少し論点をずらしてこの緑色の液体が何なのか、考えてみる。
染色されたただの水ではないと思う。冬場のプールのように、苔とかプランクトンの増えた水でも。その可能性はないわけじゃないけど。
机やイスの見える景色は多少湾曲しているので、始めから自分が円柱型か楕円形型の水槽に収容されていることは分かっているのだが……水槽のガラスが単に緑色をしていると考えるには、突きつけられている俺の不可解な現状から察するに正直心もとない。
液体は細胞組織の生成を促すのか、防腐か安定剤目的かはわからないけど、何かしらの作用をもたらすいわゆるホルマリン的な液体だということの方がまだ納得しやすい。
この手のSF洋画は俺はあまり見た覚えはないが、アニメやマンガでは場面としてはいくらでも見たことがあるし、クライシスではホムンクルスコンテンツの真っ最中だった。
机を見下しているし、目線の高さからも、おそらく俺はどうも直立姿勢で浮かんでいるらしいし。
緑色の液体は悪い液体、人体に悪い影響を及ぼす類のものではないように思う。
特に根拠はないが、快適そのものだし。呼吸器の所在も相変わらずわからないけど、ファンタジー的な理由から案外つけてないのかもしれないね。
ただ、この緑色の液体が細胞組織の生成やら安定やらを促す科学的なあるいはファンタジーな液体だとして、俺が造られた生物だっていうなら、数種類の魔物が合体したキメラだったり、醜悪な外見を持ったクリーチャーの可能性だってある。
魔物や怪物の類は嫌だな。気分的に。体の部位が一切見えないのが本当にもどかしいよ。
そういや造られた生物ってたまに幼女のときもあるよね。そしてなんやかんやあって主人公についてくると。
俺もしかして幼女なの? うん。幼女化は、いいかな……。
できれば若い人族の男性でお願いします。時代背景的に中世か近世のファンタジー世界っぽいので、街を観光して、好みの女性とご飯食べることになって、美味しい料理を食べて、その辺りで目が覚めてほしい。
平和が一番。その後のウフフな展開はどうせ目が覚めるだろうからいらない。なんで毎回目が覚めるんだろうな? 別に童貞でもないのに。“オイラ”、もういい歳よ?
『――――』
それにしてもファンタジーな世界なら、人工生命体を造るのはたいていアブナイ科学者さんだけど。そうなると、目の前の机の主が創造主なのかな?
分厚い書籍。試験管やフラスコ。紙切れ。封筒。ペン立て。羽。鳥かご。カバン……。机から性格を察するにはちょっと材料が足りない。
とくに雑然とはしていないから、マッドな方ではなさそう、か? いや、几帳面な方が、むしろイカれてたりするかもしれない。
機械の類がないっぽいので近未来の科学者ではなさそうだ。ということは品々のラインナップから錬金術師とかになるのかな。
手足を動かそうとしてみる。ダメだ、全然動かない。というか、そもそも全身に神経が通っていないような印象すら受ける。
現実世界でとくに出来るわけではないが、足の指の先や耳をピクピクと動かそうとしたりしてみる。
本来の体ならしかめっ面になったり、下手したら指先が攣ったりするのだが、顔や体にはとくにこれといった痛みもなければ動きもない。
そんなことをしていて、ふと思い立って動くのをやめる。
あまり強く自我を持つと、夢から急に覚めることが多いからだ。
身動きのできないこんな状態だけど、とくに怖い夢でもないし、せめてもう少し絵に動きがあってから覚めたい。
例えば俺自身がどんな生物――もうこの際クリーチャーでも幼女でもいいや――であって、どんな人がこういうキナくさい研究をしているのかとか。
マッドなお方かもしれないから研究者と話すところは遠慮しとこうかな。俺自身の姿を見るか、研究者の姿を見るか、どっちかを達成してから夢から覚めたい。
なるべく自我を強く持たないように、変わらない絵面を見ながらぼんやりしてみる。
……何も考えずに、体感的に3分くらい経ったと思う。
うん。待てない。
いやあともう3分経ったらもう目覚めよう。
そう決意したとき、唐突に水槽の下の方から金色の光が伸びてきた。
お、ようやく動きが。
金色の光は少しずつ緑色の世界を侵食し始め、視界の下3割ほどを埋めたところで侵食が止まる。
光はオーロラのように緩やかに微妙に波立っている。何か文字らしきものが投影されているらしいのだが、薄い上に見たことのない文字だったので、残念ながら解読できない。
今度は机の上に広げられた一冊の本からも光が発しだした。こっちは金色に青色が混ざり、美しい色合いだ。やはり波立っている。
本をよく見たらさっきまで開いていたページではなく、大きな魔法陣がいくつか描かれたページになっている。
なんだ……?
本の上にはやがて円環が出現したが、その上にはさらにいくつもの円環が出現し、扇状に広がっていく。
そうして各円環の中心部に四角形を二つずらして重ねた八角形や、六芒星などの形が生まれ、頂点にさらに六芒星を浮かべるなど模様は複雑化をしながら線対称の形が形成されていく。
あっと言う間にすべての円環の中に幾何学模様が完成し、タワーができた。
模様の外や外円にある帯の空白部分には、物凄いスピードで時計回りに意味不明な、創造的な異国語が描かれていく。
目の前で展開されているものは魔法陣だと分かったし、ここが魔法のある世界であることに昂る感情もあったが、なにより空中に浮かぶ魔法陣の初めてまともに見た拡張現実技術の非現実さや、文字の形成スピードから目を離せない。
打ち込まれていく文字に、思わずタイピング達人の文字打ちスピードのようだと思う。ひときわ大きな魔法陣の文字打ちには文字列が2行になったりもして、それ以上ではないかという場違いな感想を持った。
最後に残った一番下にある一番大きな魔法陣の文字打ちが終えると、下の魔法陣から上の小さな魔法陣までポッポッポッと順々に光りだしていく。
そうしてすべての魔法陣が光り終えると、明滅しだした。3回目の明滅で、すべての魔法陣が一斉に発光した。
部屋が強烈な白光で溢れていく――
目もろくにつむれない俺は、わずかに目を細めるばかりで魔法陣の生み出した閃光に埋もれていった――
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