エロビデオとバイトとストーカー

昔はストーカーって言葉がなかったから捕まらなかったんだよね……
まっしぐら
まっしぐら

リハーサル

公開日時: 2021年7月23日(金) 21:55
文字数:3,997

 その週の週末、遅番で店に入ると細谷が声をかけてきた。

 

 「カワっち! アイちゃんと遊びに行くのかよ!」

 

 (もう知ってる……)

 

 誰から聞いたのか知らないが大貫さんが口にしてからそんなに経っていないのにもう知っている。どうなっているのだろうか……

 

 「うん、もう半分諦めてたんだけどね」

 「よかったじゃんか! で、どこ行くのよ」

 「いや、それがさ、横浜近辺で考えてるんだけど、行った事無い所ばっかでさ。雑誌見てるんだけどなかなかイメージが固まらないんだよね」

 「ああ、そりゃお前、下見しなきゃダメよ」

 「下見?」

 「時間配分とかもあるからよ。実際に一回見て回んだよ。リハーサルってやつだわ」

 「なるほど。リハーサルねえ。たしかにそれは良さそうだね。ありがとう!やってみるよ」

 「どこらへん考えてんのよ」

 「うーん、今のところ、中華街とか考えててそこから歩いて行けるところで山下公園とかマリンタワーとか、あとは元町商店街を通って港の見える丘公園とか行きたいなあって」

 「ああ、そこらへんね。そこらへんはおれ詳しいから案内してやるよ」

 「え? いや、それは悪いからいいよ」

 「水くせえなあ、遠慮するなって。おれら仲間だろ?」

 

 (ん? なんだ……この感じ……仲間って遠慮しちゃいけないのか……?)

 

 「いや、まだ決めたわけじゃないからさ……」

 「いいんだよ。めぼしい所一通り回ってイメージつかめりゃプランニングしやすいしなんかあった時臨機応変にできんだろ?」

 「まあ、それはたしかにそうなんだけど……」

 

 (初めてのデートは自分で考えたいんだけどな……)

 

 「じゃあよ、昼は混むから人がいない夜にざっと見て回ろうぜ。夜景とかもどんな感じかわかるしよ」

 「うーん……」

 「んあ? なに? カワッちもしかしてウザがってる?」

 「ん? いやいや、そんなことはないよ。なんかそこまでしてもらうの悪いなあって思っただけ」

 「気にすんなって。ばっちりサポートしてやっからよ」

 「ああ……ありがとう」

 

 (なんだろ……おれってサポートが必要なくらいダメなんかな……)

 

 「なになに? 君たちなんか面白そうな話してるねえ」

 

 話を聞いていたのか、厨房にいたゲンさんが食いついてきた。

 

 「いや、カワっちが初デートだっつんであちこち下見しようって話してたんすよ」

 「へぇー、じゃあ、おれ車出そうか?」

 「え? いや、それは悪い……」

 「おお! いいっすね! 良かったなカワっち!」

 「いや、なんというか、気持ちはありがたいんだけど、ほんと申し訳ないから……」

 「なんだよカワっち、おれらの思いを踏みにじる気かよ」

 

 (なんだこいつ……親切の押し売りかよ……)

 

 「え? そうなの? 川村くん。それは切ないなあー」

 

 (ゲンさんまで悪乗りしてきやがった……)

 

 「いや……踏みにじるとかそういうんじゃないんですよ……ご迷惑でなければ……」

 「全然迷惑じゃないよ。君たちはいつなら大丈夫なの? おれの愛車でどこでも迎えに行くよ!」

 

 (もしや……ゲンさん、また自慢の新車見せたいだけなんじゃ……)

 

 「おれもカワっちもバイトが無ければいつでも大丈夫っすよ! なっ! カワっち!」

 「え? うん、もちろん」

 「じゃあ明後日おれ休みだから明後日の夜にしようか。集合は本社前に夜八時くらいでいい?」

 「問題無いっす」

 「大丈夫です」

 

 

 二日後、僕は横浜駅西口の本社前にいて、二人が来るのを待っていた。

 正直、行きたい所の雰囲気やそこに行くまでの道のりを事前に確認できるのはありがたいと思うが、本命の人と見たい景色や感じたい雰囲気を別の人と先に体験するのは違う気がする。

 いったいなぜこんな展開になってしまったのか……

 

 (おれがはっきり断らなかったからいけないんだろうな……)

 

 後悔しても時すでに遅し。もう間もなく二人は現れるだろう。こうなったら割り切って検討用の情報収集に徹するしかない。

 

 「カワッちおつかれー、場所の候補は決めたか?」

 「うん、大体この前言ったとこら辺だね。」

 「そうか。じゃあまずはどこ行ってみるよ」

 「そうだねえ……ゲンさんが車出してくれるのはいいんだけど、全部を車で回るっていうのはできないと思うんだよねえ」

 「んだなあ。どっかに停めてそこを拠点にしてあとは歩きじゃねえかな」

 「おれが調べた感じだと中華街を挟んで海側と反対側に分かれてるんだよね。回る順番は別に考えるとして、あっち行って戻ってこっち行って戻ってだと効率悪いから一筆書きみたく回れる感じがいいと思うんだよね。」

 「ああ、たしかにそうだな。どうすっかなあ……」

 

 そんな話をしていると、物凄い勢いで車が走ってきて二人のすぐ近くで止まった。轢く気満々だったのだろうか、細谷が少し当たったようにも見える程近かった。

 

 「あっぶねぇー! なんちゅう運転してんだよ……」

 「よお! そこの二人! おれの愛車に乗ってくかい!」

 「……」

 

 乗り込んだ二人は今話していた内容をゲンさんに伝える。

 

 「なるほどね。じゃあ車は山下公園に停めたらいいんじゃねえかな。あそこ安くてでかい立体駐車場あるんだよ」

 「おおー、じゃあ、それでお願いします!」

 「おうよ! まかしときな!」

 

 ゲンさんはアクセルを吹かし高回転でクラッチを繋ぎ、若干ホイルスピン気味に急発進させる。のけぞる僕と細谷。

 何なのだろう、今日はレーサーモードなのだろうか。こんな狭い所で急発進させてアホなんじゃないだろうか……

 

 

 山下公園へはすぐに到着したが、少ししか乗ってないのに気持ち悪くて吐きそうだった。細谷も後部座席でぐったりしている。

 

 「どうだった? おれの愛車とおれのドライビングテクニック」

 「……すごかった……です……」

 「そうかそうか! 惚れるなよ?」

 

 ゲンさんはとてもご満悦のようだ。

 

 (細谷の野郎……これでデート失敗に終わったらマジで許さねえからな……)

 

 僕は本気の計画をコケにされているようで気分が悪くなってきた。細谷は親切心でやってくれているのかもしれないが、ゲンさんは愛車を繰り出すためのネタぐらいにしか思っていないように見える。

 

 「じゃあ、あとは歩いてぐるっと回ってみましょうか」

 

 下見の順番としては、

 山下公園→港の見える丘公園→元町通り→中華街→山下公園

 で行こうという事になった。そうすれば各場所を一回ずつ通るだけで済む。

 

 まず最初に港の見える丘公園へ向かった。

 この公園は公園の名前の通り、ちょっとした丘の上にあり、港とベイブリッジが見える夜景がとても綺麗らしい。

 

 「おおお……」

 

 公園に着き、夜景を見た僕は思わず声を漏らした。

 

 (たしかに綺麗だ……)

 (元町通りの店がまだやってるくらいの夕暮れにウィンドウショッピングをしながらここに向かって歩いて、日が落ちて夜景が綺麗に見えるまで大貫さんと景色を眺めてみたいなあ……)

 

 「ちょっと、細谷くん、トイレってどこにあるの?」

 「え? いや、ちょっとわかんないっすね……」

 「漏れそうなんだけど……」

 

 なんかゲンさんと細谷がごちゃごちゃ話しているが僕は完全に無視をして暫く夜景を眺めていた。

 

 後は道も暗くてよく見えず、元町の店も閉まっていたし、中華街は賑わっていたが良い店かどうかは実際入って食べてみないと分からないので、あまり下見の意味は無かった。歩きにかかった時間と疲れ具合いが分かった事ぐらいだろうか。

 今日はあくまでも下見で最後は自分で考えるのだからあの公園からの夜景が見れただけでも十分だ。

 

 「どうよ? どっかいいとこあった?」

 「うん、港の見える丘公園が良かったね」

 「そうか、うまくいくといいな!」

 「ありがとう! 頑張るよ!」

 「大宮さんもありがとうございました!」

 「おれは応援してるぞ! 頑張ってな!」

 「はい!」

 

 (程度は分からないけど、二人とも良かれと思って動いてくれたのだ。感謝せねば……)

 

 「じゃあ、おれの愛車に乗って帰るか!」

 「あ、いや……おれらわざわざ横浜まで送ってもらわなくても、石川町から電車で帰りますよ? な?」

 「そ、そうそう! わざわざ悪いので全然大丈夫ですよ!」

 

 細谷と僕は必死に乗車拒否を遠回しにアピールする。

 

 「え……おれの愛車乗りたくないの……?」

 

 「あ、はい……乗りたいです」

 「たしかに……本当は乗りたかったです……」

 

 二人は抵抗を諦めてゲンさんの後をトボトボと付いて行くのだった。

 

 

 僕は横浜ウォーカーの情報に加え、下見で感じた事と、更にるるぶ横浜という参考書を入手し、一から計画を考え直した。

 港の見える丘公園に行きたいというのは変わらなかったが、他は参考書の情報を多分に盛り込みなかなかのボリュームになった。

 朝から行かないと回り切れないかもしれない。

 

 家でもあれこれ妄想し、学校でもあれこれ妄想し、バイト中もあれこれ妄想する、妄想ばかりの毎日だった。

 これは喜ぶだろうか、これは楽しんでもらえるだろうか、そんな事を考えるのが楽しくて仕方なかった。

 

 

 下見から一週間程経ったあくる日、店でしかめっ面をしながら妄想をしていると、ホールから栗原さんの喜ぶ声が聞こえてきた。

 

 「大貫さん来てくれたんですねー!」

 

 (え? 大貫さん? マジか!)

 

 ホールの方を覗き込む。

 

 (いた! 大貫さんだ!)

 

 条件反射的に一気に顔じゅうの筋肉が緩み、だらしない顔になっているのが鏡を見なくてもわかる。パブロフの犬状態だ。

 だらしない顔で大貫さんを眺めていると、大貫さんが僕の存在に気がつき洗い場の方へ向かってきた。

 

 「川村くん! 遊びに行く日決まった?」

 

 (店でも話してくれるようになったなんて……感無量だ……)

 

 「大体きまったよ!」

 「おおお!」

 「日にちは今月最後の日曜日とかでもいい?」

 「うん! 大丈夫!」

 「よかった! じゃあ詳しい時間とかはまた日が近くなったら電話で知らせるね!」

 「うん! わかった! 楽しみにしてるね!」

 

 大貫さんはそう言ってにっこり微笑むとまたホールの方へ戻っていった。

 

 (とうとう遊びに行く日が決定した! どうしよう、楽しみ過ぎて倒れそうだ……)

 

 僕は息が苦しくなるほどの興奮を落ち着けるため、がむしゃらに皿を洗い続けた。

 

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