シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

こどもが百人できるかな

公開日時: 2020年9月15日(火) 21:56
文字数:7,403

部屋の隅には真四角の穴、そこから階段が降りていた。七王子が彼女を導き、二人は地下へ入った。突き当たりの鉄扉をあけると、建設中の工事現場のような場所に出た。巨大な鉄骨とコンクリの壁、むき出しの配線。頭上では白熱電球がぎらぎらした光を放っている。湿度か高く、壁の下部が苔むしていた。カビの匂いが強い。


 七王子がいった。


「もともと、ここには上のマンションと対になる二棟目が建つはずだったんだ。ほら、斜面型マンションってあるだろ? あれだよ。で、基礎を作ったところで、バブルが弾けて放棄されたんだ」


 慧は必死で口を動かそうとしたが、涎が出るばかりだ。


 七王子が笑った。


「いやゴメン。薬が強すぎたかな? 輪花のやつ、君が綺麗なもんだから意地悪したみたいだ。まあ、心配しないで、医者が処方してるやつだから副作用はないよ。一時間くらいで元に戻る」


 彼が、彼女の手を引っ張って、さらに奥へと進む。


「前世の俺は、IQが百五十近くあった。その頭脳を使って、株式投資で数千万ドルの資産を築いていた。そして、前世の俺は資産をとある国の特殊な銀行に預けた。定められた五十文字のパスワードさえあれば、当人でなくとも資産を引き出せる仕組みだ。幸い、いまの俺も、そのパスワードははっきり思い出せたよ。というわけで、上のマンションも含め、ここの現場はまるごと俺のものなんだ。金ってのは、ほんと素晴らしい。金があれば夢はかなう」


 慧の口が動いたが、「あう」と、言葉にならない声が出た。


 彼が頷いた。


「人はみな夢を持って生きる。海外旅行に行きたいとか、家を買いたいとか、有名になりたいとか。夢が人に生を与える。夢無くして人は生きられない。もちろん、俺にもあるよ。ただ、俺の夢は特別でね。容易に叶えられるものじゃないんだ。金、時間、強い意志、すべてが求められる」


 突き当たりに、真新しい鉄の扉があった。彼が、キーパッドに暗証番号を打ち込み、親指を押し当てる。ロックが外れた。


 中から空気が流れ出す。人の体臭、血の匂い、それに死臭。


 大きな空間だった。円形のホールのような部屋だ。じっさい、この建物が完成した折にはエレベーターホール、もしくはエントランスとして機能したのだろう。円の外周に沿って、二メートル四方の牢屋が並んでいる。牢屋の奥には水道かガスのパイプが、やはり円を描いて部屋全体を取り巻いていた。牢獄ごとに、パイプから鎖が伸びだし、それぞれの先は、幾人もの女の手足につながっていた。みな裸だ。


 頭上のシャンデリアのきらびやかな光が、彼女らを照らす。全部で九人。みな、若い。下は十代前半、いちばん年かさの女でも二十二、三といったところだ。うち数人は下腹が膨らんでいた。


 七王子が外界に繋がるドアを閉めながらいった。


「子供が欲しいんだ。十人、二十人、百人、多ければ多いほどいい。君にも、ぜひ、俺の子を産んで欲しいな」


 扉のロックが硬質な音を立てた。


 

☆☆☆☆

 


 慧は左手首に嵌った手錠を見つめた。


 ASP社製77年式、米国の警察組織がかつて採用していたものだ。本体はステンレス合金、鍵部分はチタン。手錠は一メートルほどの長さの鎖につないであった。鎖の先は、直径五十センチはあろうかという配管につながっている。配管を蹴ると、鐘のような音が響いた。


 ホールの中心部で、全裸の七王子が腰の動きを止めた。彼のものはうつ伏せに寝転がっている少女に刺さっていた。薬を使っているのか、少女は嫌がる素振りもなく、薄笑いで涎を垂らしていた。コンクリの床に涎のしみが広がっていた。


 彼がいった。


「慧さん、妻は穏やかであるべきだよ」


「だーれが妻ですって? このイカレポンチ」


 彼が少女から身を離した。


 控えていた〝妻〟の一人が素早くものを咥えて後始末をする。


 頭上で空調が唸り、生ぬるい風が肌に吹き付けた。慧は自身の胸が少しでも隠れるよう、身を縮めた。


 七王子が頭をかいた。


「俺自身、前世の記憶が戻ったばかりの頃は、自分を疎んでいた。だが、そんなことをしてどうなる。俺は俺だ。人間は自分らしく生きるべきなんだ。それに気付いてから人生が輝き始めたよ。前世では二十人ほどしか子供を作れなかった。今回はもっと上手くやる。やれる。前回のミスを反省して、もっとうまくできるようになったんだ」


 そういうこと。慧は唇を噛んだ。七王子の望みは“殺人”ではなく“子供を作ること”だったのだ。道理で殺気に反応しないわけだ。


「こんなに大勢の人間をさらって、バレないと思うわけ?」


「ああ」七王子が股間にかしずいている女の頭をなでた。「横浜は大都会だ。しかも、ご同類が多いのか、失踪者も膨大な数だ。たった十人程度の女が消えたところでたいした騒ぎにはならないさ。じっさい、誰が君を探す?駅から歩いてくる途中でいっていたよな?君の家族は海外なんだろ?なら、ぼくが君のスマホで学校にでも連絡すれば、それで終わりだ」


 いいえ、わたしには仲間がいる。


 そういいかけて、彼女は口を閉じた。喫茶店の仲間は、何日ほどで彼女の危機に気付くだろうか。彼女は別に毎日喫茶店に顔を出しているわけではない。一日や二日行かなくとも、誰も気にしないだろう。おまけに皆、頻繁にスマホでやりとりする仲でもない。まちこだけは別だが、よりによって彼女は電話機能しかないガラケー使いだ。仮に誰かが気付いたとしても、彼女が七王子に粉をかけ、山中でこうなっているなどわかるはずもない。


 地下牢手前の部屋にあった新聞記事が頭を過る。見たのは一瞬だが、テッド・バンディ由来の脳の使い方をしたのか、大半を読み取っていた。


 七王子の前世はゲイリー・マイケル・ハイドニック。八十年代、カリフォルニア州で八人を手にかけた狂人だ。不仲な両親の元に生まれた。母親はアル中の淫売で、両親の離婚後、彼は彼女とアメリカ各地を転々とした。知力・体力ともに優秀で、軍に入隊して頭角を現した。しかし、重度の精神疾患を患い、入退院を繰り返したのち退役。その後、株式トレーダーとして成功し、大金持ちになった。三十代で“神の啓示”を受け、キリスト教系の新興宗教「神の僕、統一教会」を設立。貧しい人々のためにボランティアにも打ち込んだ。自費でハンバーガーを買い込み、ホームレスに配布したことから、ついたあだ名が「ハンバーガー司祭」。地域の人みなに好かれる人気者だ。もっとも、彼が神から受けた啓示には問題があった。神は彼に子供を作るように命じていた。彼は、スラム街に“生産工場”を用意した。複数の黒人女性を拉致、監禁し、自らの子供を次々に産ませた。意に沿わない女は殺した。最終的に、女の一人が逃走し、警察に注進。彼は逮捕され、死刑となった。


 慧は七王子=ハイドニックを睨みながら、もう一度手錠を揺さぶった。


 びくともしない。


「外しなさいよ」


 七王子がアメリカ人のように大仰に肩をすくめた。


「君が彼女たちのように、神の言葉を理解できるようになったら外してあげるさ」


 女たちの中に、三人、手錠をされていないものがいた。


 壁際で漫画雑誌を読んでいる十代後半の女。金髪頭が見事にプリンになっているが、顔も体もモデル並みだ。気の強そうな目が、ちらりと慧を見つめ、興味なさげに雑誌に戻った。


 もう一人は、外に繋がる扉の前、雑巾片手にタイル地の床を磨いている。このホールのなかではいちばんの年嵩だ。几帳面な性格なのか、歯ブラシでタイルの目まできっちりと汚れを落としている。


 最後の一人は、嬉しそうに七王子のものをお掃除中だ。かなり若く、中学生くらいに見える。


 七王子が微笑んだ。


「心配ない。どんなに強情なコも、最後には喜んで俺を受け入れる。そのとき、君は第十一夫人になるんだ」


 雑巾がけしていた女が顔をあげる。


「ご主人様。先日、第十夫人と離縁なさったので、その子は第十夫人となります」


「ああ、そうだったな。あのバカ女は処分したんだった」


 鎖に繋がれ、俯いていた女たちが身を震わせた。


“処分”がどんなものかは知らないが、ろくでもなさそうだ。


 七王子が指をならした。


「さあ、次は第四夫人だ」


 年増の女、のちに第一夫人だとわかったーーが、七王子の足元でぐったりしていた少女を空いていた牢へ移した。か細い手首に手錠をはめ、水道管とつなぐ。その後、別の牢から、女の子を出した。


 彼女もまた虚ろな目をしていた。七王子が彼女の中に精を放つ。


 第一夫人が牢に戻し、また別の子をだす。


 ホール全体に、生っぽい匂いが立ち込めていた。汗、体液、涙、涎、それに尿の臭いが混ざり合う。


 妊娠中の女の子は、性行為を免除されているのか、牢屋に入っていた子のうち二人は据え置かれた。


 第七夫人と第八夫人は、それまでの子と違い、意識がはっきりしていた。自ら進んで犬のように這いつくばった、彼女らの目には、解放されている三人と違い、暗い何かが宿っていた。怒りか、恨みか。絶望しきっているが、魂は残っている。


 第九夫人は微かに抵抗のようなものを見せたが、あっさり組み敷かれた。彼女は後ろから犯されながら、両の手を血が出るほど握りしめ、耐えていた。


 一通り犯し終わったところで、七王子が慧にいった。


「さ、次は君の番だ。待たせてすまないね。妻になった順番にするのがルールだからさ」


 慧は驚いた。


 彼女もかつては男だったのだから、その生態はわかっている。七王子は、さきほどから何回も女の中に出しているはずだ。なのに、まだしようという。彼の精力はどうなっているのか。


 彼女は歯をむいた。


「指一本でも触れたら殺すわよ」


 彼が意外そうに目を瞬かせた。


「おかしいな。女の使命は、より強い男の子供を生み落すことだろう? いま、俺の強さを間近で見た。俺以上の男なんていないと分からないのか?」


「なにがより強い男よ。あなたなんか、ただの雑魚よ」


「おいおい、俺は柔道でインハイ三位だぜ? 身長百八十七、体重九十五キロ。それに、前世から培ってきた格闘経験。君が知り合える男の中では最高峰のはずだ。じっさい、君は俺に惚れてたじゃないか」


 なんて自信家なの。


確かに、七王子の肉体的な強さは相当なものだ。彼女の頭を「兄」の姿が過った。夕の肉体は七王子より頭一つ低い。それに線も細い。だが、その迫力は、この七王子など及びもつかない。


「そうね、惚れたと思ったけど勘違いだったみたい。あなたが強い? まさか。あなたなんて、ただ女を監禁してレイプするだけのクズよ。しかも薬を使わないとそれすらできない。わたしは、あなたみたいな雑魚に負けるとは露ほども思わないわ」


「ほ!」七王子が手を叩いた。「いうじゃないか。それなら試そう。力づくってのも嫌いじゃない」


 

☆☆☆☆☆☆

 

七王子が第一夫人にいった。


「手錠を外してやれ」


「あら、せっかくのハンデを捨てていいの? わたしはつけたままで構わないのよ」と、慧。


「フェミニストなんでね。それに、君は対等な条件でねじ伏せられないと、立場を理解できないようだからね」


 七王子はいいながら、腕の筋を伸ばし始めた。鍛え込んだ筋肉が力強く盛り上がる。


 慧は自分の手を見つめた。女の子にしては大柄だが、それでも身長百七十センチ、体重五十五キロに過ぎない。彼に比べれば枯れ木のようなものだ。


 勝てるか。いや、勝つしかない。


「どけ」


 彼が、犯し終わったばかりの第九夫人ーー意志の強そうな黒髪の少女ーーを蹴り飛ばした。彼女はうめきながら、うつ伏せのまま這い進んだ。


 ホールに緊張感が渦巻いた。


 女の子の幾人かは、すがるような目で彼女を見つめている。万一にも、彼女が七王子を破れば、外に出られるのだ。一方、哀れみの視線もあった。ぼこぼこにされるのがオチなのに、なんで無駄なことをするの? といいたげだ。


 慧は唾を飲みこもうとしたが、口の中は乾ききり、喉が痛くなっただけだった。


 第一夫人がいった。


「ご主人様。おやめになってください」


 七王子が睨んだ。


「俺に意見する気か?」


「まさか! とんでもない。ただ、そんな煩わしいことをなさらずとも、お薬のほうが手間が少ないかと」


 七王子は彼女に近づくと、片手で喉を掴み、そのまま持ち上げた。第一夫人の豊満な胸と、もっちりした足が宙で揺れる。彼女は苦しそうに七王子の腕を掴んだ。


「お前、何か勘違いしてないのか?  たしかにここにいる女の中じゃあ一番の古株だが、だからといって、俺に歯向かっていいわけじゃない。俺こそがお前たちの神だ。それを忘れるな」


 第一夫人が口から泡を吹いた。必死の形相で頷く。


 七王子が満足げな笑みを浮かべた時だった。突如、床に伏せていた第九夫人が彼に飛びかかった。その手の中でガラス片が煌めいた。必死で握りこんでいたせいか、手は血まみれだ。第九夫人は奇声をあげて、ガラスのナイフを振り下ろした。刃先が振り向いた七王子の腹部に突き刺さり、血しぶきとともに皮膚を切り裂き、止まった。


 彼が楽しそうに第九夫人を殴りつけた。彼女は鼻血を撒き散らしながらふっとんだ。


 彼が自分に刺さっているガラス片を掴んだ。腹部から抜き取る。分厚い筋肉が、先端が内臓に達する前に食い止めていた。


 欠けらを投げ捨て、ほほ笑む。


「英美香、惜しかったな」


 第九夫人が鼻血を垂らしながら身を起こした。七王子を憎しみのこもった目で睨みつける。叫ぶようにいった。


「この、頭のおかしいクズ!」


「落ち着け」


「ふざけんな! 殺すなら殺しなさい!」


 彼の笑みがさらに広がった。


「安心しろ、すぐに殺すような真似はしない。いや、逆か。お前は殺して欲しいのか? 失敗した以上、苦しむのは嫌か? そんな悲観的になるな。俺はお前を殺したりしない。ただ、神の御手に委ねるだけだ。お前が生きるかどうかは神が決める」


 第九夫人の顔色が青を通り越して白くなった。


 彼女は立ち上がると、ふらつきながら外へ通じる扉にすがりついた。扉を叩く。


「誰か!助けて!誰か!」


 七王子はゆっくりと彼女に近づくと、丸太のような腕を細い首筋に巻きつけた。数秒で彼女の体から力が抜けた。彼は第九夫人を置いて扉の外へ出ると、十分ほどして戻ってきた。手には麻縄のロープとヤマザキの食パン六斤、それに小さな脚立をぶら下げていた。


 第二夫人が脚立とロープを受け取る。彼女はホールの中央に脚立を据えると、ロープを握って最上段に立った。手を伸ばした先、天井から錆びついた滑車がぶら下がっていた。ロープを通すと床にもどり、脚立を部屋の隅に寄せた。


 第三夫人ーーやせっぽちの中学生が、ロープの端を気絶している第九夫人の足首に結びつけた。そうして、反対の端を七王子に手渡した。


 彼は第三夫人の頭をなでるとロープを引いた。腕の筋肉が盛り上がる。


 第九夫人の形のいい足首が床から持ち上がる。膝、太ももと上がっていく。第九夫人は完全に宙づりになった。頭は床から五十センチほどのところにあった。ボブカットの髪がばさりと垂れる。


 七王子がロープの先を、床から突き出していた鉄の輪に結んだ。


 第九夫人が呻いた。七王子がその頬を手のひらで叩くと、彼女が目を見開いた。眼球が激しく動き回り、宙づりになっていることを確認する。彼女は口を動かした。言葉が出てこない。懇願するように七王子を見る。


 彼は八枚切り食パンの包装を破ると、一枚を取り出した。ちぎって自分の口に運ぶ。


「いい味だ。日本のコンビニパンは本当にレベルが高い。これに比べれば、ウォルマートのパンなんて紙くずみたいなもんだ」


 第九夫人が蚊の鳴くような声を出した。


「お願いです。助けてください」


 彼が微笑みながら、パンをちぎり、彼女の口元に差し出した。


「食べろ」


「お願い。助けて」


「食べるんだ」


 彼が、パンを彼女の口に押し込んだ。彼女はどうにか咀嚼し、飲み込んだ。


 再び、七王子がパンをちぎり、彼女の口元に差し出す。


 彼女が食べる。


 彼がちぎる。


 それを繰り返し、二斤目の終わりまで来たところで、彼女が噛みかけのパンを吐き出した。べたりと床に落ちる。


「もう、無理です。お腹がいっぱいで、もう食べられません」


 彼は、床に落ちたパンの残骸を手でつまむと、彼女の口に無理矢理押し込んだ。


 彼女が、うむう! と呻く。


 彼がいった。


「食べるんだ。あと四斤ある」


 七王子が、パンを第九夫人の口にねじ込みながらいった。


「パンはイエス・キリストの肉体だ。イエスは俺の前世でもある。つまり、このパンは俺そのものといえる。本当に申し訳ない。神に許しを乞いたい。お前が心の底からそう思っているなら、この程度の量、食べられないはずがない」


 まさか。慧は思った。キリストが実在したとしても、こんな男に生まれ変わるはずがない。七王子、いや、ゲイリー・ハイドニックは自分が神の息子だという妄想に取り憑かれている。


 第九夫人の腹はどんどん膨らんでいく。


 三斤半まで来たところで、彼女は盛大に胃の内容物を吐き出した。噴水のようにドロドロになったパンが、七王子に降り注ぐ。


 室内の女たちが息を飲んだ。


 第九夫人が涙と鼻水を流しながら、息を荒げる。


 七王子は手で顔を拭うと、第九夫人の髪をなでた。


「気にすることはない。お前は試練に立ち向かっている。この程度のこと、俺は意に介さないさ。少し待っていろ」


 彼は再び鉄扉からホールの外へ出た。彼がセキュリティパッドを操作するさい、慧は目を皿のようにして、彼の腕の筋肉の動きを読んだ。どうにか、はじめの二つの数字はわかった。ゼロとイチだ。残り二つがわからない。


 壁際にいた第三夫人がいった。


「英美香ちゃん、頑張って!」


 だが、第九夫人もほかの誰も応えない。第二夫人は我関せずといった体で漫画を読んでいる。第一夫人は、雑巾とバケツで、床一面に散らばった汚物を掃除している。ほかの女たちは青ざめた顔で第九夫人を見つめていた。


 慧は第三夫人に向かっていった。


「頑張れじゃないわよ! さっさとそのコをぶらさげてるロープを切りなさい。それから、わたしの手錠を外すのよ」


「え、ええ? なんで、そんなことをするの? 英美香ちゃんが頑張れば、また七王子様に可愛がってもらえるのよ」


 第二夫人が頷く。


「そうそう。第一、あんた、手錠を外してどうする気なの?」


「あいつを殺すのよ」


 第二夫人が噴き出した。


「あの方とあんたじゃ、目に見えてるわよ」


 ドアのロックが外れた。


 七王子が入ってくる。


 虚ろな目でぶらさがっていた第九夫人が、彼の手にあるものをみて、小さく悲鳴をあげた。彼の手の中には、さらに五斤のパンがあった。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート