僕は大貫さんと初めて二人で遊びに行く日を明日に控え、家の子機電話を握りしめ緊張していた。
(回る場所は有名どころばかりでつまらないかもしれないが、一生懸命盛り上げればきっと喜んでくれるはずだ)
(大丈夫。きっとうまく行く!)
僕は震える指先で大貫さんの家の電話番号を押し、電話をかける。
「はい、大貫です」
「私、川村と申しますけれども」
「あ、川村くん……」
「大貫さん? こんにちは。明日の遊びの件なんだけど」
「川村くん……」
大貫さんが電話越しでもありありとわかるぐらいに元気が無い。
「大貫さん、どうしたの? なんか元気が無い感じだけど……」
「川村くん……明日の事なんだけど……」
「うん……」
「川村くん……ごめんね。私やっぱり遊びに行けない」
「え……! ど、どうして……?」
「遊び行く事、細谷くんに話したでしょ?」
「……うん、色々聞いてきたから話はしたけど……」
「……」
(え? なんで? なんで今細谷が出てくるの?)
(あいつ、大貫さんになんか言いやがったの?)
「……」
「直前にごめんね。私、遊びには行けない。良いお友達でいよう?」
「え……」
(なんで? なんでこのタイミングでそうなるの? いったい何があったの?)
(良い友達って……良い友達って何?)
(友達だったら遊びに行ったっていいんじゃないの……?)
(大貫さん……そんなにおれと遊ぶのは嫌なの……? おれは……遊びに行けないおれは……大貫さんの友達にすらなれないの……?)
「友達って……友達にすらなれてないじゃん……」
僕は突然の衝撃的過ぎる告白に混乱し、無意識のうちに頭の中で渦巻く思いを口に出して言ってしまっていた。
「……」
「ごめんね……そうだよね……ほんとごめんね……」
暫くの沈黙の後、電話の向こうから大貫さんのすすり泣く音が聞こえてきた。胸に何かを突き刺されたような痛みが走る。
「ご、ごめん! そんな、責めるつもりで言ったんじゃないんだ! ほんとごめん!」
「ごめんね……ごめんね……」
ボロボロ泣いているであろう声で謝罪の言葉を何度も口にする大貫さん。
「そんな……大貫さん謝らないで……変な事言っちゃってほんとごめんね……」
「ううん……私が悪いの……ほんとに……ごめんね……」
「大貫さんは何も悪くないから……大丈夫だから……泣かないで……」
「ごめんね……ごめんね……」
「……」
「ごめんね……」
「おれは……大丈夫だから……泣かせるような事を言っちゃって本当にごめん……」
沈黙する二人……
どれくらいの時間が経っただろうか。数十分……数十秒かもしれない。
その間、電話の向こうからは鼻をすすっている音がずっと聞こえていた。
「そしたら……切るね……」
頭の中が真っ白になり、何も言えなくなった僕はそっと電話の通話オフボタンを押し、通話を切った。
たまっていた涙が堰を切ったように目から溢れ出て、力なく降ろした左手の先にある電話にぼたぼたと落ちる。
(もう……終わりだ……)
(こんな……こんな最後って……)
(細谷……お前いったい何をしやがったんだ……仲間じゃなかったのかよ……なんでなんだよ……)
(おれは……あの人を笑顔にしたかったのに……笑顔どころか、泣かせてしまった……大貫さんごめん……本当にごめん……)
僕はそれから、学校にも行かず、バイトにも行かず、誰とも喋らず、ひたすら家の部屋に引きこもっていた。
もう何もする気になれなかった。何も考えたくなかった。消えて無くなってしまいたかった。
何日間なのか何週間なのかわからないが、暫くの時が経ってようやく少しずつ食べ物が喉を通るようになり、店に無断欠勤をした事を謝罪した。学校は卒業できればもうどうでも良かったが、自分の都合で店の人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
僕は次の休日のシフトから店でまた働き出した。
「よお! カワッち、この前のデートはどうだったよ」
洗い場に入ると細谷がニヤニヤした顔で声をかけてきた。
僕は殴りかかりたい衝動を必死に抑え込んで言った。
「行かなかったよ……」
「んあ? マジで? 何かあったんか?」
(こいつ……自覚が無いのか……?)
「……」
本当は殴り飛ばして何をしたのか問い質したかったが、それをしたところで僕が大貫さんを泣かした事に変わりはないし、もう、楽しかったあの時には戻れない。
(その上自覚が無いっぷりの態度を取られたんじゃ、もう、話をする気にもならない……)
僕はひたすら口をつぐむ事しかできなかった。
一ヶ月後……
表向きは普段通りに生活できるようになってきた。
だが、いくら時間が経っても胸の中が空っぽになった感覚が元に戻る事はなかった。
(何かがごっそりどっかにいってしまったこの感覚が元に戻ることは、もしかしたらこの先ずっと無いかもしれない……)
(友達ってなんなんだろ……仲間ってなんなんだろな……)
僕はあの時から何が友達で何が仲間なのかわからなくなってしまっていた。
(友達、仲間、恋人、みたいな言葉は人によって定義が違うし、言葉自体には大した意味は無いんだろうけど……)
「なんかよくわからんけど、おれは大事にしていきたいなあ……」
「え? タカシくんなんか言った?」
「いや、なんでもない。次はおれの番?」
「何言ってんだよ。次はおれだっての」
「なんだよ。もういい加減てきとうに打ってナイン落とすの止めてくれよ」
「は? だからこれはおれの実力だってば」
「しゃあねえなあ、じゃあおれが見本みせてやるか」
「いやだから次はおれの番だって!」
「きみらを見てるとコントを見てるみたいでおもしろいね!」
(こいつらとはずっと仲良くやっていけるんかなあ……)
「あ、そういやさ、桃木ルイの裏ビデオゲットしたぞ!」
「ちょっ! マジでか! ビリヤードなんかしてる場合じゃねえじゃん! 今から山越んち行って見るべ!」
「え? もう終電ないよ?」
「そんなもん、線路歩いて行きゃいいじゃんか!」
「そ、そうだね! じゃあいこっか!」
この後、三人は裏ビデオを観るために電車の通らなくなった線路を二時間歩き山越の家に向かうのだった。
線路の上を歩きながら僕は二人に話しかける。
「なあ」
「なに? タカシくん」
「おれら、友達かね」
「んー、まあ、そうなんじゃね?」
「そうだね!」
「友達っていいもんだな」
「は? 何言ってんだ? 大丈夫か?」
「いや、なんでもない。寝ぼけてた」
「なんか最近タカシくん、変わったよね」
(友達で良かったんだな……)
(何年後、何十年後、いや、もう二度と無いかもしれないけど、もしいつかまた出会う事があって泣かしてしまった事を許してくれるなら、お願いしよう。友達になって下さいって……)
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