シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

手術

公開日時: 2020年10月23日(金) 22:46
文字数:3,317

「もう動かせるのか? さすがだな」


 男性の声がした。英語で話している。


 巡=ベストレイドの声が応える。


「フォレスタル、君の再建手術がそれだけ素晴らしかったということだ。わたしがいうのもなんだが、あれだけひどい状態だったものを、よく再形成できたな」


「ああ、我ながら自分の天才ぶりに呆れたね。しかし、お前の体はどうなってんだ? 十階からコンクリに落ちたんだって? ふつうは即死だろうし、それを免れても出血多量でお陀仏だ」


「筋肉や血管をタイミングよく固めただけだ。練習すれば君にもできるさ」


「その練習は何百年かかるんだ?  冗談じゃない。そんな暇があれば、医学書の一冊でも読みたいね。医術ってのは、ほんの十年で驚くほど進歩するもんだ。死んでいた百年分の知識を取り戻すにゃ、どれだけ時間があっても足らんぜ」


 瞼が鉄アレイにでもなったように重い。


 恵美奈は気力を振り絞って目を開けた。古びた木の天井に、白熱電球がぶらさがっている。蝿が一匹、電球に特攻し、じりっと大きな音を立てて焼け焦げた。


 リンゲル液材の匂いが漂っている。眼球を動かすと、車椅子に乗った巡がいた。パジャマ姿だ。下半身は幾重にも包帯を巻いている。彼の隣には金髪碧眼の大柄な西洋人がいた。白衣の上からでも、発達した筋肉が見て取れた。野獣のような精気を放っている。


 彼らの背後の引き戸があいた。


 細面の青年が入ってくる。驚くほど美形な顔立ちだ。髪がもう少し長ければ女性かと思ったろう。手に持ったトレイには点滴袋と注射器が数本。


 巡がいった。


「こんにちは、要くん。前世の記憶は思いだせたかい?」


 

☆☆☆☆☆


 

「巡さんまで、勘弁してくださいよ」


「そう照れるな。俺たちの愛の前では、記憶などなくてもなんら障害にならない」


 フォレスタル医師が笑った。


「照れてません!」要と呼ばれた青年が、恵美奈のベッドサイドにトレーを置いた。「だいいち、何度もいってますけど先生は男だし、ぼくも男なんですよ」


 フォレスタルがいう。


「たいした問題じゃない。世の中には男同士のカップル、女同士のカップルもたくさんいるじゃないか。前世から続く運命の相手を見つけたなら、性別など関係ないのさ」


「ぼくには大アリですよーー」


 青年が言葉を切って、彼女を見た。


 幾度か瞬きしていった。


「患者が起きてます」


 

☆☆☆☆☆


 

 巡が車椅子を彼女の枕もとに進めた。


「おはよう、恵美奈さん。いやモンタギューか? まあ、どっちも同じか。気分はどうだい?」


「いいも悪いも、何も感じないわ」


 首から下の感覚がほとんどない。


 かろうじて、右手の薬指にシーツの手触りを感じるくらいだ。


「悪いが、頚椎を破壊させてもらった。あのままだと二人揃ってカエルみたいに潰れたんでね。まあ、こっちも足がめちゃくちゃだよ。再生に意識を振り分けちゃいるが、数か月は歩けないそうだ」


 彼女は笑った。


「死なせてくれればよかったのに」


「それでまた次の人生で殺しまくるのか? それは被害者にとっても、きみにとってもよくないことだ。君には、ぜひ改心してもらいたい。そのためにベッドを空けてもらったんだ」彼が、フォレスタルに首を振った。


「ここは?」と、彼女。


「闇医者の病院さ。おっと、医師免許はきちんと持ってるぜ。ただし、取得したのは百年以上前のイギリスだけどな」フォレスタルが豪快に笑った。


 巡がいった。


「このドクターと要くんが君を〝治療〟する。君の心のなかの善を育てるんだ」


「善? なにが善でなにが悪かをあなたが決める気? そんな傲慢な行為は神にしか許されないわ」


「人を殺すのは悪だ」


「あら、野生の動物だって仲間同士で殺しあうのよ。生命として自然なことじゃない? 人を殺すのは悪い、だから殺しちゃだめだ? 子供みたいな倫理観ね。そういえば、あなたの昔の奥さんもそんなこといってたっけ。ロープが締まる直前にだけど」


 巡の手が、車椅子の肘置きを握りつぶした。


 フォレスタルが彼の肩に手を置く。


「落ち着け、相棒。こいつはお前を怒らせて、自分を殺させようとしてるんだ」


 巡が息を吐いた。


「モンタギュー、君の心にも善が宿っていると信じよう」


 彼女は唾を吐いた。唾は彼まで届かず、床板に落ちた。


「仮に善が宿っていたとして、どうやって育てるっての? 超能力でも使うわけ?」


「いい線をついてる」巡が、後ろに控えていた要を指した。「彼は前世では有名なエクソシストだったんだ。体に宿る悪魔を祓う才能がある」


「あ、悪魔?」


「昔の人間は、前世の良からぬ人格が出てきた時、悪魔が取り付いたと考えてたのさ。つまり君のことだモンタギュー。資料から判断するに、ジョン・ゲイシーにはまともな人間の心もあったと思われる。そのジョンの魂は現世の君にも溶け込んでいる。同一の精神なんだから当たり前だがね。要くんが、君の中のジョンを大きくして、モンタギューを小さくする。要くんは生まれ変わって記憶をなくしたが、聖なる力は失っていない」


 要が手を横に振った。


「聖なる力なんてないですって。薬と催眠療法を組み合わせるだけです」


 フォレスタルがうっとりした口調でいう。


「前世のお前も同じことをいってたなあ。しかし、悪魔を祓えるのは世界で要だけだ。それが奇跡でなくてなんだ」


「さ、催眠? なにそれ、気持ち悪い。勘弁してよ。殺してくれればいいんだって。ほら、なんなら来世であんたたちに会っても手を出さないって誓うから」


 巡が首をふった。


「ありがたく思うんだ。ちゃちな殺人鬼なら、要くんの手を煩わせず、自力の更正を願って刑務所にぶちこむだけなんだよ」


「ふ、ふざけないでよ。さっさと殺しなさいよ!」


「君も正しい人間になるんだ」


 彼が微笑んだ。

 


 ☆☆☆☆☆


 

「おっと、肝心の話がまだだったな」


 巡がパイプを取り出し、禁煙だったことを思い出したのか、もう一度懐へしまった。


「五人のジャックのうち、残り四人について教えるんだ?」


「それを答えたら、殺してくれる?」


 彼が顔をしかめた。


「有益な情報なら検討しよう」


 恵美奈は唾をのんだ。


 ここからの問答に魂がかかっている。


「正直、教えられるネタはあんまりないの。わたしたちは、互いの本名すら知らない間柄だったから」


「話は終わりのようだ」


 巡が車椅子のハンドリムに手をかけた。


「待って! 思い出した! ボスよ、わたしたちのリーダーのこと。あなた、ボスが誰か知らないんじゃない?」


「知ってるよ。わたしと彼は〝なじみ〟なんでね」


「知ってる? まさか」


「ほかにネタは?」


「その、あ、待って! まだあるわ! 彼は、わたしたちのことを〝四騎士〟って呼んでた」


 フォレスタルが片眉をあげた。


「黙示録の四騎士のつもりか? 大仰なやつだ」


 巡が片手をあげた。


「いや、面白い情報ではある。彼は何事も聖書になぞらえているわけか」


「喜んでもらえてよかった。それじゃあ殺してね」


「いや、わたしは検討するといっただけだ。検討の結果、君を生かしておく方が利益が大きいという結論になった。君と四人には縁がある。君がいれば、ほかの四人のうち誰かが網に引っかかる可能性が高い」


「ふざけないで!」


「君がロンドンでわたしと妻にしたことを考えれば、たいしたことないだろう?」 巡が車椅子を操って背を向けた。「それじゃ、治療を頑張ってくれ」


「待ちなさいよ!」


 巡は彼女の声に耳をかさず、扉に向かった。車椅子のタイヤが床板を軋ませる。


 要が部屋の隅から台車を運んできた。


 台車の上にはメスやドリルの類が並び、蛍光灯の光を受けてギラギラ輝いていた。


「な、なんなのよ、それは。あんた、催眠療法を使うんじゃないの?」


「ええ、薬と催眠療法とあとほんのちょっとの外科的処置ですよ。ちょっとだけ脳を触らせてもらいますね」


「ま、まってよ!」


 要がシーツをめくり、彼女の点滴をさしかえた。


「ほらほら、興奮しないでくださいよ。ちょっと寝ている間に第一段階は終わりますから、ね」


 抵抗できない眠気が襲ってきた。


 次の瞬間、彼女はゲイシー家のリビングにいた。頚椎が傷ついているのに、両足で立っている。白黒テレビからくぐもった音声がながれ、台所からは腐りかけたフライドチキンの匂い。


 目の前には、ジョン・ゲイシーがいた。酒瓶を振り上げながらいう。


「お前の中のオカマが出てきやがった!」

 

 

現代編はいったんここでお休みします。


今日から巡が主人公のスピンオフ?を別作品として投稿しています。

タイトルは『吸血鬼ドラキュラ、108回目の転生』です。

個人的には超おもしろいと思うのですが、女性キャラがまったく活躍しないので、

『シリアルキラーガールズ』に入れるのはマズイかな~…ということで、

作品を分けることにいたしました。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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