『ゲンさんと競馬場に行こうツアー』から暫く経った頃、僕は学校の教室で悩んでいた。
大貫さんをナイト競馬に誘いたい。というか、競馬でなくてどこで何をするでもいいから彼女と遊びに行きたい。だが、バイトから一緒に帰っても他の人がいるとうまく話ができない上に、彼女がバイトに来る頻度も若干減ってきていて更に話す機会が減ってしまっている。
最初の頃はなかなか仲も良かったように感じていたのだが、最近は友達どころか、バイトでなぜかよく見かける知り合い程度の存在になっているような気がしてならない。
なにはともあれ、仲良くなるにはとにかく話をしない事にはどうしようもない。どうしたものか……
先生の話もろくに聞かず、窓の外を歩く男女の姿をぼーっと眺めていたその時、一つの考えが脳裏をよぎった。
一緒に登下校すれば毎日沢山会話ができるのではないだろうか……
しかし、彼女とは学校が違うし、そもそもどこの学校に行っているのかさえ分からない。短期の女子大に行っている事は分かっているのだが……
さすがに自分にも行かなければいけない学校もあるし、横浜から先の事は諦めよう。帰りも下校時刻が分からないし、彼女がバイトの日は全て押さえてあるから我慢するべきか。
そうすると、あとは登校か……
最寄り駅は分かっている。それどころか、この前家の電話番号を聞いたから住所も分かる。だが、家の前や駅に向かう途中で偶然出会うなんて事はありえない。
「駅で待ち伏せするか……」
静まり返った教室で周りの生徒の視線が一斉に僕に集まる。どうやら無意識のうちに声に出してしまっていたようだ。
だが、会った時になんて言う? 今まで駅で一度も見かけなかった奴が突然現れて、貴方を待っていましたなんて言ってきたら恐怖のあまり警察を呼びたくなってしまうかもしれない。
はたして、スムーズに偶然を装って会える方法はあるのだろうか……
翌日、僕はいつもより二時間早起きをし家を出た。彼女が登校の際に何時の電車に乗るのかはさっぱり分からなかったが、とりあえず彼女の家の最寄り駅まで行き一旦電車を降りて、ホームで電車を待つ素振りをしながら彼女が現れるのをただひたすらに待った。
三十分程待っただろうか。ホームへの階段を下りてくる彼女の姿を発見した。こちらへ向かってくるが、若干俯いていて僕の存在には全く気付いていない。
急に声をかけて驚かせると危ないのでどうやって気付かせようか悩んでいると、運良く彼女が顔を上げた時に僕と目が合った。
「えっ? か、川村くん!?」
「あ、大貫さんおはよー、こんなとこで会うなんて奇遇だね」
「えっ? どうして川村くんがここにいるの?」
「いやあ、昨日定期が切れたんだけど、電車賃少し安くなるし試しにここから乗ってみようと思ってねー」
(さあ、どういう反応をするか……どうか怪しまれませんように……)
「そ、そうなんだ! 時間が一緒だなんてすごい偶然だね!」
「そうだね! 初めてこの駅から乗るからちょっと早めに来たんだけど、まさか大貫さんに会うだなんて思わなかったよ」
「急に川村くんが現れるからびっくりしたよー」
とりあえず、不機嫌では無さそうだ。偶然を装い駅で待ち伏せ作戦は成功したかも知れない。
電車が到着し乗り込むと、まだ時間が早いせいか席が空いていたので二人は自然に席に並んで座った。
大貫さんは背が高くなく、立っている時に彼女を見ると上から見下ろす形になり、見上げてもらわないと顔があまり見えないのだが、座っていると横を向くだけで彼女の顔が見え、目が合う。
あまり見ると緊張して話せなくなってしまいそうなので、顔を見ては目を逸らしといった動きをしながら周りの人の迷惑にならないくらいの小声で話しかける。
「そうそう、この間さ、ゲンさんと洗い場連中で競馬に行ったんだけどさ」
「うんうん」
「けっこう楽しかったよ」
「そうなんだー」
「大貫さん、今度一緒に行かない?」
「うーん、競馬ってよく分からないけど、みんなで行ったら楽しそうだね!」
「う、うん!楽しいと思うよ!」
(みんなで……か。まあ、普通そうだよな……)
「考えとくね!」
「うん、じゃあ行けそうだったら他の連中にも声をかけるよ!」
「うん!ありがとう」
その後も雑談をしているとあっという間に横浜駅に到着し、僕は大貫さんと分かれた。
朝からこんなに良い思いができるならもっと早くやっておけば良かった……
そんなうまくいった後からなら何とでも言えるような事を思いながら学校へ行き、まだ誰もいない教室で一時間近く寝るのだった。
待ち伏せに成功し、味を占めた僕はそれからも早く出て一つ前の駅から乗り、一旦降りて大貫さんと出会うという捏造された偶然を作り続けた。その甲斐があってか、今まで以上に仲良くなってきた気がしていた。花火を観に行かないかとか中華街のおいしい店に行ってみないかとかたまにダメもとで誘うような場面も出てきた。たとえ行かなくてもただ話をできている事が楽しくてしょうがなかった。
そんな日々がしばらく続いたあくる日、バイト帰りの途中の駅で支線に乗り換える為に電車を待ちながら雑談をしていると、金髪でいかにも軽そうな感じの見知らぬ若い男二人が寄ってきて、こちらが話をしている事などまるでお構いなしに声をかけてきた。
「大貫じゃん、久しぶりー」
「あ、ひさしぶりー」
「こんなとこで会うの珍しいな、学校帰り?」
「バイト終わって帰るところー」
高校の頃の同級生だろうか。僕の存在など初めから無かったかのように三人で会話を続けている。僕はその場を離れる事もできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
しばらく三人で話が盛り上がった後、知らない男の一人が言い出した。
「で、そいつは誰?」
どうやら僕の事を言っているらしい。
「ああ、同じバイトの人ー、たまたま帰りが一緒だったんだよね。えっと、なに君だっけ?」
「え……」
言葉にならなかった……
「まあいいや、でさ、今度みんなで集まるから大貫も来いよ」
また三人で話が始まった。乗り換えの電車が来たが三人は話をしているようなので、僕はその場を無言で離れ帰っていった。
その日を境に僕は朝早く起きる事を止めた。
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