僕はウェスタンクラブという地下にあるビリヤード店の片隅にある椅子に座り項垂れていた。
大貫さんに遊びに行く事を考えてもらえる事になったのは良いが、彼女はバイトに来る頻度がますます少なくなり、考えた結果を教えてもらうどころか見かける事すらできない。はたして、彼女は遊びに行ってくれるのだろうか。考えると言っただけで行くと言ったわけではないし、ただの社交辞令というか、その場を凌ぐ為の言葉だった可能性もある。
だいたい、なぜこんな彼女ばかり気になって仕方がない状態に自分はなっているのだろうか……
バイトの帰りに少し話をするくらいで一対一どころかグループで遊びに行くような仲でもない。遊びに行ったのなんて、強いて言えば香川さんにお膳立てしてもらって行ったオカマバーくらいなものだ。学校繋がりの山越や深沢、バイト繋がりの細谷やマユちゃんアカリちゃんといった連中のようにバイト上がりや学校帰りにカラオケやゲームセンター、ボーリングにビリヤード等で遊ぶ友達のような関係から気になる存在になるというのなら話も分かるのだが……
「まあ、なんかわからんけど、好きなんだろうな。一目惚れというやつなのかもしれない……」
「え? なにが? 次タカシくんの番だよ?」
僕が一人でブツブツ言っていると、球を突き終わった山越が声をかけてきた。
「ああ、ごめんごめん」
ハッと我に返った僕は慌てて椅子から立ち上がり、薄暗い中スポットライトに照らされ浮かびあがっているように見えるビリヤード台に向かった。
僕は台の縁に置いてあるチョークを手に取り片手でキューの先へこすりつけつつ颯爽と構え、頭の中で願い事のような運試しの言葉を叫びつつ渾身の一撃を放つ。
(この一打でナインを落とせたら……彼女とはうまくいく!)
「うおおおおりゃああああ!」
カシャっという音と共に白い手玉がゆっくりと転がり、数センチ程進んで止まった。
「……」
「なんか最近調子悪いじゃん。今回もおれの勝ちかな?」
深沢が台の隅に半分腰掛けてニヤニヤしながらこちらを見ている。
「……わ、わざとだし。ハンデよハンデ。ちうか深沢は運が良すぎだろ。なんであんな適当に打ったブレイクでエース取れるんだよ。しかも今日だけで二回も」
「いやあ、運も実力のうちっていうしねえ。まあ、日頃の行いってやつかな!」
「まったく……日頃の行いって言うなら毎日一緒にいて同じような事して過ごしてるのに運が無いおれはどうなるのさ……ってそういや、始めたバイトはどうなのよ」
僕と行った歓迎会の雰囲気にビビって結局同じバイトを始めなかった深沢が駅の反対側の飲食店でバイトを始めたらしい。料理のジャンルが違うだけで同じようなバイトをしてれば雰囲気も同じようなものな気がするが……
「ああ、すごくいい感じだわ! かわいい子もたくさんいるし。川村も来るか?」
「マジか! いいね! ……って山越の目の前でよくそういう事言えるなあ……山越にバイト紹介してもらったのうちらだべよ」
「おお! そういやそうだった気もするな! すまんすまん!」
「おれは全然気にしないからいいよ! 深沢くんもいいところ見つかったようで良かったね!」
といったやりとりをしたところで僕はふと思った。今まで気づかなかったが、なにかおかしい。深沢がやけにヘラヘラしている。
「なあ深沢、何かあったんか?」
「ん? なんで?」
「なんかさあ、いつもと違うんだよな。なんちゅうか、いつもはあーだりいとかつかれたーとか言ってビリヤードもすげえ面倒くさそうにするじゃん?」
「それが、なんかテンション高めっちうか、やけにヘラヘラしてて気持ち悪いんだよなあ」
「え? そうか?」
深沢は驚いたような顔をし、なにかを考え始めた。そして、気持ち悪いと言った僕もなにか引っかかるものがありモヤモヤし始めた。前にもこんなやりとりをしたような気がする……デジャヴだろうか……
「もしかして……深沢……バイトで仲良くなった子か気になる子がいたりしないか?」
「え? ああ……いる……かも……」
「やっぱりな……」
「え? そうなの? すごいじゃんタカシくん! エスパーみたいだ!」
山越は分からなくて当然だし、深沢もまだ分かっていないようだが、前に僕と深沢は全く同じやり取りをしている。その時は深沢が僕に気持ち悪いと言っていたのだが。
人は舞い上がるとこんなに気持ち悪くなるんだなあとしみじみ思いながら僕は考え込んでいる深沢を眺めていた。人間、自分の事は分からないものだ。
「とりあえず、ファッションは人にコーディネートを頼まず自分らしくするといいよ」
「んあ? なんだそれ?」
「まあ、それは冗談としても、思う人がいるならどんどん動いた方がいい。いつ動きたくても動けなくなる時が来るかわからんし、動かないで後悔するくらいなら動いて後悔する方がはるかにマシだからな」
「ふーん、そんなもんかね」
「おれは未だに例の子と遊ぶ事すらできずにいたらいつの間にかバイトにあんまり来なくなっちまって、もっと動けば良かったと後悔してるよ」
「そうか……わかった。じゃあなるべく動くようにするわ」
「んだ。それがいい」
深沢に経験者のように偉そうに言っていたが、じゃあお前はどうなんだ? もっと動けば良かったで後悔して終わりか? そんな事を自分にも繰り返し問いかけていた。
「おれもやれるだけやるか……」
「え?」
そうボソっと呟いた僕に二人が気を取られた隙にすかさず手玉を突き直した僕は山越・深沢の罵声を浴びながら不敵な笑みを浮かべるのだった。
翌日から僕は動き出した。
バイトは無かったが店へ顔を出し、厨房にある高さ一メートル程度の大きな寸胴鍋でスープの仕込みをしているゲンさんに聞こえるように洗い場の細谷へ雑談をし始めた。
「やあ! 今日は大丈夫? 手伝おうか?」
「ああ、今んとこ大丈夫よ。ちうかカワっち今日はどうしたよ。ラーメンただ食いしにでも来たんか?」
「いや、特に何があるわけでもないんだけどさ、この前細っちとバイト連中でナイト競馬行ったらいいんじゃないかって話してたじゃん?」
「んあ? そういえばなんかそんな話したかもなあ」
「んん? 聞き捨てならない話だなあ……それは!」
案の定ギャンブラーが食いついてきた。いいぞ。思惑通りだ。
「ナイト競馬? そんな話があるならまずおれに言ってくれなきゃ! みんなで行くの?」
「あ、いえそれは……」
「あ! ゲンさん! 実はですね。この前細っちとバイト連中を集めて行きたいねって話をしてたんですよ。でも、話だけで終わっちゃってて……なんとか行けたらいいなって思って細っちに相談しに来たんですよ」
困惑して何か言い出そうとする細谷に被せるようにしてゲンさんに言葉を返す。
「それはいけねえなあ……よし! わかった! じゃあおれがバイトのみんなに声かけてあげるよ!」
「ほんとですか! ありがとうございます! ゲンさんが一声かければすぐ集まっちゃいますね!」
「まあね、おれに任せときな! みんなでトゥインクルレース行こうぜ!」
「ありがとうございます!ㅤよろしくお願いします!」
呆気にとられる細谷を尻目に僕はもう用は済んだとばかりに踵を返して店を出た。ゲンさんは競馬となると気合いが入りまくって色々大変だからこの手は使いたくなかったが、大勢でも何でも彼女と遊ぶ為には手段を選んではいられない。あのギャンブラーゲンさんに誘われて簡単に断れるバイトなどいないだろう。きっと彼女も断れずに参加するはずだ。
僕は何の根拠もない理屈で来ると決めつけ、彼女へ渡す物の買い物をしに横浜駅地下街と連結しているデパートへ向かった。
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