おかしい。バイト初日の夜に話をした子の姿が脳裏から離れない。
少し話をしただけだというのに、というか話をしていたのは向こうでこっちはつまらない返事しかしてないから話をしたとも言えない感じだったのに……一目惚れでもしてしまったのか……
そんな事を思いながら深沢とバウンドパスをしていると、山越がヌッと現れた。
「やあ! 君たち帰っちゃったんだね! おれが行った時にはもういなかったよ。楽しめた?」
「おお、山越も行ったんだ。みんなは二次会に行くとか言ってたけど、うちらは最初の店だけ行って帰ったよ」
「そうなんだ! おれは二次会から合流したから、入れ違いだね!」
「ちうか、みんな元気っていうか……すごいね」
「な、すごすぎてついていけなかったよ」
「ふーん、そうなんだ! まあ、みんないい人たちだと思うよ!」
「まあ、そうなんだろうけどね」
「そういえば、川村くん、バイトなんだけど」
「ん、なに?」
「まだ平日一人とか休み二人とかはキツイと思うからしばらくは誰かと一緒に働いてもらう事になったからさ」
「おお、そうなんだ。それはありがたい」
正直、初日に見た内容はその後の出来事のせいで全部スッとんで何も覚えてなかった。
「次のシフトは細谷ってやつに一緒に入ってもらうよ。ちょっと見た目はチンピラっぽい感じだけど、いいやつだよ!」
「お、おう、わかった。ありがとう」
チンピラかあ……ドスとかチャカとか持ってるんかなあ……
勤務二日目、迷いながらも更衣室へ辿り着き、着替えていると、背後から声をかけられた。
「よう! 新入り!」
振り向くとそこにはテカテカのラメ生地の紫シャツを着てとんがったサングラスをかけ、これまたとんがった革靴を履いた茶髪で細身の男が立っていた。なるほど納得。どう見てもチンピラだった……
「あ、はじめまして、川村といいます」
「ああ、敬語とかやめようぜ。同い年だし」
「あ、そうなんだ……」
どう見ても同い年に見えない……というかものすごく年齢不詳な感じだ。
「山越の奴、どうせてきとうに見ててとか言って何も教えてねえんだろ」
「まあ、たしかにそんな感じだったね」
「だろ? おれがしっかり教えてやっから、その辺は安心していいぜ」
「おお、ありがとう。よろしく頼むよ」
「おう!」
(なんか、すごくとんがった感を出してるなあ……)
そんなことを思って着替えているうちに細谷はあっという間に着替えてしまった。
「お、おお……」
「んぁ? なに?」
「あ、いや、別に……着替えるの早いなって」
「まあ、慣れちまえばこんなもんよ」
着替えた彼は全然チンピラっぽくなく普通だったので、つい声を出してしまった。普通の恰好をしてれば好青年な感じにも見えなくもないのに、なんであんなホストかチンピラみたいな恰好をしてるんだろう……
その後、厨房にて。
「で、洗浄機をかけてる間にこっちのトレーに次の皿を入れてくんだけど、ジャンジャン洗ってるとここの貯まってるお湯が汚くなってくるから洗浄機十回に一回くらい抜いてお湯入れ替えるといいよ」
「そうなんだ」
「あとこの〇〇〇〇だけど、長時間蒸しちゃうと赤くなってお客さんに出せなくなっちゃうから一度に大量に蒸し器に入れないように」
「わかった」
「赤くなっちゃうと使えなくて処分する事になってんだけど、食べたかったらホールにバレないように食っていいよ」
「今度やり方教えるけど、ダチとかが店に来た時にライスの下に〇〇〇〇を敷き詰めて出すっていうテクニックもあるからさ!」
「おお! それはすごい!」
山越とはまるで違ってものすごく丁寧に色々教えてくれる。もともと面倒見が良い奴なんだろうな。
しかし、それなら猶更、なんであんな恰好を……
客入りの頃合いを見計らって厨房の調理師も紹介してくれた。
「このダンディなおじさんがチーフ、料理長だね」
「よろしく」
「川村といいます。よろしくお願いします」
「で、このオタクっぽいおじさんが桜木さん」
「おいおい細谷くん、酷い紹介だなあ。よろしくね。新人くん」
「よろしくお願いします」
「あとは競馬好きのゲンさんってのとチーマーみたいな坂本さんってのがいるね。あとは寡黙な仕事人香川さん。みんないい人たちだよ」
「なるほど。ありがとう」
わかりやすく教えてくれたおかげでだいぶ流れを掴む事ができた。空いてる日なら一人でもできるかもしれない。
最後の片づけまで教えてもらうためラストまでやり、細谷と更衣室に戻ってきた。
「どうよ? やる事はなんとなく分かった?」
「うん、山越と違って分かりやすく教えてくれて助かったよ。ありがとう」
「おいおい、アイツと一緒にすんなよ……」
「洗い場今二人しかいねえからさ、なんとか続けてもらえると助かるわ」
二人で回してたのか……それは大変だったろうに……
「がんばってみるよ!」
「おう、よろしく頼むわ」
「で、どうよ?」
「え? なにが?」
「うちってさ、結構上玉が揃ってるべ?」
「ん??」
「だから、バイトのねえちゃんたちだよ」
「ああー、そうなんだ!」
「まだあんま見てねえ?」
「ごめん。今日二日目だし、あんまりホール見る余裕なくて見てないや」
「そっか、まあ、二日目じゃまだわかんねえわな」
「今さ、狙ってる子がいるんだよね」
「おお! ほんとに!?」
「今日はいなかったけど、ちょーかわいいんだわ」
「そうなんだ!」
「背が小さめで巨乳でよ、ちょっとタレ目でさ」
ん? 背が小さめで胸が大きくてタレ目? もしかして……あの子か?急に心臓がバクバク鳴り始めた。
「近いうち告ろうと思ってんだよね」
「そ、そうなんだ!」
「まあ、今までの経験からすると確率は五分五分ってところかな?」
話しっぷりから結構女性関係は慣れているような感じがした。
「あのさ、細谷くんは女性経験は豊富なの?」
「ぁあ? 細谷でいいよ」
「そうねえ、普通じゃねえかなあ。たまに五股になったりとかはあるけど」
「ご、ご……ええっ!?」
「ちゃんとプランニングしねえと鉢合わせて修羅場になるんだよなあ…」
と言いながらテカテカのシャツを羽織る細谷。どうやら相当な女たらしのようだ。全く感性がわからない。というか、なぜこんなチンピラみたいな恰好でそんなにたくさんの女性と交際できるのだろうか。相当に口がうまいか、何か特殊な技を持っているのか……面倒見はとても良さそうだからそのあたりが関係しているのかもしれない。
彼には悪いが、もし話に出ていた子があの子なら盛大に振られてほしいと思ってしまった。自分がなぜ無性に気になっているのかは分からないが、この男と付き合うのだけはやめてほしかった。余計なお世話なのだが……
「よう、カワっちは次いつ(シフト)入ってんの?」
(カワ? ああ……川村の川か)
「次は土曜日かな?」
「土曜か。土日は結構客くるから大変だけど、洗い場も普段は二人のところを三人だから余裕だな」
「ホールも結構入るから優雅におねえちゃん観察でもするべ」
「そ、そうだね」
「じゃ、おれちょっとこれから用事があるから。おつかれ!」
そう言って細谷は先に更衣室から出て行った。
今でも結構大変なのに土日ってどれだけ大変なんだろう……
僕はそんな不安を胸に抱きながら重い足取りで駅へ向かい、やたら混んでいる電車に乗り込んでいくのだった。
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