ただバイト帰りに一緒に帰って少し会話が出来ただけなのに浮かれまくって進学先の学校で深沢に気持ち悪がられるのにも慣れてきた頃、僕はある問題に頭を悩ませていた。
あの子とバイトが一緒にならない。
洗い場は人数が少ない事もあるが、気になるあの子に少しでも会いたいという気持ちがあって週の半分以上はシフトを入れていた。が、一向に同じ日同じ時間にならない。
ホールはそれなりに人数が多い為、ただでさえそれほど入る日が多くない上に、あの子はあまり閉店までやる遅番をやらなかったのだ。
せっかくこの前盛り上がったのに、このままではその事も忘れ去られ、え?あんた誰だっけ?と言われる事態になってしまうやもしれん。焦りで浮かれる事もできなくなった僕はある事を思いついた。
たくさん働いても日時が合わないなら、彼女が入っている日時に合わせれば良い。
我ながら名案であった。シフトは二週間毎に次の二週間はいつ誰がやるといった割り振りが決まり、レジの裏のスペースに張り出される。当然ホールが決まる頃には厨房も決まってしまっているのだが、そこであれこれ理由を付けて山越と細谷にシフトを変わってもらうのだ。
平日も、基本洗い場は一人なので閉店までやるのが好ましいのだが、バイトの都合がつかない場合は社員である厨房の料理人がバイトの上がった後に兼務して凌ぐ事になっていた為、僕は平日も休日もお構いなしに全て彼女と同じ日、同じ時間に変えてもらった。
厨房の連中からしたらとても迷惑な話であり、また、傍から見ればあからさま過ぎて気持ち悪いくらいかもしれないが、あの子に夢中になっている僕にはそんな事は全く分からなかった。
京急で帰ると最寄り駅から家まで徒歩で三十分以上かかるので、通学の際に家から五分の最寄り駅から乗るのを止め、朝早起きして原付で京急の最寄りへ行き通学するようになった。
しばらく経つと、計画通り週に何回かは顔を合わすようになり、全ては順風満帆かに思えた。
だが、ここで僕に重大な問題がある事が発覚した。
以前は相手とまともに会話をする事もできず失敗し、今回は克服したかに思えたのだったが、なんとかまともに話ができるのは相手と一対一のタイマン時のみで、人が増えた時には無意識に自分を抑えてしまい微笑む事しかできないのだ。
これには相当に参った。彼女と同じ時間に上がっても二人きりとは限らない、むしろ三、四人の事が大半で、本線から支線に分かれた後は二人になるので挽回を図るがそれまでの盛り上がりには遠く及ばず、日を重ねるにつれ彼女の反応も次第に薄いものになっていった。
焦れば焦るほど複数の時はより強固に口が閉ざされ、二人でも盛り上がるような話をできなくなり、いよいよ切羽詰まってきた頃、バイト先で突然予想だにしない言葉が発せられた。
「これから知り合いとオカマバー行くんだけど、バイト上りの人で一緒に行く人いる?」
以前、細谷が説明してくれた寡黙な仕事人・香川さんであった。
この寡黙な仕事人は若いころのシルヴェスター・スタローンのような少しタレ目で整った顔立ちをしており、仕事中は通り名の通り、黙々と調理をこなし出来上がる料理の味に寸分の違いも出さない硬派な職人のような人であったが、一旦仕事が終わると街中であちこち気軽に声をかけまくるナンパ師のように軽い感じになる人だった。
厨房からホールへ料理を受け渡しするスペースからホールを覗き込み、声をかける。
「アイちゃんは? 今上がり? オカマバー行かない? めっちゃ面白いよ」
「え? オカマバー? そんな面白いんですか? 行ってみたいです!」
「ホールで他に上がる人はいる?」
「私だけですねー」
「了解、じゃあアイちゃんと川村くん、行こうか! 噴水(地下街入口階段辺りに水が出るオブジェがある)に集合ね」
「はーい」
「あ、はい」
(おれ……行くかどうか聞かれてないような……まあ、いっか)
さっさと着替え噴水の横で少し待つと、ダメージジーンズに革ジャン姿で頭をリーゼントにした香川さんがやってきた。白衣に白帽を被った寡黙な仕事人の面影はどこにもない。ものすごいギャップだ。
「今日は大丈夫だった?」
「あ、全然大丈夫です」
「多分行くだろうと思って聞かなかったよ。川村くん、アイちゃんの事好きでしょ」
「へ? あ……いや……」
「わかりやすいよね」
「そ……そうですかね……」
完全にバレている……なぜわかってしまったのだろうか……
「今日はさ、最近仲良くなったおねえちゃんと行く話になってたんだけど、ああいう所って二人で行くよりグループで行った方が楽しいんだよね」
「おお……なるほど……」
「男女二人ずつの四人でダブルデートみたいになるからちょうどいいでしょ。オカマバー、結構楽しいよ」
「おおお……あ、ありがとうございます!」
なんていい人なのだろう。惚れてしまいそうだ。
うっとりとした眼差しで香川を見つめていると、リーゼント越しにあの子の姿が見えてきた。
「お待たせしましたー」
「いや、うちらも今来たところ。なっ」
「は、はい」
「じゃ、いこっか」
途中で仲良くなったというおねえちゃんと合流し、香川さんとおねえちゃんが歩く後ろを僕と大貫さんが付いて行くという形でオカマバーへ向かっていた。
「香川さんたち、すごく仲良さそうだね」
「うん、そうだね」
(おれも大貫さんとこんな風になりたいなあ……)
「私もこういう仲良い人ほしいなぁー」
(え? そ、それをおれに言うって事はもしや……)
「え? そっ……」
僕が言葉になっていない言葉を口に出し始めたその時、ちょうどオカマバーに到着した。
オカマバーというのは薄暗い店内で女装をした青ヒゲやお化けのようなおじさんがカウンター越しに面白い話をしてくれる所だというイメージだったのだが、全然イメージとは違い清潔感があり煌びやかな明るい感じの店内であった。
「香川さん、ここってオカマバーなんですよね?」
と僕が訪ねると、
「そうそう、そのうちあそこでオカマがショーをやってくれるんだよ」
そう言って香川さんが指を指した先には人が何人か立って動けるくらいの大きさのステージがあった。
「へぇー」
他の三人が揃って感心した声を出す。
「もうすぐ始まると思うよ」
そう香川さんが告げてから五分もしないうちに店内が薄暗くなり、ショーが始まった。
きっとこれから青ヒゲが出てくるんだな。そう思っていたのだが、出てきたのはドレスを着たとてもキレイなおねえさん二人だった。
二人がトークをし始めた。トークショーという事なのだろう。話を聞いているとどうやら二人ともオカマらしいのだが、ヒゲやすね毛も無く、胸もあり、声もキレイでとても男性には見えなかった。本人たちが男に見えるかといった事を観客に聞き、観客たちが見えないといった声を上げ始めた時にものすごいおっさんの声に切り替わった。見た目は完全に女性なのにたしかにそこにはおっさんがいた。ものすごい違和感だった。
おねえさんたちは話がうまいだけではなく、胸を出したりパンツを下ろしたり結構過激な事をしていたが、いやらしさや嫌気は全然感じられず、何かをする度に観客を爆笑させていた。対面に座る大貫さんも涙を流すほど笑っていた。ステージが席の横方向にあって横を向いているせいか、結構長めに顔を見つめていても全然バレない。最高だ。
夢のようなひと時が終わり、香川チームと別れて帰る最中も大貫さんは終始ご機嫌で、オカマの話で大いに盛り上がった。
ありがとう香川さん。そしてオカマたち。
彼女と別れ一人降り立ったホームで空を見上げ、しみじみと男たちに感謝するのだった。
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