エロビデオとバイトとストーカー

昔はストーカーって言葉がなかったから捕まらなかったんだよね……
まっしぐら
まっしぐら

スタジオ

公開日時: 2021年1月24日(日) 12:25
文字数:3,687

 あの日の一件以来、僕は彼女の姿を見るのが辛くなり、急な頼みで申し訳なかったが、既に決まってしまっている彼女と同じ日に入っているシフトを、シフトで一緒になった細谷に頼んで交代してもらおうとしていた。

 

 「んぁ? 代わるのは別にいいけど、それよかどうしたんよカワっち。なんか具合い悪そうじゃん」

 「あ、うん、あんまり調子良くなくて……無理言っちゃってごめん」

 「そんな事気にすんなよ。おれ達仲間だろ? それよか大丈夫かよ。なんかあったん? おれで良ければ聞くぜ?」

 

 『おれ達仲間だろ?』

 

 この言葉を聞いた時、雷に打たれた様な衝撃を受けた。

 細谷が告白しようとしている相手であるが故に言い辛いとはいえ、細谷は僕の気持ちを知らず僕だけ細谷の気持ちを知っているような関係を仲間と言えるのだろうか……

 

 「おれは、細谷に謝らなきゃいけない事があるんだ……」

 「なに……どうしたよ」

 

 二人の間に一瞬の沈黙が流れる。

 

 「……この前、細谷が告ろうと言っていたあの子……実はおれも好きだったんだ……」

 「深谷の気持ちを知っておきながらずっと言わないでいて、ごめん」

 「……」

 「なんだ、アイちゃんの事か。謝らなきゃいけないっていうから何事かと思っちまったよ」

 「え、いや、でも……」

 「その事なら気にしないでいいぜ。おれこの前告ってあっさりフラれたからよ」

 「そうなんだ……」

 「だから全然気にすんなよ。カワっちが行くならおれも全力で応援するぜ! おれの仇を取ってくれよ!」

 

 にこやかな笑顔と共に肩を軽くたたいてくる細谷。なんていいやつなんだ……なんだか目頭が熱くなってきた。


 「でもよ、アイちゃんはなかなか難しいかもしれないぜ?」

 「え?そうなの?」

 「なんか、付き合ってたのか片思いなのか知らねえけど、忘れられない男がいるらしい」

 「そうなんだ……」

 「そいつは京大に行ったらしいんだけど、遠くに行っても好きってんだから相当好きだったんだろうし、張りあうにも学力じゃ勝ち目ねえし、強敵だぜ」

 「たしかに、学力じゃ話にならないね……」

 「まあ、遠くの恋人より近くの異性って言うし、諦めなければそのうち変わってくるべ」

 「……そうだね、ありがとう。諦めずに頑張るよ」

 

 「で? 具合い悪そうなのはそのアイちゃんとなにかあったん?」

 「うーん、まあ……ちょっとうまくいかなくて悩んでたんだけど、細谷の言葉を聞いたらすっきりしたよ! シフトも変わってもらわなくていいや」

 「そうか……大丈夫ならいいんだけどよ。困った事があったらいつでも言ってくれよ?」

 「わかった。ありがとう!」

 

 ちょっとほぼ知らない人みたいな態度を取られたからってなんだ。他に好きな人がいる? 諦めるまで待ってりゃいいじゃないか。お前の好きはそんな事で諦める程度のものじゃないはずだろ? そうだ、こんな事でおれはめげないぞ。

 細谷と更衣室から店へ移動し、そんな自問自答を頭の中で繰り返しながらサモハン山越並の速さでひたすら皿を洗い続けた。

 

 

 数時間後、

 ラストまでの細谷を残し先に上がった僕は、帰り途中の乗り換え駅のホームでベンチに座り一人項垂れていた。

 

 「どんな顔して会えばいいんだ……」

 

 諦めずに会ったって普通に接して話ができなければ意味が無い。それどころか関係が悪化する可能性すらある。

 

 「お、川村くんじゃん。そんなとこでガックリ項垂れてどうしたの?」

 

 でも、会わなければこのまま終わっていくだけだ。何もしないまま終わってしまうのだけは避けたい。とにかく動かねば……

 

 「おい! 川村くん!」

 

 驚いて見上げるとそこには坂本さんがいた。厨房にいる時とは全く雰囲気が違う。なんというか……鎖がジャラジャラしていてバンドマンみたいな格好だ。

 

 「あ、坂本さん!なんでこんな所にいるんですか?」

 「それはこっちのセリフだって。というか、おれはこの駅が最寄りだから。それで、川村くんはどうしたの?」

 「あ、いえ……ちょっと悩み事がありまして……」

 「アイちゃんか」

 「え? あ、ええ……実はそうなんです……」

 

 (なぜわかったか聞きたいところだけど、きっと愚問なんだろうな……)

 

 一人で悩んでいても埒が明かないし、話す事で何か閃く事もあるかもしれないと思い、僕は先日大貫さんと帰る途中で彼女の元同級生とおぼしき面々と遭遇した時の出来事を簡単に話してみた。

 

 「うーん……そりゃ酷えな……」

 「……」

 「この女はおれのだって突っぱねるくらい出来ればいいんだけどな」

 「いやあ……付き合ってもいないのにそういうのはちょっと……」

 「でもさ、ある程度強引なくらいでないと、そのうち離れてっちゃうじゃねえかな」

 「それは……そうかもしれないですね……でも、強引とかの前に、どんな顔をして会えば良いのか……」

 

 「とりあえずさ、イメチェンしてみたらいいんじゃねえかな」

 「イメチェン……ですか?」

 「中身はなかなか変わらなくても外見はすぐ変えられるじゃん。印象が変わればなんか変化もあるかもよ」

 

 たしかに、服は家にあった服をてきとうに着ているだけで自分では買う事もないので、僕の格好は周りから見たらみすぼらしい格好をしているかもしれない。

 

 「そうですね。ちょっと髪型とかは想像つかないですけど、なんか服でも買ってみます」

 「川村くんさ、これから時間ある?」

 「え? 大丈夫ですけど」

 「じゃあさ、これからスタジオいこうよ」

 「スタジオ? なんすかそれ?」

 「防音になっててギター弾いたりドラム叩いたりしても大丈夫なカラオケボックスみたいなもんかな」

 「おおー、音楽の収録とかで使うようなアレっすか!」

 「ライブが近いからこれからメンバーとの音合わせに行くんだけど、見るだけでも少しはストレス発散になるんじゃないかな」

 「……ありがとうございます。お邪魔で無ければちょっと見させてもらいます」

 

 どうしたら良いか分からず悩んでいて気分転換をしたかったので、僕は坂本さんに付いていく事にした。

 

 「坂本さんは楽器とか持って行かないんですか? なんかバンドをする人ってギターの入れ物みたいのを背負ってるイメージがあるんですけど」

 「ないよ? おれボーカルだし」

 「おお! 坂本さんボーカルでリーダーな感じっすか! すごいっすね!」

 「いやいや……別にすごくねえよ……」

 

 褒められるのが慣れてないのか、バンドマンだからカッコよく決めていなければいけないのか、たぶん嬉しがってるのだと思うが、口元は緩みながらも目はしかめて困ったような雰囲気を出そうと頑張っている感じの顔になっていた。

 

 

 二人は横浜駅に戻り、バイトの時とは反対側の出口へ向かった。いつも山越や細谷たちと遊ぶゲームセンターやカラオケ地帯を抜け、橋を渡り少し歩いた先にある顔のゲーセンと呼ばれていたゲームセンターの近くにスタジオはあった。

 入り口を入るとダーツマシンでも置いてありそうな雰囲気の待合い場所があり、四角い小さなテーブルを囲んで他のメンバーらしき人たちが座っていた。

  

 「ジュンちゃんおせーよ、遅刻遅刻ー」

 「おーわりぃわりぃ、今日はゲスト連れてきたから喧嘩すんなよ」

 「おー、いらっしゃーい。ゆっくりしてってよ」

 

声をかけてきたのは大柄でぼさぼさな金髪頭の男だった。機材を持っていないからドラムの人だろうか。今日は喧嘩するなよっていう事は普段は喧嘩をしているという事だろうか……

 

 「あ、はい!ちょっとお邪魔させてもらいます」

 「ちょっと馬鹿で変な奴らだけど悪い人間じゃないから、まあてきとうに見てってよ」

 「はい!」

 

 坂本さんにてきとうな紹介をされて誰が誰だかさっぱり分からなかったが、ガヤガヤとだべりながら部屋に入っていく皆に付いて行った。

 部屋の中にはドラムや大きなスピーカー、マイクスタンドが既に置いてあった。入り口の扉を閉めると普段聞こえている雑音が全く聞こえなくなり、急にシンと静まり返った。だべっていた皆も急に無言になり、機材を用意する音だけが聞こえる。さっきまでの世界とは別の空間にいるようで不思議な感覚だった。

 待っていた人達の中に一人居た女の人は演奏には参加しないのか、部屋の隅にある丸椅子に座っている。僕もその女の人の真似をして丸椅子を女の人の近くに持っていき座った。

 

 準備が終わると、誰が合図するでもなく演奏が始まった。ピッタリと合った演奏のせいか、ものすごい音圧のせいかわからないが、ブワッと鳥肌が立った。

 このリズム、聞いた事がある。そう思った時に坂本さんが英語で歌い始めてわかった。セックス・ピストルズのアナーキー・イン・ザ・U.K.だ。洋楽はあまり詳しくなかったが、数少ない知っているバンドで良かった。

 その後も立て続けに曲は続いた。曲名はわからないがどれも聴いたことがある曲だった。ガンズ・アンド・ローゼズの曲もあった。

 

 彼らの演奏の迫力は凄まじく、引き込まれて力が入っているのか、気が付くと手に汗を握っていた。これがバンドというやつなのか……

 自分たちのしたい事をして生き生きとしている彼らを見ていると、相手の反応ばかりを気にして悩んでいる事がアホらしく思えてきた。

 大事なのは自分の気持ちなんだよなと、演奏に引き込まれながらも僕は何かが分かったかのように一人で納得するのだった。

 

 

 


 

 

 

 


 

 

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