シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

恵美奈・ゲイシー・モンタギュー

公開日時: 2020年10月15日(木) 22:57
文字数:2,832

 彼女は室内にとって返すと、夫と息子を起こさないよう、静かにジョギングスタイルに着替えた。保温素材のピタッとした上下にサングラス、給水ボトル。


 ナイキのシューズを履いて家を出る。階段を駆け下り、小走りに通りを進むと、さきほどの少女がいた。まだ殺気を撒き散らしている。彼女の気に当てられ、ゴミ漁りをしているカラスたちが騒いでいた。


 恵美奈は手近なコンビニに入ると、雑誌を立ち読みするふりをして観察を続けた。


 何度も転生していると、こうしてほかの殺人鬼に遭遇することも珍しくない。同類はみな獲物の多い都市部に集まるからだ。何かをきっかけに“縁”ができれば、次の転生時は同じ地域に生まれる。それが進むと、以前のロンドンや現在の横浜のように、週一ペースくらいで同類にかち合うことになる。


 もちろん、殺気を抑えていれば自分がそうだと気取られる可能性は低い。殺気を隠さないのは、よほどの実力者か自己を抑制できない愚か者だけだ。


 この少女は、年齢的に前世の記憶に覚醒したばかりなのだろう。コントロールが甘い。


 処理すべきか。


 彼女は思った。


 同類を手にかけるのは初めてではない。もし、間抜けな同類と引きあえば、そいつの巻き添えに自身まで危機に陥ることになる。こうして目の前にいる以上、この間抜けな少女とは縁がある。こいつがバカをしでかす前に処分しておくべきかもしれない。


 前前世の記憶が頭をよぎった。


 長い、本当に長い記憶の中、初めて同類と手を組んだ。“五人”で手がけた数々の芸術的殺人。最高に甘美な日々の終わりは唐突に来た。


 愚かなふるまいをした仲間が、スコットランドヤードに目をつけられたのだ。彼らは警察をなめていた。生を幾重にも積み重ねた自分に敵うはずがないと。事実、凡百の警官たちはまったく見当違いの捜査に精を出していた。


 そこに、〝奴〟が現れた。


 若き一刑事が、それまで存在しなかった近代的な捜査手法を次々と確立した。指紋照合、グリッド式鑑識法、解剖検死、心理学を駆使した尋問、警察犬の導入、プロファイリング。


 “あの人”が刑事殺しをお膳立てしてくれなければ、危ういところだった。


 以降、恵美奈・ゲイシー・モンタギューは常に一人だ。


 現世では、結婚し、子供を持ったが、彼女を真に理解できる友はいない。同類との接触を徹底して避けているからだ。ロンドンで十二分に学んだ。間抜けな友は敵よりもたちがわるい。彼女が単独で十分に気を付けていれば、安定して“楽しみ”を続けられる。


 もっとも、前世でゲイシーだったときは、父親の抑圧により、良心とでもいうべきものが形作られてしまった。そのせいで、半ば自殺行為ともいえる犯行を繰り返し、久々の死刑を味わうはめになった。


 追われるのも、死刑も、二度とごめんよ。


 恵美奈がそう思ったとき、地下鉄の出入り口から一人の男が出て来た。


 背の高い、瘦せぎすな体格。高い鷲鼻。柔和だが油断のない目つき。サヴィル・ロウ仕立てのスーツ。


 男の口が動いた。


 恵美奈は唇を読んだ。


「さっきのはなんだ?」


 少女がいう。


「さっきのって?」


「殺意だ。また漏らしたろう」


「おしっこみたいにいわないでくださいよ」


「似たようなものだ。もっと自制するんだ。マナーだよ、マナー」


 恵美奈は震えた。


 たとえ、生まれ変わったとしても見間違えるはずがない。あの目、あの態度。スコットランドヤード、第二捜査班主任、ジェームズ・ベストレイド。


〝奴〟が目の前にいた。


 

☆☆☆☆


 

 少女がいった。


「それで、今日はなんでこんな駅で集合なんですか?」


「タレコミがあった。この近辺でシリアルキラー特有の気配を感じたそうだ」と、ベストレイドの生まれ変わり。


「タレコミって、誰から? わたし以外にも協力してる人がいるんですか?」


「もちろんいるさ。シリアルキラーの生まれ変わりが、みなシリアルキラーになるわけじゃない。稀にだが更生するものもいる。ともかく、〝彼ら〟の話だとここ三ツ沢上町付近で、幾度か、かなりの殺意を感じたらしい。おそらく街の住人だ。だが、細かい位置を一人で特定するのは手間だ。だから、君に来てもらったんだ」


 ベストレイドが近隣の地図とペンを少女に渡した。


「しばらく、このあたりをうろついてくれ。で、殺気を感じたら、時間と位置をマークする。わたしも同じようにする。あとは二人の地図をひきあわせれば、相手の位置を絞り込める。ただ、くれぐれも自分の殺気を出すなよ。相手に気づかれたら台無しだ」


 それじゃ、またあとで。二人はそういって散会した。


 恵美奈はコンビニのなかで冷や汗をかいた。


 もし、少女が抜けてなかったら、ベストレイドに捕捉されたかもしれない。


 彼女はコンビニを出ると、ベストレイドを尾行した。


 いますぐ殺すべきかしら。


 彼女は思った。自分は常人よりもはるかにうまく肉体を使うことができる。大の男相手でも三十秒あれば十分だ。


 いや、やはり無理だ。


 ベストレイドはアジア人になったというのに、怖いくらい前世に似ている。前世の記憶が強いほど、外見も前世に似てくる。とすれば彼もまた肉体を巧みに操作できるだろう。仕留めるまで三分はかかるし。そうなれば通行人に目撃される。


 第一、三ツ沢上町付近にシリアルキラーが潜んでいるという情報を消す必要がある。家のローンはあと五年あるのだ。当面は引っ越せない。


 となれば、ベストレイドだけでは足りない。少女も殺さないといけないし、協力者とやらも非常に危険だ。恵美奈の存在に気づいた男。絶対に放置できない。


 ベストレイドは二時間ほど近所を歩きまわったあと、駅前で少女と合流した。


 二人は肩をすくめながら横浜市営地下鉄に乗り込んだ。恵美奈も後を追う。隣の車両から通用扉の窓越しに唇を読む。


 少女がいった。


「ほんとにいるんですか? 殺気なんて、まったく感じませんでしたけど」


「シリアルキラーといえど、年がら年中、人を殺したがってるわけじゃないさ。何度か繰り返すしかないな」


「捜査って、案外地味なんですね」


「殺人に比べれば、なんでも地味だ。やめたくなったか?」


「まさか、せっかく過去を少しでも償うチャンスなんですから。いくらだってお手伝いしますよ」


 ベストレイドのやつ、また警官になったんだ。恵美奈は舌打ちした。でも、隣の女の子はなに? 話からすると、殺人鬼の前世を持っているとしか思えない。


 二人は横浜駅で降りると、東横線に乗り換えた。本町中華街駅で降り、港の見える丘公園の方に向かった。十分な距離をとって、後をつける。距離は約五百メートル。眼筋を精妙にコントロールして、ぎりぎり見えるか見えないかといったところだ。


 やがて、二人は古びた喫茶店に入った。


 静かに間を詰める。錆びついた門扉には緑の張り紙があった。ワードで作ったアルバイトの募集チラシだ。何週間も貼りっぱなしだったせいか、ところどころ色あせている。手に取ると、パリパリと亀裂が走った。


 募集要項はこうだ。時給は千円、マナーに自信のある方求む。


 翌日、彼女はチラシにあった番号をダイヤルした。

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