僕は坂本さんたちの協力によりバンドマンのような外見を手に入れた。
家の連中には突然ジャラジャラして気でも触れたかと罵られ少し凹んだが、二人が一生懸命選んでくれたのだから間違いないはずだと自分に言い聞かせ、シフトストーキングしている大貫さんと同じ勤務日になるのを待った。
その日は土曜日で早番だった。
あの同級生らしき輩の一件から大貫さんとは会っておらず、あの件でだいぶ凹んで顔も合わせ辛かったはずなのだが、僕は皿を洗いながらチラ見をして大貫さんは相変わらず可愛いなと惚けていた。
「どうしたのタカシくん、ご機嫌だね」
山越が声をかけてきた。いつの間にか名字でなく名前で呼ばれている。そういえば坂本さんの事も名前で呼んでいた。きっとサモハンなりの親しさの表現なのだろう。
「いや? 別になんともないよ? あ、そうだ。そういやさ、この前坂本さんに誘われて初めてバンドの練習見に行ってきたんだけど、あれヤバいね」
「あー、練習見に行ったんだ! おれも何回か行ったことあるよ。すごい迫力だよね」
「うん、かなり驚いた。鳥肌立っちゃったよ」
「ライブはもっとすごいよ! もうすぐやるんじゃないかな」
「そっか、あの時ライブ近いからって言ってたもんな。じゃあ予定無かったら観に行こうかな」
「そうだね! おれも行けたら行くから行けそうなら一緒に行こう!」
「んだねー、おれ方向音痴だから一緒に行ってくれると助かるわ」
「あ、そうそう。そういや、坂本さんなんだけどさ、彼女いるんだね。すっげえいい人だったよ」
「ああ、ナオさんね。あの人はいい人だよ」
「おお、知ってるんだ」
「そりゃ知ってるよ。洗い場で一緒に働いてたんだから」
「へ?」
「ナオさんは洗い場のパートさんだったんだよ。もう辞めちゃったけど」
「マジか! そうだったのね……」
「そうそう、今はたしか東口のパチンコ店で働いてるはずだよ」
坂本さんはナンパしそうなタイプでもないのにどうやってナオさんと知り合ったのか気にはなっていたが、同級生とかライブで知り合ったとかではなくて、職場恋愛だったとは……なんて羨ましい……
しかし、なぜ辞めてしまったのだろうか。また近くで働くぐらいならこのまま働けばいいのに。付き合ってしまうと色々と不都合も出てくるのだろうか。大貫さんも僕と付き合ったら辞めてしまうのだろうか……
「はぁ……」
僕はホールで他のバイトと楽しそうに会話をする大貫さんを眺めながら勝手な妄想をして勝手に凹んでいた。隣では山越がご機嫌になったり凹んだりする僕を不思議そうに眺めていた。
数時間後、僕と大貫さんはまたもや偶然同じ時間に仕事が終わり、二人で他のスタッフにお疲れ様の挨拶をしつつ店の外に出てきた。
「じゃあ、川村くん、あそこで」
「うん、それじゃ」
地上にある本社の更衣室でバンドマンコスチュームに着替え、慣れないワークブーツを履いてあちこちつまずきそうになりながらも急いで待ち合わせ場所の噴水前に向かい大貫さんを待っていると、大貫さんがこちらに向かって歩いてきた。まだ外は明るく、建物の隙間から差し込む光が大貫さんのきれいに整えられた髪を照らし輝かせていた。
二人は合流し、一緒に帰り始めた。さすがにもう一緒の時間を狙ってシフトを入れているのはバレているだろう。しかしそれでも避けられず一緒に帰ってくれるのだから嫌われてはいないはずだと勝手な事を思い勝手に嬉しくなり、僕は気持ち悪いくらいの満面の笑みで大貫さんの隣を歩いていた。だが、それに対して大貫さんは浮かない顔をしている。どうしたのだろう。もしかして嫌われてしまってもう一緒に帰りたくないのだろうか……
「川村くん、この前はごめんね」
「え? な、何が?」
「帰りに知り合いと話し込んじゃって……つまんなかったよね」
「ああ! いやいや全然! あの時は挨拶もせずに帰っちゃってごめんね。話が盛り上がってたから邪魔しちゃ悪いかなって思って先に帰っちゃったんだ!」
「そうだったんだ……気付いたらいなくなってて、つまんなくて機嫌悪くして帰っちゃったのかなって思って……」
「全然! 全然そんなことないよ! 大貫さんといてつまんないなんて思った事一度も無いし!」
「……ごめんね、ありがとう」
彼女は彼女なりに思うところがあって申し訳なく思っていたらしい。たしかに知らない人との知らない会話を会話に入る事もなく聞き続けるのは面白くはないが、それはそれで彼女を眺めていれば済む事だから問題無い。
ほぼ知らない人とされてしまったのも、後になって考えてみればあの連中は元同級生か何かで、忘れられないという男の耳に変な噂が入ってほしくなかったのではないかとも思える。
あの時はただただ辛く、その場から逃げ出してしまったが、何日も悩ませて浮かない顔にさせてしまうくらいなら無理にでも挨拶ぐらいはしておけば良かった……
「朝…… 一緒にならなくなっちゃったね」
「え? ああ、うん、学校の催し物の委員にされちゃってね。もっと早く行かなきゃいけなくなっちゃったんだ」
言われる事を考えていなくて咄嗟にウソをついてしまった。今でも学校に着いてから一時間も時間を持て余しているのにそれ以上早くなるわけがない。
「あ、そうなんだ」
「う、うん。委員なんてしたくなかったんだけどねー」
「じゃあ、それが終わったらまた一緒になるかもしれないね!」
「うん! そうだね!」
なんだろう。この感覚。なんだか嬉しい。心拍数が上がってきている気がする。
「ところで川村くん」
「なに?」
「どうしたの? その恰好」
すっかり忘れていた。そうだ、今日は坂本さんたちと一日かけてイメチェンした姿をお披露目して川村くんカッコイイと言ってもらうのだった。
「ちょっとイメチェンしてみようと思って。どうかな」
「うーん……なんか川村くんっぽくないかなあ……」
「そ、そっか……」
「どうしてそんな感じにしたの?」
「あ、いや、坂本さんに色々選んでもらったんだけどね」
「ふぅーん、川村くんって自分が無いんだねー」
なんということだ……こんな展開は全く想像していなかった。完全に逆効果じゃないか……
僕は心が折れそうになっている自分に、大事なのは自分の気持ちなんだと念仏のように何度も言い聞かせ、絞り出すように言った。
「大貫さん、今度遊びに行こうよ」
いきなりどうした? という感じでこちらを見る大貫さん。
「川村くんってちょこちょこ誘ってくれるけど、そんなに私と遊びに行きたいの?」
「……うん。大貫さんと遊びに行きたい」
ついおちゃらけて軽い感じで言ってしまいそうになったが、ここでそれをしてしまったらもう二度と遊べる時は来ないような気がする……
なぜかわからないがそう思った僕は、大貫さんの目を見つめ素直な気持ちで返事をした。
「そっか……じゃあ、考えとくね!」
「う、うん、ありがとう」
「それじゃまたね!」
そういうと、大貫さんはちょうど着いた最寄り駅で電車を降りていった。
数分後、まだ外は明るく人もちらほらといる中、隣駅のホームで一人のバンドマンもどきが空を見上げ固まっていた。
イメチェンは完全に失敗だった……一か月分のバイト代も消え去った……だが、約束までは漕ぎ着けずとも考えてくれると言ってくれた。十分過ぎるじゃないか。イメチェン作戦は大成功だ。
一通りの妄想を終えバンドマンもどきが動き始める頃、辺りは薄暗くなり始めていた。
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