『ツクシ』たちと揉めてから二日が経ったが、オレの心は未だに晴れないでいた。そう、まだ俺の頭からあの言葉が離れない。
『みっともないよ』
『ツクシ』はオレに向かってそんな言葉を投げかけた。このオレに向かって哀れむような視線を向けた。
それがどうしてもムカついた。なぜオレが『ツクシ』ごときに見下されなければならない。オレが『ツクシ』を見下すのは許されるが、『ツクシ』がオレを見下すのは許されない。それが陽キャと陰キャの差というヤツだ。オレと『ツクシ』の間にはそれくらいの格差があるはずなんだ。
だけど今の現実として、『ツクシ』は仁美ちゃんや他のバイト仲間たちと楽しそうに仕事をしている。
「神野さん、6号室のドリンクできあがったから、持ってってもらっていい?」
「はい、じゃあ持って行きますね」
「筑波さーん、こっちフライドポテト揚がりましたけど、これどこのでしたっけ?」
「ああ、それは4号室。あ、僕が持ってくよ」
『ツクシ』はこのバイト先に入ってまだ二ヶ月程度のはずなのに、もう周りのヤツらに指示を出すようになっている。一方のオレは厨房の隅でひたすら皿洗いをしていた。なんでだ、なんでこのオレがこんな雑用をしないといけねえんだ。
そもそもなんで他のヤツらは、みんな『ツクシ』なんかの指示に従っているんだ。悔しくないのか? ムカつかないのか? 陰キャなヤツの下で働かされるなんてオレはごめんだ。
しかしそこまで考えてみて、オレはひとつの解答を得た。
おそらく、このバイト先の店員は、オレ以外の全員が陰キャなんだ。
そうなら全て納得がいく。よく見たらさっき『ツクシ』にフライドポテトを渡していた店員もなんか歩き方がキモいし、仁美ちゃんも『ツクシ』とデートに行くくらいだ、おそらくは同類だろう。
そうか、こいつらみんな陰キャなんだ。だから『ツクシ』の指示にも大人しく従う。陽キャだったら耐えられるはずがない。こいつらは全員が、過去もしくは今もいじめられている陰キャなんだ。
つまりこいつらは陰キャ同士馴れ合っているんだ。そんなバイト先にオレはいるんだ。だったらオレはどうする? バイト先を変えるか?
いや、そんなのはここから逃げたみたいで、オレのプライドが許さない。本来、『逃げる』という行動を取るのは陰キャだけだ。オレは常に逃げた陰キャをあざ笑う側の人間だ。だから逃げるなんてことはしない。ここにいる陰キャを全て追い出して、新たに理想的なバイト先を作ればいい。
そこまで考えて、どうやって陰キャどもを追い出すかに考えを移し始めた時だった。
「新方くん、ちょっといいかな?」
オレに声をかけてきたのは、船木だった。なんだよ、やっとオレがどうするべきかわかったんだから、邪魔すんじゃねえよ。
「はいはい、なんすか?」
「あのさ、ちょっと話があるから事務所に来てくれる? 今ちょうど空いてる時間帯だしさ」
「……いいっすよ」
コイツがなんの用なのかは知らないが、とりあえずは従っておくことにした。
事務所に入ると、船木は監視カメラのモニターの前の椅子に座り、オレに向かいの椅子に座るように促した。
「で、話ってなんすか?」
「あー、うん……」
船木はオレの質問になかなか答えない。なんだこいつ、オドオドしやがって、典型的な陰キャだな。
「あのさ……ちょっと言いにくいことなんだけどね、君の勤務態度のことなんだよね」
「勤務態度?」
「そう。実を言うとね、君の仕事ぶりがその……あまりにいい加減なんじゃないかって、複数人の店員から報告されてるんだよね。それで私もここ数日君を見てたけど……ちょっとね……」
「……なんすかそれ? オレのどこが問題あるんすか?」
「まず食器を洗っても汚れが全然落ちてないし、接客態度も敬語や丁寧さが足りない。実際にお客様からも君に関するクレームは何件か寄せられてる。私が店長になったここ数ヶ月の間にね」
敬語や丁寧さが足りない? んなもん知ったこっちゃねえよ。なんでオレがそこまで下手に出なきゃいけねえんだよ。
「君に対するクレームで私が頭を下げたのは一度や二度じゃない。それが私の仕事なわけだからそこに文句を言うつもりはないけど、君の勤務態度を改めさせるのも私の仕事だ。だからこうして、君をここに呼んでいる」
「はあ……じゃあもっと時給上げてくれないっすかね? そうすりゃやる気出しますよ」
「……正直、君の時給を上げる気にはならないよ。だって仕事ができてないわけだからね。そんな人に多く給料を払うわけにはいかない」
ふざけんなよ、なんで時給上げるなんてことすらできねえんだよ。
「このまま君の勤務態度に変わりが見られないようだと、残念だけど君にはここを辞めてもらうことになる」
「は!?」
「それが嫌なら、もう少し真剣に仕事を……」
「ふざけんなよ!! なんでオレがクビになるんだよ!」
別にこんなバイト先に未練なんてない。ここを辞めたところで、オレならすぐ他のバイトを見つけるだろう。だが、このオレがクビになるなんてことは我慢ならない。そんなのは……
「大体、オレがクビになるんなら、ツクシは……筑波はどうなんだよ! あんな陰キャに仕事できるわけねえじゃん!」
「……じゃあ逆に聞くけどさ、君が筑波くんより優れているところある?」
「ああ!?」
「彼は言葉遣いも丁寧だし、他の店員とも良好な関係を築けている。それに仕事も早いからお客様から満足の声が寄せられている。対して君はどうだ? 店長である私にすら満足に敬語を使うことすらできない。TPOも弁えられない人間を、どうして雇い続けないといけないの?」
なんだよ、それってつまり……
オレが『ツクシ』よりも劣っていると言うのかよ?
「ふざけんなよ! 同じ陰キャだからって、ツクシを贔屓してんのか!? オレの方があいつより格上なんだよ! ずっとそうだったんだよ!」
「だからさあ、私からしたら、陰キャとか陽キャとか、格上とか格下とか関係ないんだよね。要は仕事できるかできないかだから。筑波くんは仕事ができて、君は仕事ができてない。だからこの話をしてるの」
「アンタみたいな陰キャに何がわかるんだよ! アンタもずっといじめられてたんだろ!? そんなヤツになんで説教されなきゃいけないんだよ!」
「わかんないかなもう! 他人をいじめてたとか他人にいじめられてたとかそういうのは社会じゃステータスにならないの! そういうのはせいぜい高校で終わり! そんなこともわからないから、君は仕事できないんだよ!」
船木はオレに怒鳴り、オレを呆れたような目で見てる。違う、オレはそんな目で見られるような人間じゃない。オレは他人の上に立つ人間なんだ。オレは……
「もうわかった。君にはもう来月で辞めてもらう。余計なお世話かもしれないけど、その態度を改めない限り、君はどの職場でも同じ理由でクビになるよ」
オレが……クビ?
ふざけんな、オレにそんな口を利くな。オレは……
「オレは、オレはああああああああっ!」
「え?」
そして気がつくとオレは……
「うぐっ!?」
船木の顔面を、思い切り殴ってしまっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。高校の頃も、こうすれば皆オレに従った。陰キャどもはオレを恐れ、オレに媚びへつらった。船木だってオレを恐れるはずだ。だってこいつは陰キャ……
「な、何をするんだ! おい! 誰か来てくれ!」
船木は大声を出し、事務所から飛び出した。そしてすぐ傍にいた店員を呼び止める。
「て、店長、どうしたんですか!?」
「警察を呼んでくれ! 彼に殴られたんだ!」
「え、ええ!?」
船木はオレを指さし、オレに恐怖の視線を向ける。そうだ、これこそが正しい関係なんだ。皆はオレを恐れ、オレは皆を支配する。
オレに逆らうヤツは、全員殴って従わせるんだ。
「おらあああああっ!」
「うわああっ!?」
オレは尚も船木に殴りかかる。何発か殴ればこいつも言うことを聞くだろう、オレの方が上だと理解するだろう。
当然だ、オレは他人の上に立つべき人間なのだから。
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