シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

名前のない怪物

公開日時: 2020年9月9日(水) 23:58
更新日時: 2021年2月15日(月) 22:49
文字数:3,385

 女子小学生のユートンが腰を落とし、両手を前方に突き出した。


「大間違い? お前が何者か知らんが、ワシらにそんな態度をとるのは感心せんな。お前の横に立っとる間抜けだけでも、お前さんを楽にひねれるだろうよ」


 “兄”が慧を見つめて口の端をひくつかせた。


「それはすごい。参考までに貴殿の前世を伺ってもよろしいかな?」


 慧は「テッド・バンディだけど」と答えた。


「バンディ? たしか70年代にABCで見たな。“アメリカ史上最悪の殺人鬼”だったか? 小物だな」


 な? 彼女は思わず英語で思考していた。わたしが小物?


 ヤンキーのマリがいう。


「おい、兄ちゃん。それじゃあ、てめえの前世を聞かせろよ。その雰囲気からしてビルガメスなんだろ? どこのどなた様だったってんだ?」


 “兄”が頭をかいた。


「名乗るべき前世などない」


 ユートンが「それでよく、そんな自信満々でいられるの」とつぶやく。


 “兄”が笑った。


「揃いも揃って若いな。人生は何回目だ? 五回か? 六回か? いいか、名が残るということは官憲に捕まったということだ。それで新聞やテレビに報道され、世間に知れる。俺は捕まったことがないだけだ」


 “兄”が拳を握った。


 場の緊張がさらに高まる。


 慧は背筋が泡立つのを感じた。


 女性陣は慧を含め、みな血の気がひいている。


 ふだん偉そうなユートンですら顔をこわばらせている。


 緊張がピークに達したその瞬間、バイブ音が鳴り響いた。


 露出過多の瑠璃が色っぽく身悶えた後、「あらあら、わたしだわあ」といって、スカートの間から、しまったスマホを取り出した。


 彼女が画面を見て顔を綻ばせた。


「あらぁ! みなさん、巡さまよ! お待ち下さい。今出ますねえ」


 彼女が携帯を操作して耳元に当てた。


「お久しぶりです巡さま。いつお帰りになるんですか? わたし、寂しくて寂しくて、このままだとほかの殿方のところに行ってしまいますわ。ううん、冗談ですわ。巡さま以上の方などおりませんもの。え? わたくしと付き合った覚えはない? そんな冷たいことおっしゃらないで。え? よくこちらのことがわかりますわね。ひょっとしてわたくしの想いが届いたのかしら。違う? まちこちゃんから聞いた? ビデオ通話にしろ?」


 彼女がスマホ画面をたたき、液晶を印籠のように突き出した。


 画面の中に、慧たちのメンターともいうべき男~三鷹巡~が現れた。

 

☆☆☆☆☆

 

 巡は、いつものように黒髪をワックスでオールバックになでつけていた。肉体は純粋な日本人のはずだが、顔立ちは、西洋人かと思うほどに彫りが深い。身に着けているのはサヴィルロウのスーツだ。鍛え上げた分厚い胸板が、服の上からでも見てとれる。


 彼がスマホの向こうでいった。


「まちこくんから聞くのがあと一分遅かったら、たいへんなことになっていたな」


 “兄”が目を細めた。


 慧は眉を潜めた。“兄”とスマホとの距離は七メートルはある。この距離からあの小さなスマホ画面が見えてるの?


 “兄”が流暢な英語でいった。キングスイングリッシュだ。


「見覚えがあるな」


 巡が同じように英語で返した。


「まちこくんから特徴を聞いてそうじゃないかと思ったが。久しぶりだね、〝怪物〟くん」


 “兄”がスマホを指差した。


「その貴族ぶった言い回し、あんた、ベストレイドだな? 何年ぶりだ? 百三十年くらいか!?」


「百二十三年と飛んで二ヶ月だよ」


「そりゃ長いな。あれだけいっしょにいたら〝縁〟も濃くなってるはずだが、そうでもなかったってことか? ちと寂しいな」


「縁は我々人間の関知できるものではないさ。現に、あのときのチームで再会できたのは君が初めてだ」


「それはそれは。にしても、あんた、またチームを作ってたんだな。ロンドンの連中に比べると見劣りするが」

 

 巡が複雑な表情で首を振った。


「紹介しておこう。君の隣にいる女子高生が、検見川慧くん。このスマホを持っているのが大観音瑠璃くん。小学生がワン・ユートンくん。金髪のコが雁木マリくんだ。みな、こちらはーーすまない、現世の名前はなんだい?」


 “兄”が笑った。


「湯河原夕だ。この女子高生くんのクラスメイトをやってる。よろしくな」


 沈黙の後、ユートンが声を絞り出した。


「ま、待ってくれい。巡さん。お前さん、まさかこいつを仲間に入れるつもりなのか?」


 “兄”が首を振った。


「逆だ。俺から見ればお前らが後から仲間になったのさ。俺とベストレイドは長~い付き合いだ。お前らよりずっとな」


「だ、だからって、いままでずっと五人でやってきたのによお」と、ヤンキーのマリ。


 窓の外ではカモメが喧嘩でもしているのか、ぎゃあぎゃあと騒いでいた。


 

☆☆☆☆


 

 夕は、夕食のサンマにスダチを絞った。


 さわやかな柑橘の香りが鼻腔をくすぐる。


 マンションの窓の外では夕陽がゆっくりと平塚の方向に沈んでいく。雲は赤く燃え、家路を急ぐカラスたちがその下を横切っていった。


 彼は高校生だが三ヶ月ほど前から、この保土ヶ谷区で一人暮らしをしている。親が住んでいるのは隣の神奈川区だ。一人暮らしは、彼が望んだことだが、親が独り言が急増した彼に怯えたからでもある。


 彼がサンマに箸をつけようとすると、兄がいった。


「夕、もっと肉を食べろ。魚ばかりじゃ筋肉が落ちる」


 十二番目の姉のカミーユが夕の口を動かして発言した。


「なにいってるの、お魚がいいわ。これ以上肉がついたら、服が入らなくなっちゃう」


 七番目の兄、ジュチが口を挟んだ。


「いや、兄貴のいうとおりだ。夕は軽い。いまの状態じゃ、たとえ兄貴が操っても本当の強敵には勝てない」


 側から見れば、さぞかし薄気味悪いだろうな。夕は思った。彼は兄がいうところの転生者、ビルガメスだ。ただし、彼はふつうのビルガメスと異なり、前世の人格たちと現世の人格が融合せず、完全に独立している。彼の中には、彼の前世、前前世、前前前世といった具合に、これまでの人生すべての人格が宿っている。


 眠っている人格も多いので、彼自身その全員を把握しているわけではない。すべてを知っているのは、みなから“兄”とだけ呼ばれる〝いちばんはじめの人格〟だけだ。


 夕に宿る人格たちは、人前では大人しいが、彼が一人きりになれば待ってましたとばかりにしゃべりまくる。肉体はひとつしかないので、自然と独演会になる。


 カミーユがいった。


「いまどき肉体を強くする意味なんてあるのかしら。もう拳や剣の時代じゃないのよ。ネットで銃を入手すべきだわ。さっき、いい出品があったの。たったの十二万円でマカレフが手に入るのよ。弾も十二発ついてる。どう?」


 兄が箸で器用にサンマを食べた。


「たしかに銃は強い。でもな、古参の連中は銃より強い。たとえば、あのベストレイド、いや、巡なんかもそうだ」


「さすがに銃より上はないわよ」と、カミーユ。「でも、かっこよかったわね、彼。いかにも正義のヒーローって感じ! 抱かれたいわあ」


「不気味なこというなよ。夕の身体は男だぞ」とジュチ。


「あら、運命の恋に性別なんてささいなことよ。じっさい、前世で男女の恋人だった二人が、転生して両方男になるなんて、ありふれたことじゃないの。そんな二人が“縁”の導きで出会ったら、それは、もう、仕方ないわよね。うふふ」


 カミーユは十七世紀のフランス生まれだが、あっという間に現世に適応し、いまは毎日ネットでBL同人誌を読み漁っている。


 夕は首を横に振った。


「ぼくはふつうの恋愛がいいかな」


「それじゃあさ、あの子はどう? ほら、今日会ったテッド・バンディの慧ちゃん。同じクラスで同じ殺人鬼だなんて、運命以外の何者でもないわよ」


「ないない。向こうはぼくのことなんて何とも思っちゃいないよ」


「そんなことないわ。わたし、夕ちゃんの中から見てたからよくわかるの。あの子は夕ちゃんに夢中よ!」


 まーた始まった。夕はため息をつきながらキュウリの漬物をかじった。自分の中に、恋バナ大好きな女子がいると騒がしくて仕方ない。

 

☆☆☆☆

 

「夕くん、ちょっといい?だいじな話があるの」


 翌日、彼が登校して自席につくや、慧が夕の肩を叩き、教室の外を指差した。


 クラスメイトたちが騒つく。


「湯河原のやつと検見川さんが?釣り合ってねえ!」と、誰かが叫んだ。


 夕は口をぽかんと開けた。


言葉が出てこない。


 まともに話したのは昨日がはじめて、しかも会話相手は兄さんだったのに。まさか、カミーユ姉さんのいうとおりなのか?


 慧は踵を返すと、形の良い脚を動かして教室を出て行った。

 

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