エロビデオとバイトとストーカー

昔はストーカーって言葉がなかったから捕まらなかったんだよね……
まっしぐら
まっしぐら

さよならパーティ

公開日時: 2021年7月11日(日) 15:46
文字数:7,736

 まだ十月のラストまで日はあったが、なるべく多くの人に参加してもらえる日にする為、お別れ会は九月後半の日曜日の夜に行う事にしていた。

 

 お別れ会には店で働く人たちほぼ全員ではないかというくらい多くの人が参加してくれた。店の厨房をお願いした桜井さんや洗い場を任せた山越も仕事が終わり次第合流してくれるという事だった。

 場所は大人数という事で、かもめ亭という居酒屋の宴会場をおさえてもらった。旅館などで見かける何十畳もある畳敷きの部屋に、背の低いお膳と座椅子がずらっと並んでるような宴会場だ。

 

 店の面々が続々と会場に集まり、宴会場を埋めていく。

 

 僕は大貫さんを盛大に送り出す事ができる嬉しさと、実現に至るまで色々と動いてくれた坂本さんや他の人たちへの感謝で胸がいっぱいだった。

 だが、これをしてしまったら、もし大貫さんの状況が変わって続けられる事になったとしても辞めるしかなくなってしまう……

 それを思うと手放しで喜べず、何とも言えない複雑な気持ちになっていた。

 

 (大貫さんがバイトに来るのもあと数回。わいわい出来るのもこれで最後だろう……今は余計な事は考えず目一杯楽しんで全てを目に焼き付けるんだ……)

 

 僕は顔を横に振るい手のひらで頬を叩き、気持ちを入れ替える。

 

 「しかしすごい人数だなあ……送別会でこんなに人が集まるなんて店始まって以来じゃないか?」

 

 近くにいたゲンさんが驚きを隠せない様子で呟く。

 

 「今回はそんなにすごいんですか?」

 「おお! すごいね! おれこんな大勢集まったの今まで見た事ないわ」

 「そうですか……そしたら今回は盛り上がりそうですね!」

 「だな! 今日は飲みまくっちゃうぞぉー!」

 「いいっすね! ガンガンいっちゃいましょう!」

 

 ゲンさんとそんなやりとりをしている間に乾杯用の瓶ビールやソフトドリンクが配られ、配り終わって各自グラスに注いだところでホールのリーダーの青ヒゲが乾杯前の挨拶をし始めた。

 「えー、この度は、来月辞められますホールの大貫さんを皆で盛大に送り出そうという事で、このような会を企画して頂きましてありがとうございます」

 「えー、乾杯に際して一言という事ですので、少し私からお話しをさせて頂きます。えー、大貫さんはいつも笑顔で場を明るくしてくれるムードメーカーのような人で、えー、私も何度もその笑顔に救われてきました。大貫さんが店に面接に来られたのはたしか」

 

 「おーい、なげえぞー、ビールぬるくなっちまうだろうがー」

 

 坂本さんがわざとらしい野次を飛ばす。

 

 「えー、という事ですので、では皆さん、乾杯!」

 「かんぱーい!」

 「うえーい!」

 

 あちこちで声があがり一気に騒がしくなる。大貫さんの方を見ると、大勢の人に囲まれて楽しそうだ。

 

 「よかった……」

 

 「よっしゃ! 今日は飲むぞー!」

 「お、川村くん気合い入ってるねー!」

 「ええ! 大宮さんには負けませんよ!」

 「おおー言うねえー、じゃあ、勝負しちゃう?」

 「望むところっす!」

 

 ここのところ食欲が無く、あまり食べ物を食べていないせいか酒の回りがやけに早い。こんな酒豪っぽい大男と勝負をしていて良いのだろうか……

 

 

 しばらくゲンさんと絡んでいると、青ヒゲが立ち上がり大きい声で喋りだした。

 

 「えー! ではここで、大貫さんへ皆さんから一言ずつコメントをお願いします!」

 

 「ええー!」

 「そういうのは先に言っとけよー」

 

 突然のコメント要求で方々からクレームが出る。

 

 「ではまずはホールから。えー、では栗原さん!」

 「ええー! なんで私が最初なんですか!」

 「はーい! 皆さん静かにしてー、栗原さんが喋りますよー」

 

 青ヒゲの言葉で会場が一斉に静まり返り、恐る恐る立ち上がった栗原さんに皆の視線が一斉に集まる。栗原さんは静寂と大勢の視線のせいかテンパっているようだ。なんだこの催しは……公開処刑か……?

 

 「え……あ……」

 「わ、私は……」

 「まだ入ってそんなに長くはありませんが、大貫さんにはいろんな事を教えてもらって、すごく優しくて……もっと一緒にお仕事したいのに、もう辞めちゃうなんて……ううっ……」

 

 テンパっていたせいもあるのか、感極まって泣き出してしまった。一人目から予想だにしない展開に僕は思わずもらい泣きしてしまい、おしぼりで顔を拭くフリをして涙を拭う。

 

 「栗原さん、泣いちゃうとしんみりしちゃうから、明るく、ねっ」

 

 青ヒゲが栗原さんに駆け寄り、慰めるように声をかける。話を振ったのはお前だろうに……

 

 「……本当に、ありがとうございました! 辞めてからもいつでも遊びに来てくださいね!」

 「ありがとう! まだもうちょっといるけど、辞めてからも遊び行くね!」

 

 大貫さんが返事をすると同時に盛大な拍手がわき起こる。ここで張りつめていた場の緊張が解かれたのか、またさっきの騒がしい状況に戻った。

 騒がしくてよく声が聞こえない中、順番にバイトや社員が大貫さんに声をかけ、その都度大貫さんがその声に応え、僕はおしぼりで顔を拭く。

 おしぼりに夢中になっていると、いつの間にかホールの人たちが終わり、調理場の面々の番になっていた。

 社員である調理人達が声をかけ、次に洗い場の一応先輩である山越と細谷が声をかけ、僕の番がやってきた。

 

 (どうしよう……何も考えてなかった……)

 

 とりあえず立ち上がり、何か気の利いた言葉が無いかと考えるが酔いが回っているのか何も浮かばず立ち尽くす……だが、一人目の栗原さんの時とは違い、もう周りは宴会モードになっていて場の空気を壊すことは無い。助かった。

 

 「大貫さんと……大貫さんとはバイトをやり始めた最初の日にたまたま参加した送別会で会いましたが、その時からずっと……」

 「ずっと楽しかったです! 大貫さんと出会えて本当に良かった!」

 

 僕は変な顔になりながらも精一杯の笑顔を見せる。

 

 「……ありがとう! 私も楽しかったよ!」

 

 大貫さんは一瞬悲しそうな顔を見せ、そして満面の笑みでそう返事をしてきた。

 全てが過去の事となり終わろうとしている悲しさと彼女の笑顔を見れた嬉しさがごちゃ混ぜになり、目の奥から何かが溢れ出そうになる。僕は急いで座りおしぼりで顔をゴシゴシと拭いた。

 

 その後、夜なのに参加してくれたパートのおばちゃんからの一言が終わると、青ヒゲがまた何か言い出した。

 

 「はい! 皆さん一言ずつコメントして頂いたようですので、最後に大貫さんから一言頂きたいと思います!」

 

 青ヒゲの言葉で会場が一斉に静まり返る。またこいつは余計な真似を……

 大貫さんはすっくと立ち上がり、一呼吸おいてから大きな声で話し出した。

 

 「この度は、皆さんお忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。こんなにたくさんの人に送り出してもらえて温かい言葉をもらえて、本当に嬉しいです」

 「まだバイトは来月まで来ますし、辞めてからもたまにお邪魔したいと思いますので、引き続きよろしくお願いします」 

 

 一斉に拍手が沸き起こり、方々から「ありがとう」や「よろしく」といった言葉がかけられる。

 

 「大貫さんありがとうございました! では後は時間までゆっくりとご歓談下さい!」

 

 最後に青ヒゲがそう言って締め、また元の騒がしい状態に戻る。

 

 大貫さんの周りには代わる代わる誰かが訪れ笑い声が絶えず盛り上がっている。

 

 (楽しそうだ。本当に良かった……)

 

 僕はひとしきり満足感にひたり、皆あちこちに移動して周りに誰もいなくなった席でグラスにぬるくなった瓶ビールを注ぎ飲み始めた。

 

 

 「ちょっとー、細谷くんやめなよー」

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。さほど経ってはいないと思うが、そんな声が聞こえた。

 声の聞こえた方を見ると、細谷が大貫さんの真横に座り触ったりしてちょっかいを出している様だった。声には出さないが大貫さんは困ったような顔をしていた。

 

 (あの野郎……! ふざけやがって!)

  

 僕はわなわなと怒りがこみ上げ、弾かれたように立上りずかずかと大貫さんの席へ向かう。

 

 「川村くん?」

 「んあ? カワッちどしたん?」

 

 僕は黙って大貫さんに絡んでいる細谷を蹴っ飛ばす。

 

 「なっ! なにすんだよ!」

 「おれの大貫さんに手を出すなあああ!」

 

 気付くと訳の分からない言葉で細谷を怒鳴りつけ、細谷が座っていた場所に自分が座っていた。

 

 「チッ、酔っ払いかよ……」

 

 言葉を吐き捨て立ち去る細谷と驚いた顔をした大貫さんと周りの面々。

 

 「川村くん、酔っ払ってるの?」

 「いやいや、全然だよ。まだ大貫さんにお酌をしてなかったなって思ってちょっとどいてもらっただけだから」

 「そ、そっか……わざわざ来てくれてありがとう!」

 

 

 それからどれくらいの間話をしていただろうか。酔っ払っているせいか細谷を蹴り飛ばして何かが吹っ切れたのか、今まで悩んでいた事が馬鹿らしくなるくらい普通に楽しくたくさんの事を話して過ごした。

 

 「えー、ご歓談中申し訳ありませんが、お時間となりましたのでお開きとさせて頂きます!」

 

 お別れ会終了の号令を発する青ヒゲ。

 

 「えー! まだ早えだろうがよー!」

 「そうだそうだー!」

 

 ぶー垂れる出来上がっている面々。

 

 「まだ終わりたくない人達は違う場所で続けて下さい!」

 「あんだよめんどくせえなあー」

 

 ブツブツ言いながら店を出る支度をし始める坂本さんと出来上がっている面々。店からしたら相当面倒臭い客だろう。自分らも飲食店で働いているのに……

 

 

 宴会場に忘れ物が無いかチェックし店の外に出ると、わいわいがやがやと皆が屯していた。

 時間は二十三時、そろそろ帰らないと終電に間に合わない人も出てきそうだ。

 

 「じゃあ、次どうする?」

 「そうだねえ、人数によるんじゃないかな」

 

 坂本さんと山越が次の場所の話を始めている。

 

 「おーい! 次行ける人ー」

 「はーい!」

 「あ、私終電までなら行けます!」

 

 続々と人が集まる。

 

 (大貫さんは門限があるからな……結局付き合うどころか遊びにも行けなかったけど、最後盛り上がれて本当に良かった……)

 

 一人感傷に浸りつつも大貫さんにさりげなく忍び寄り一緒に帰ろうとしていると、坂本さんが声をかけてきた。

 

 「アイちゃんは大丈夫?」

 「うん! 大丈夫!」

 「へ?」

 「みんな! 主役も参戦だぜ!」

 「おおおー!」

 

 「ああー、十数人ってとこか? どうするよ? ミノル」

 「じゃあカラオケにしよっか。大部屋あるところいくつか知ってるからさ!」

 「よし! じゃあおめえら! 次はカラオケ行くぞぉー」

 

 でろんでろんに酔っ払ってふらつく坂本さんを山越が肩を組んで支えながらカラオケに向かって歩き出し、二次会に参加する面々がそれぞれワイワイ騒ぎながら付いて行く。一緒に帰ろうと忍び寄っていた僕は大貫さんと歩きだした。

 

 「大貫さん、帰らなくて大丈夫なの?」

 「うん! 今日は送別会で帰れる時間わからないって言ってあるから大丈夫!」

 「そっか! それならよかった! 次も盛り上がっていこー!」

 「おおー!」

 「おおー!」

 「ぷっ……あはははは!」

 

 (最後だから頑張って説得してくれたんだな……ありがたい……本当に……)


 

 山越が向かった先はいつも山越、深沢とグダグダとビリヤードをしているウェスタンクラブという場所だった。普段はビリヤードしかしないから全く気にしていなかったが、ビリヤードのエリアを囲むようにしてカラオケをする部屋がいくつもあり、大人数用の部屋も用意されていた。山越が受付で聞いたところ、大人数用の部屋も空いているようだ。

 

 僕らは大人数用の部屋に入り、カクテルやサワー等それぞれ好きな物を頼み、乾杯をする事もなく皆我先にとカラオケに曲を入れていく。普段からカラオケに行きまくっている連中はもう曲の冊子を見なくても曲番を暗記しているので曲を入れるのがとんでもなく早い。

 一曲目がかかると大きな音の演奏に負けないぐらいやかましくタンバリンがバンバンと叩きまくられ、マラカスがシャカシャカと鳴り響き、雄叫びに近い歓声がこだまする。さっきの宴会が静かに思えるくらいの騒々しさだ。このテンションでずっと騒ぎ続けるのだろうか。

 

 僕はこの最後の光景を目に焼き付ける為、選曲本やカラオケの歌詞が出るモニターなどには目もくれず、誰とも話さない時はただひたすらに大貫さんを見つめ続けた。

 傍から見たらとても気持ち悪い光景だろうが、周りの目を気にしている余裕は無かった。最寄り駅の電話ボックスにある電話帳から自宅の場所を調べて偶然出くわさないかと原付バイクでうろつき、朝のホームで通学の待ち伏せをし、バイトのシフトを勝手に調べて日時を合わせ、大して気を引くことも出来ずとも姿を見て幸せを感じてきた日々がもう終わってしまうのだ。瞬きをする時間すら勿体ない。

 

 (そういえば、大貫さんの歌声ってほとんど聴いた事なかったなあ……)

 

 大貫さんが歌っている姿を隣で惚けて見ていると、大貫さんがこちらをチラッと見て太ももをポンポンと叩き出した。

 

 (ん? リズムを合わせてクイーンの曲みたく床を踏み鳴らせという事?)

 

 頭の上に?を浮かべてその様子を眺めていると突然大貫さんの手がこちらに伸びてきた。

 その手が僕の肩にまわされると、そのまま引っ張られ、僕はバランスを崩して倒れ込む。

 

 「え? な⁉」

 

 驚いて一瞬瞑った目を開くと目の前にはマイクを握っている手があり、右頬に何か柔らかなものが当たっている感触がある。

 マイクの先に向かって上へ視線を移していくと歌を歌っている大貫さんの顔があった。

 

 「ちょっ! 大貫さん! これって……」

 

 大音量の演奏と騒がしい周りの音で僕の声はかき消される。

 

 僕がどうしたら良いかわからず下から大貫さんの顔を見上げていると、歌が間奏になり大貫さんが僕を見下ろしてきた。優しい目で僕を見つめ微笑む。

 

 (なんて顔をするんだ……)

 

 「大貫さん……」

 

 ぼくがじっと大貫さんを見つめていると間奏が終わり、大貫さんはマイクを持っていない手で僕の頭をそっと撫でながら続きを歌い始めた。

 

 (これは……夢でも見ているのだろうか……あんなに近づきたくて、あんなに触れたかった人に、膝枕をしてもらっている……)

 

 色々な思いが涙となり溢れ出す。僕はおしぼりを探す事もせず、ただただ大貫さんを見上げていた。

 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。いつの間にか歌は終わり、僕は見下ろす大貫さんと見つめ合っていた。

 

 (どうして……どうしてこんな事をしてくれるの? 酔ってるから? それとも、最後だから?)

 (……いや、理由なんてどうでもいい。最後に夢を叶えてくれてありがとう……本当にありがとう……)

 (最後……もう……最後なのか……もう……会えなくなっちゃうのか……)

 

 「好きです……大貫さん……」

 

 途切れる事のない騒音の中、僕は最初で最後になるであろう大貫さんへの自分の想いを口にした。きっと聞こえないだろう。でも、どうしても今言っておきたかった。

 

 それを見た大貫さんが微笑みながら何かの言葉を口にする。だが、何を言っているのかはわからなかった。

 

 

 「おーい! カワッちってチェッカーズ好きだったよなあー、これ歌ってくれよー」


 細谷が勝手に曲を入れたらしく、すぐに曲が流れ始める。突然大貫さんが泣きそうな顔になり、僕の頭をそっと太ももから降ろし部屋から出ていく。

 歌う為に僕は起き上がらなければいけないので、そのタイミングでトイレに行ったのかも知れないが……動きが不自然だった……

 

 気になりながらも歌い始めるが、なかなか戻ってこない。僕は一番を歌い切ったところで疲れて歌えないと曲再生を中止し、トイレへ向かう。

 トイレに向かう途中の通路に大貫さんはいた。泣いていたのだろうか、目が赤くなっている。

 

 「大貫さん、大丈夫?」

 「うん……ありがとう。大丈夫。川村くんはトイレ?」

 「あ、うん。ずっと行ってなかったから漏れそうでねー」

 「え! じゃあ早く行かなきゃ! 漏らしちゃうよ!」

 「うん、行く行く! 大貫さん、疲れたり眠かったりしてない? 無理しないでね」

 「大丈夫! 楽しもうね!」

 「うん! 楽しもう! それじゃ!」

 

 (大貫さん、何も言わなかったけど、きっとあの曲は聴きたくない曲だったんだ……曲を入れたのは細谷とはいえ、こんな時に申し訳ない事をした……)

 (いや、だめだ! 落ちてられない。楽しくいかなきゃ!)

 

 僕はトイレでどんどん落ちていく自分のテンションを必死に上げて部屋に戻っていった。

 部屋に戻ると、中は相変わらずドンチャン騒ぎで大貫さんも坂本さんの傍に座り楽しそうに会話をしていた。

 

 「よかった……」

 

 僕は一人呟き、坂本さんの近くの空いている席に座り声をかけた。

 

 「坂本さん! デュエットしましょ! デュエット!」

 「おお! いいね! 一緒に歌うべ!」

 

 坂本さんはライブを控えたバンドのボーカルだけあり、さっきまでは酔ってでろんでろんだったのにカラオケに来てからは水を得た魚のように元気になり、ジャンルを問わず歌いまくっていた。思い返せばこの人にはなんやかんやで色々お世話になった。大貫さんもこの人といる時はいつも笑顔で楽しそうだ。この人がいる職場で働けて良かった。

 

 

 それから何時間経っただろうか。坂本さんと一緒に歌い大貫さんと一緒に歌い、山越あたりとも一緒に歌いと歌いまくり、盛り上がったまま朝を迎え、カラオケ朝までプランの時間切れで追い出されて地上に上がってきた。

 

 「おつかれさまー」

 「ういーす」

 

 帰りの方面毎にまとまり店の前で解散し、京急組はとりあえずお腹減ったねという事で近くのファーストキッチンに訪れていた。

 

 「いやー、盛り上がったねー」

 「そうですね! 私あんな楽しいカラオケ初めてでした!」

 「あれ? そういや坂本さんは?」

 「あ、さっき知り合いのとこ行くわって言ってあっちの方行っちゃいました」

 「ああ、じゃあナオさんちかな」

 

 (とうとう、終わっちゃったな……)

 

 僕は左手を伸ばし、その左手の肘辺りを掴んだ右手の上に額を乗せるように突っ伏しながら、真っ白な灰になったような気持ちになっていた。

 昨日からの事をぼーっとしながら思い返していると、左手の指先に何かが触れている感触があった。のっそりと顔を上げるとテーブルの向かいに座っている大貫さんが僕の手の爪に赤いマジックで何かを書いていた。なぜ赤いマジックを今持っているのだろうか……

 

 「大貫さん? 何してるの?」

 「ううん、何でもない」

 

 (何でもないってあなた、今目の前で爪にマジックでなんか書いてたでしょうが……)

 

 指先を眺めてみると、小指の先にカタカナのヨが書いてあったり中指や人差し指に数字の0や7が書いてあったり、あとは何か記号のようなものが書かれている。なんのこっちゃかさっぱり分からない。

 

 (きっと、疲れと眠気で壊れかけなんだろうな……)

 

 そんな事を思いつつ、軽い朝食を食べ歓談し、皆で京急で帰り、一人、また一人と別れ、最後大貫さんと二人になった。

 

 (あと何回一緒に帰れるんだっけ。二回? 三回? もう、あとは去っていくのを見送るのみか……寂しくなるなあ……)

 

 「ねえ、川村くん」

 「ん? なに?」

 「今日ね、これ付けてきたんだー」

  

 大貫さんがタートルネックのネックを下げると先日あげたネックレスが見えた。

 

 「おおお……ありがとう! めっちゃうれしいよ!」 

 

 (カラオケの時といい、このネックレスといい、色々嬉しすぎる……これじゃ簡単に忘れられないじゃないか……)

 

 僕が潤んだ目で大貫さんを見つめていると、大貫さんが驚きの一言を口にした。

 

 

 「川村くん……遊び、行こっか」


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