エロビデオとバイトとストーカー

昔はストーカーって言葉がなかったから捕まらなかったんだよね……
まっしぐら
まっしぐら

ストーカーへの道

初タイマン

公開日時: 2020年12月31日(木) 15:04
更新日時: 2021年3月14日(日) 18:20
文字数:2,732

 週末のバイトを経験してからしばらく経ち、平日のバイトを一人でやるようになりだした頃、僕はホールにあの子の姿を見つけた。


 バイトを始めた初日になぜか行く羽目になった飲み会で、たまたま目に付いて声をかけてくれただけのあの子に、僕は話すらロクにしていないのに既に随分と入れ込んでしまっているらしい。


 (童貞ってのはほんと、これだから困るわ……この前だって一年近く映画観たり出かけたりしたのに結局手すら握れなかったじゃねえか……)


 中学の頃好きだった子に、告白したわけではなかったけれど、高校の時に小さな同窓会的な集まりで話をする中で気持ちが伝わったのか、友達か多少それ以上な関係にはなったのだが、意識すればするほどに手を出すどころかまともに会話すらできなくなり、次第に距離ができ最終的には大学受験の為という理由で関係が途絶えた事があった。

 性格の不一致とかではなく、基本的なコミュニケーションができずに終わった事で相当に落ち込んだはずなのだが……懲りずに、しかも相手の事を何も知らない状態なのに入れ込むとはどういう事なのだろうか。


 幸いな事にあの子は遅番であった。ホールは平日でも何人かいて早番遅番があるが、洗い場は平日は一人で最後までやるのが基本となっていた。

 僕はあの子が遅番である事を大いに期待していた。なぜならば、仕事中はなかなか難しいが、仕事が終わった後でならさりげなく会話ができるかもしれないと思ったからだ。


 厨房の清掃を終了し、あの子の動きとちょうど鉢合わせるくらいのタイミングで厨房をでた。


 「あ、おつかれさまー、お皿洗いってすごく大変そうだね、もうやる事は覚えた?」

 (おお! 仕事始めたばかりなのを知ってる! 覚えててくれた!)


 天にも昇る気持ちだった。なんて単純な奴なのだろう。


 「う、うん。ようやく一人で一通りできるようになったよ」

 「そっかぁー、まだやり始めたばっかりだって言うのに、がんばったね!」

 「あ、ありがとう!」


 僕がそう言うと彼女はニコッと笑って去って行った。


 (ああ……なんだろ……めっちゃいい子だ……)


 褒められた嬉しさを目を閉じて噛みしめていると、


 「ほら、突っ立ってないで出て出て。店閉めるぞー」


 とハゲの副店長が背中をポンと叩いてきた。気付けばみんな着替えに向かったようで店内には僕とハゲの副店長しかいなかった。

 僕は逃げるように店から出て階段を上がり、本社ビルの更衣室へと急いだ。


 急いで着替えをし、地下街入り口の階段付近に行くと、土日程はいないがやはりホールの人が何人か集まっていた。その中にはあの子の姿もあった。


 「よし!」


 僕は小さくガッツポーズをしたあと、そっと集まっている人たちに近づいた。

 細谷に聞いた話では、彼女は京急組らしい。他に京急の人がどれだけいるかは分からないが、僕は彼女と一緒に帰ろうと考えていた。

 自分の家は横須賀線の駅の真裏にあるので、どう考えても横須賀線一択なのだが、京急の駅からも山を一つ越えれば帰れなくもなかった。


 一緒に帰る人を探していそうだった彼女にさりげなく近づき声をかけた。


 「えっと、帰りは何線なの?」

 「あ、新人くん。私は京急なんだぁー」

 「そうなんだ。おれも京急だから帰り一緒にどうかな」

 「京急なんだ! あれ? でもこの前ほかの電車で帰ってなかった?」

 「ああ、うちは京急でも横須賀線でもどっちでも帰れるんだよね」

 「そうなんだ! じゃあ、一緒に帰ろっか!」


 作戦は成功だった。何度も脳内シミュレーションをした甲斐があるというものだ。すました顔をしていたが、その裏では脳内川村たちが狂喜乱舞していた。


 京急もJRと同じく夜遅い時間だというのに人が多く、座るどころか壁に寄りかかったりポールを掴んだりもできない状況だった。

 二人は仕方なく吊革につかまっていたのだが、吊革の高さが彼女の背ではギリギリなのか、横揺れの激しい区間では揺れるたびにこちらにぶつかってくる。


 「ごめんね。ちょっと掴まらせて」

 「あ、うん。全然……」


 彼女は吊革につかまるのをやめ、僕の服につかまってきた。


 「そういえば、新人くんは名前は何ていうの?」

 「あ、言ってなかったね。おれ、川村っていいます」

 「そっかー、新人くんは川村くんなんだねー」

 「私の名前は知ってる?」

 「細谷からアイちゃんだって事は聞いたんだけど…」

 「細谷くんねー、なんか、軽いって噂は聞くねー」

 「そ、そうなんだ……」

 (そんな噂が立つってことは、やっぱ軽いんかなあ……)

 「私は大貫っていうの、改めてよろしくね! 川村くん」

 「う、うん! よろしくね、大貫さん」


 「川村くんは最寄りはどこなの?」

 「ちょっと乗り換えないといけなくて、神武寺っていうマイナーな駅なんだけど、知ってる?」

 「ええ! うそ! すごーい! 私六浦だよ!」

 「え? 六浦ってあの霊園がある六浦?」

 「そうそう! すごいねー、お隣さんだねー」

 「こんなことあるんだねー、六浦は原チャリでよく通るよー」

 「そうなんだ!」

 「八景に行く時とか、家電量販店に行く時とかねー」

 「家電量販店ってもしかして〇ットマン?」

 「おお! そうそう!」

 「私もそこよく行くよー」

 「おお! マジで?」


 そんなやり取りをしていたら六浦に着いてしまった。


 「あ、降りなきゃ!」


 彼女が急いで電車から降りた。そして、なぜか僕も後を追って降りてしまった。


 「え?」「え?」

 「え? なんで川村くんも降りちゃったの?」

 (うーん、わからない……なんで降りちゃったんだろ……)

 「あ、いや、たまには六浦から帰ろうかなって思って。ほら、お隣さんだし」

 「え? 遠くなっちゃうんじゃないの?」

 「いや、全然大したことないよ」


 嘘だ。六浦ー神武寺の間には山が一つある。


 「大貫さんは駅から歩いて帰るの?」

 「いつもは歩くんだけど、夜遅いと大体お父さんが迎えにきてくれるんだ」

 「ああ、なるほどー、夜道は危ないもんね」

 「じゃあ、お父さん来るまで一緒に待ってるよ」

 「え? いいよいいよ。そんなの悪いよ」

 「いやいや、降りたついでだし、もう遅い時間だから危ないし」


 嘘だ。ただ話がしたかっただけだった。


 「なんだか悪いけど……ありがとう! じゃあ、家に電話してくるね」


 そう言うと彼女は駅前の電話ボックスへ駆けていった。


 (なんか、だいぶ流れに無理があった気がするけど……大丈夫かな……)


 戻ってきた彼女と他愛のない話をしばらくしていると、一台の車が少し離れた所に停まった。


 「あ、迎えがきた」

 「ああ、あの車が大貫さんのお父さんの車なんだ」

 「うん、じゃあ帰るね。川村くん、色々ありがとうね!」


 ぼくは手を振って車に向かう彼女を笑顔で見送り、そして走り去った後も笑顔のままその場でしばらくぼーっと立ち尽くしていた。その後、電車に乗れば良いのになぜかそのまま一時間かけて歩いて帰ったのだった。


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