エロビデオとバイトとストーカー

昔はストーカーって言葉がなかったから捕まらなかったんだよね……
まっしぐら
まっしぐら

バンドマン

公開日時: 2020年12月30日(水) 15:36
更新日時: 2021年1月16日(土) 13:26
文字数:2,751

 土曜日、横浜駅にきた僕は驚いていた。


 「なんじゃこの人の群れは!!」


 平日とは比べ物にならないほど人が溢れかえっていた。


 (店はどうなってるんだろう…)


 気になったので更衣室へ向かう途中、店の前を通ってみた。店は満席で、店の前に入店待ち用の椅子が並べられていたがそれも足りず、立って待っている人たちが並んでいた。


 (うわ! なにこれすごいな……バイトをする為にはこの待ち行列の前を通って店に入らなきゃいけないのか……)


 帰りたくなる気持ちをぐっと抑え、更衣室で着替え待ち行列の人々と目を合わせないようにしながら店内に入り厨房へ行くと、既に山越と細谷は洗い物の山と奮闘していた。


 「おお! カワっちきたか! 助かったぜ!」


 細谷が動かす手を止める事無くそう言ってきた。山越はサモハン化していてこちらの存在に気付いてもいないようだ。

 僕は急いで中へ入った。しかし、洗い場はスペースはそれほど広くなく、三人だとすれ違うのも大変だった。


 (今はバイトが二人しかいないようだけど、これは人数が増えても広さ的に二人までが限界だな……)

 「よし! じゃあおれはあっちで米を研ぐからカワっち代わってくれ!」

 「わかった!」


 代わってはみたものの、隣で乱舞しているサモハンの巨体が邪魔でなかなかトレーに皿を置けなかったので、皿洗いのメインは彼に任せ、細谷と一緒に洗浄機をかけたあとの皿の片づけやライスや五目麺用の麺の用意、○○○○の補給等をしてしばらく過ごすと、忙しさの峠を越えたのか、ようやく山越えのサモハン化が解除された。


 「やあ! 川村くん! 来てたんだね!」

 (……こいつ、マジで言ってるのか?)

 「さっきから横とか後とかいたけどね……というか、凄まじい忙しさだなあ……」

 「土日は平日とは比べ物にならないからねー」

 「そうそう、二人でもきついんだけど、洗い場のバイト二人しかいねえから土日遊べなくてよ、昼間はパートさんが入ってくれれば大丈夫だったりするんだけどね」

 「そっか、昼間はパートがいるんだねえ」


 なるほどとうなずいていると、


 「じゃあよ、カワっち、落ち着いてきたから赤くなった○○○○でも食いながらホール観察しようぜ」


 と細谷が肩に手を回してきた。


 「あの内田有紀みたいな子がマユちゃん、で、あの一色紗英みたいな子がアカリちゃん。結構似てるべ?」

 「おおー、たしかに」

 「ああ、いたいた。あれがこの前話してたアイちゃん。かわいいっしょ」


 そう言う細谷が指をさす先には、初日話をしたあの子の姿があった。

 (やはりこの子だったか……)

 急に心臓がバクバクと音を立て始める。


 「何話してんの?」


 急に背後から声をかけられ、驚いて振り向くとそこには金髪で江口洋介のような髪型をしたガラの悪そうな男が立っていた。


 「あ、坂本さん! ちょっとホールの人を川村くんに教えてたんですよ!」

 「へー、きみ、川村くんって言うんだ。よろしくね」

 「はじめまして、よろしくお願いします」

 「この人がこの前言ってた坂本さん。バンドのボーカルもやってるんだぜ」

 「おおおー! バンド!」


 バンドマンという人種を見た事が無かった僕はつい声を出して驚いてしまった。


 「いやいや、そんな驚くようなもんじゃねえよ。ダチと趣味でやってるだけだからさ」

 「ミノルはこの前ライブ観に来てくれたよなー」


 とバンドマンが言うと、厨房の隅で搾菜をボウルに出していた山越が返事をした。


 「ああ、ジュンのライブねー、あの時は盛り上がったねー」


 どうやらミノルは山越の名前でジュンは坂本の名前のようだ。やけに仲が良さそうだ。


 「細谷くんも川村くんも良かったら今度のライブ観に来てよ」

 「是非行かせてもらいます!」


 細谷の言葉遣いがやけに丁寧でなんとなく違和感があった。山越はタメ口、その山越を下に見てるっぽい細谷は敬語。どういう関係になってるんだろう……ぱっと見は目つきも悪くガラが悪そうだったが、話してみると気さくな感じだし、歳は上?


 「おい坂本! 厨房で帽子を取るな!」


 離れた所からチーフ料理長の怒声が聞こえた。


 「チッ、うぃーす……」


 顔をしかめ小さく舌打ちをしてバンドマンは持ち場へ戻って行った。見た感じこの二人の関係はあまり良好ではなさそうだ。


 坂本が戻った事で自然にホール鑑賞会は終了し、タイミングを見計らったかのように洗い物の皿が大量に押し寄せてきた。

 調理の炎と洗浄機の蒸気で汗だくになりながら皿を洗い調理補助をし○○○○を盗み食いしてしばらく過ごしていると、ようやく洗い物の山が小さくなり、ホールの様子が見えるようになってきた。

 客のいない照明を薄暗くされたホールで遅番の人たちが楽しそうに会話をしていた。土日だと人が多いせいか随分と会話が弾んでいそうだ。

 最後に仕事が終わるのが洗い場になるため周りを待たせつつも、皿や調理器具の洗浄片づけが終わり、給水用のホースや大小のボウルを使い、水祭りかと思うような勢いで厨房のあちこちを水をぶちまけ洗い流したところで、あちこちからおつかれさまの声が上がった。

 どうもこの前細谷と最後までやった時とは感じが違う気がしたが、土日は違うのか、もしくは余裕が無かったか、そんなところなのだろう。


 厨房連中と更衣室へ行き着替え、地下街への階段付近まで行くとホールの連中が待っていた。


 「カワっちは(帰りの電車は)何線?」

 「え? ああ、横須賀線だねー」

 「じゃあおれと同じだから途中まで一緒に帰るべ」

 「そうだね」

 「山越は?」

 「おれは駅の反対口に行って相鉄線だよ」

 「へぇー、そうなんだ」


 どうやらここで皆で待ち合わせ、帰りの方向が同じグループでまとまり一緒に帰るようだ。

 山越とホールチェックで初めて見た子たちが相鉄線、僕と細谷が横須賀線、あとは坂本とあの子が一緒らしい。


 「じゃあおつかれー」「おつかれさまー」「うぃーす」


 といった言葉と共に解散し、それぞれのグループでまとまって帰っていった。


 「スカ線横須賀線組はなんか人が少ねぇんだよなあ。しかも女がいねえ」

 「そういやそうだねえ。今日遅番でない人にもいない感じ?」

 「いねえんだわこれが。あとはゲンさんぐらい」

 「ああ、あの競馬好きっていう……」

 「そうそう」


 「そういえば、坂本さんとかは何線なの?」

 「ああ、あいつらは京急京浜急行組」

 「へぇー、そうなんだ」

 (京急かあ……帰れなくもないなあ……)


 「今度伊勢佐木町行こうぜ!」

 「伊勢佐木町? そんなとこがあるんだ。何があるの?」

 「何って、カワっち知らねえの? まあ、行ってみりゃわかるよ」

 「そっか、じゃあ今度行こう!」

 「あとは日の出町な。馬券買いに行こうぜ」

 「おおー、競馬かあ、やったことないなあ」

 「内容は教えられねえけど、おれ必勝法知ってんだよね」

 「おお! マジか!」


 そんなような会話をしながら帰ったが、例のあの子の事ばかり脳裏をよぎっていて話の内容は全く頭に入っていなかった。


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