この晩に殺した鉱夫は、ただの鉱夫ではなかった。彼は軍属の鉱山技師であり、彼の弟は二百名の騎兵を束ねる司令官だった。弟は兄が突如消息を絶ったことを訝しみ、連絡の途絶えた地域を虱潰しに捜索した。
鉱夫が〝よろずや〟に泊まったことはすぐに知れた。
やってきた司令官に対し、ベンダー一家は鉱夫は一泊して旅立ったとうそぶき、司令官も一度は信じたが、結局、次の宿場街で消息が聞かれなかったために、軍はふたたび戻ってきた。
そのときには、ベンダー一家はすでに行方をくらましていた。
軍はよろずやを徹底的に捜索し、床下や周辺の土地から三十体以上の遺体を発見した。
復讐に燃える司令官は、ベンダー一家に懸賞金をかけた。まもなくシニアとジュニアが捕まり、縛り首となった。
だが、二人の女の行方はようとして知れなかった。
20××年 横浜
「無理じゃよ。無理。わしらが打ち解けるなど人生が百回会っても無理なことじゃ」
女子小学生のユートンが腕組みして、「喫茶店」のソファに身を預けた。
その向かいで、ヤンキー少女の愛がタバコに火をつけた。
「チームってのは、生まれるもんだ。作るもんじゃねえよ」
紫煙を宙に向かって吹き出す。
「あたしはたしかに協力するとはいったよ。でも、こんな連中と仲間になるだなんて聞いてないね。ランドセルを背負ったガキに、メガネのお嬢様、そんでリア充様」
彗はヤンキーをにらんだ。
「わたしは努力してるだけよ。見た目も中身もね」
「ああん?」
まちこが両の手のひらで宙を抑える真似をした。
「まあまあ、みなさん。落ち着きましょうよ。ね、もうすぐ巡さんも来ることだし」
ユートン、愛、彗、まち子の四人は、この日、はじめて「喫茶店」で一堂にかいした。
自分以外のメンバーと面識があるのはまち子だけで、そのほかの三人は初めから相手を警戒してとにかくひりついていた。
まっさきに噛みつきあったのは、ユートンと愛だった。
愛がユートンがミルクを呑んでいることを茶化したのだ。
ユートンは「たまらんな、人生を何百年生きても、無教養な無礼者は礼節を学ばんのか」と返した。
「ぶっ殺されてえのかよ」愛が体をゆすった。
彗が顔をしかめる。
「そんな殺気を出さないでくれる?」
ユートンが目を細めた。
「まてまてまて。お主、ずいぶんと未熟ではないか? いま、ひっぱられたな? おい、まちこ、こやつ、ほんとうに大丈夫なのか? 仲間どころか、狩るべき相手ではないのか? ま、この無礼な女も同じじゃが」
彗が肩をすくめた。
「無礼なのは、ヤンキーさんだけじゃなくて、あなたもじゃないの、おちびさん」
「なんじゃとお? わしが誰か知らんのか貴様」
ヤンキーの愛が笑った。
「小学生だろ?」
「どしがたい愚かものだの」
ユートンがミルクのカップの表面で指を弾いた。
ミルクが跳ね飛び、愛と彗に降りかかった。
「このがき!」
「ちょっと!」
愛と彗が同時に立ち上がり、彗の膝がテーブルにぶつかった。天板が傾き、テーブルの上にあったものすべてが雪崩をうって床に落ちた。ポットがひっくり返り、カップが割れ、コーヒー、紅茶、ミルクが混ざり合いながら床板に染み込んでいく。
「あー」と、愛。
「えー」彗は頭をかいた。
ユートンがまち子をちらりと見た。
まち子は割れたマイセンをじっと見つめている。薔薇の絵柄が中心から真っ二つになっていた。
まち子がいった。
「今日のお茶、とても美味しく入れられたんですよ。アッサムのとっておきだったんです。でも、仕方ありませんよね。取り返しのつかないことってありますし」
ユートンが「すまんの」と頭を下げる。
「いいんですよ」まち子がそういって立ち上がった。「いま入れ直しますね」
「じゃ、じゃあ、わたしたちは片付けるね」
彗がポケットからハンカチを出すと、まち子は笑顔で奥を指した。
「雑巾はトイレのもうひとつ奥の倉庫の中です。鍵はかかってませんので」
「おう、ではわしらも」
ユートンはいうと、愛の肩をつついた。
三人が倉庫に入ると、ユートンがいった。
「すぐに逃げるぞ」
倉庫というものの、もとはサンルームだったらしい。開いた丸窓からは横浜港がひろびろと臨め、頭上の天窓からはさんさんと日が差し込んでいてる。窓枠には雑巾が何枚かかかり、ハンガーラックにはメイド服がかけられていた。
エアコンが動いてないせいで、室内はとてつもなく暑い。
彗は吹き出した汗をぬぐいながらいった。
「なんで? 片付けないと」
「じゃから、急いで片付けて、すぐに退散するんじゃ。無理にとはいわんぞ。わしはお主らがどうなろうがかまわんが、巡のやつが困ると思うていうとるだけじゃからな」
愛が顔をしかめた。
「なんなんだよ、まじで」
ユートンが声を潜めた。
「まち子の前世を知らんのじゃろう? あやつはヴォワザンなんじゃ」
愛と彗の様子を見て、ユートンが頭を振った。
「なんたる物を知らんやつらか。毒じゃ、毒。あやつは毒使いなんじゃよ。わしらはそんなやつを怒らせたんじゃぞ。入れ直したコーヒー? わしは絶対にそんなもの飲みたくない」
☆☆☆
「本当に怒ってたのかよ? あたしたちの帰り際、めっちゃいい笑顔してたぜ?」
愛がジャージの裾をめくりあげた。薄手の生地とはいえ、真夏に着るようなものではない。
ユートンがうなずく。
「わしはお主らより、人生経験が長い。そのぶん、洞察も身についておる」
「その洞察を使えば、ミルクをぶちまければどうなるかくらいわかりそうなものだけど」と、彗。
三人は喫茶店を出て、山下公園駅への道を下っていた。急な斜面の路面には小さな凹凸が並び、車のタイヤが空転しないよう工夫されているが、それでも軽自動車などはうんうんエンジンを唸らせながら三人の横を通り過ぎて行った。
歩道にはこずえの影がかかっているとはいえ、夏の盛りだ。三人ともに汗だくになっていた。
ユートンがいった。
「すまんの。まさか、仮にもビルガメスが、あの程度のしぶきを避けられんとは夢にも思わなかったのよ」
愛が「へえ」といいながら、ユートンの頭をはたいた。
「なにすんじゃ!」
ユートンが怒鳴る。
彗が笑った。
「あなたもダメじゃない」
「わしは目覚めたばかりなんじゃ! まだ身体を掌握できとらん! くそ、これだからガキどもの相手は嫌なんじゃ。巡のバカものめが」
「ガキはお前だろ」と愛。「あたしだって、お前と組むなんてごめんだね」
彗が肩をすくめた。
「そこだけは意見が一致したわね」
愛が彗をにらんだ。
「すかしてんじゃねえよ」
「は? なに? 現代の言葉でいってもらえるかしら。あなた、いったいどんな前世なの? いくらなんでも口が悪すぎるわよ」
「あたしはーー」
愛が言いかけたときだった。
ユートンが「おい!」と叫んだ。
彼女らの背後から、いきなりミニバンが突っ込んできた。歩道に乗り上げた、三人に突っ込んでくる。
かろうじて反応できたのはユートンだけだったが、小学生の運動能力ではどうしようもなかった。
三人はそのままミニバンに跳ねられた。
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