陽キャがトップの方が、組織にとっていいと思うんだよね。オレだったら全体的に上手くやれんじゃん? ま、いずれ本社の方もオレを引き抜くんじゃない?」
「そうなんだ……」
そう、やはり船木ではなく、オレこそが人の上に立つべき人間なのだ。いずれあの店の連中も、それがわかるはずだ。
調子に乗って喋っていたら、すでに十一時半になっていた。
「あ、じゃあそろそろ遅いし帰りますね。お疲れ様でした」
「え、帰るの?」
「はい、明日学校ですし、じゃあまた」
そう言って、仁美ちゃんは出て行ってしまった。んだよ、結局二人きりになれなかったじゃん。
「じゃあ僕も帰るね」
「おう。つーかさ、お前もさ、仁美ちゃんにあんまちょっかい出すなよ」
「は?」
「お前みたいな陰キャが仁美ちゃんに話しかけるのはさ、はっきり言って迷惑なはずなんだよね。そういうのわからない?」
「……」
オレは親切心で忠告してやったが、『ツクシ』は立ち上がってオレを見ると、ボソリと言った。
「……いくつなんだよ」
「あ?」
『ツクシ』はオレの返事には応えず、さっさと店を出て行ってしまった。『いくつ』ってなんだよ? 意味がわからねえ。
ま、あいつみたいな陰キャが店に馴染めるわけもねえ。すぐに辞めていくだろう。そうしたら改めて、仁美ちゃんを誘えばいい。
だがそんなオレの予想は、裏切られることとなった。
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