シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

今日から君は、俺の妻

公開日時: 2020年9月14日(月) 23:45
更新日時: 2020年9月15日(火) 21:56
文字数:3,124

王子様こと七王子翔平は、周囲より頭一つ高く、分厚い体つきだが、動作が柔らかく、優しげな目をしているせいか、圧迫感は感じさせない。


 その目が、手元のスマホから離れ、彼女を見た。


 一瞬、視線が絡み合った。


 彼の目はすぐにスマホに戻ったが、意識はまだこちらを向いている。


「ひょっとして、慧も七王子さんのこと好きなの? 前から目で追いかけてるよね?」


 清美が唐突にいった。


「え?」


 まさか、相手はわたしと同類かもしれないんだよ?


 彼女は、そういう代わりに「かもね」といった。


 七王子は、まず間違いなくビルガメスだ。それも相当に“覚えている”。


 所作だけでわかる。あの滑らかな動きは、十七、八歳の人間が身に付けられるそれではない。人生経験が八十年、九十年、いや、それ以上ある魂が若い肉体を得てこそ実現できるものだ。彼が得ているという周囲の評価、完璧な人生も“2周目”ならば容易に説明がつく。とはいえ、別に七王子がビルガメスであってもかまいはしない。2周目だからこそ、女性の扱いにも慣れているだろうし、清美も大切にしてもらえるかもしれない。


 清美が慧をにらんだ。


「負けないからね」


 問題は、七王子の視線だ。


 懐石の料理人が築地で魚を吟味するような目とでもいうのか。“兄”や慧自身、先日のリップスティック・キラーのように、露骨な殺気を放っているわけではない。だいいち、そういう“殺人そのものを目的の一つとする殺人鬼”なら、いまさきほど慧が発した気配に反応するはずだ。


 確認しないと。


 慧はスマホを鞄から取り出し、動きを止めた。


 いつもならまちこを呼ぶところだが、いま彼女にいえば、夕に伝わり、“兄”が来るかもしれない。夕は、まれにとはいえ、この路線を使っているのだ。


 昨日、あれだけいわれた相手に助けられる? そんなことができるものか。


 電車が止まり、七王子が降りた。清美ふくめ、車内にいる女子の半数が、彼を目で追いかける。たいした人気だ。


 慧は清美に「わたしも負けないよ」というと、ドアが閉まる直前に外に滑り出た。背後で清美がドアに駆け寄り「うらぎりものー!」と叫ぶのが聞こえた。電車が動き出し、清美を運び去っていく。


 慧は七王子を呼び止め、告白した。

 


☆☆☆☆

 


「ちょっとよろしいですか?」


 彼女は七王子の背中にいった。


 保土ヶ谷駅のホームは、横浜星稜の生徒や通勤のサラリーマンたちでごった返していた。改札から入ってきた人々が、電車のドアの開閉位置に連なっていく。駅舎の外では黄土色の市バスが電車から降りた客を呑み込み、エンジンを震わせていた。


 七王子が振り向いた。優しげな声でいう。


「ええと、なにかな?」


「そのー」ままよ。「わたし、検見川慧と申します。以前から七王子さんを車内でお見かけして、気になってました」


「ごめん」と、彼。


「え?」慧は顔が引きつるのを感じた。


 彼が慌てた。


「そうじゃない! ぼくも君のことが気になってたんだ。なのに、君からいわせてしまって、ごめんよ」 

 


☆☆☆☆


 

 七王子の家は豪邸だった。


 保土ヶ谷区の外れ、古びたマンションが立ち並ぶ一角に、「セブンハイツ王子」があった。かつては洒落ていただろうコンクリ打ちっ放しの外壁は、あちこちヒビが入っている。とはいえ、手入れはされているようで、汚れは少なく、玄関周りもきっちりと掃き清めてあった。


「こんなことなら、朝出る時に片付けてこればよかったよ」


 七王子はそういいながら、玄関のカギを開けた。


 慧はツバを呑んだ。


 あまりにも拙速だった?


 家を見たい、そういったのは彼女だ。告白後、その場で雑談に興じたものの、七王子からは殺気のカケラすら感じ取れなかった。こうなれば、彼の自室を確認するのが一番だ。もし、転生した殺人鬼なら、部屋には何かしらの片鱗が現れる。いきなり押し掛ければ、整理する暇はない。


「ようこそ」と、七王子が手を振る。


 リスクが大きかったかな。彼女は歯をかみしめた。いや、そんなことはない。万一、七王子がそうだったとしても、自宅で強硬手段には出れない。彼もまたわたしと同じ、一高校生に過ぎない。現世の家族に自分がそうだとバレれば困った事態になる。


 家の中は今風にリフォームしてあった。内装全体をケヤキ材中心にしつらえてあり、さわやかな匂いが彼女を包んだ。二十畳はあるリビングは畳張りだった。無印調のモノトーンクッションがいくつか転がっている。


 彼に導かれるようにして、その一つに身を沈める。彼が彼女の向かいに座った。


 窓の外では、石灯籠が竹林にぼんやりした光を投げかけている。


 彼女は頭を下げた。


「あの、ほんとに強引でごめんなさい。ご家族にもご迷惑ですよね?」


「いや、いまの時間帯、親父とお袋はいないんだ。いるのは妹だけだよ。輪花ぁ」


「はいはーい」


 キッチンから、慧と同い年くらいの女の子が出てきた。七王子とは似ていないが、たいへんな美形だ。


 輪花がいった。


「あ、ひょっとしてお兄ちゃんの彼女?」


「ど、どうも」


「かしこまらないで。まあ、お茶でも飲んでゆっくりしてってよ」


 彼女は微笑みながら、手早く茶を作ってカップに注ぎ、慧に手渡した。


 瞬間、慧は殺気めいたものを感じた。慧のような、殺人鬼のものではない。もっと粗い感情だ。目の前にいる輪花からとしか思えないが、彼女の顔に不審な変化はない。


 ブラコンなのかしら、慧は考えながら茶を口に含んだ。棒茶の豊かな香りが、毛羽立っていた神経をなでつける。


 慧がいった。


「それで、その、本当にあれなんですけど、お部屋を見せていただいても構いませんか?」


「やっぱり、それマジなんだ」七王子が笑った。「いや、ごめん。まさか部屋が汚かったら、即フラれるとかじゃないよね?」


「そんなことはないですよ」


「いや、まいったな。ここまで積極的なコだとは思わなかったよ」


「え」慧は顔をしかめた。


 彼が笑った。


「冗談だよ」


 彼は縁側に近づくとガラス戸を開けた。ヒグラシの合唱が飛び込んでくる。


「俺の部屋は離れにあるんだ」


 二人は、沓脱石にあった草履をつっかけると、芝生で覆われた庭先に出た。


 うっそうとした木々の隙間に、住宅街の光が微かに煌めいていた。森に向かって、石畳を敷いた小道が下っていた。道の先にはマンション本体と似たデザインの小屋があった。コンクリ作りの立方体が地面からにょっきり生えている。


「ここだよ」と、七王子。


 彼が小屋の引き戸を開けた。


 暗い。小屋の周りを木々が囲んでいるせいか、外からの光もない。ひぐらしたちの声が鼓膜を叩いた。


 強いお香の匂いが鼻をついた。そして、かすかな血臭。


 慧の背中に鳥肌が立った。だが、足が動かない。


 室内に灯りがついた。


 壁一面に古い新聞の切り抜きが貼り付けてある。いや、新聞記事の画像をプリンタで印刷したものだ。すべて英語、見出しには「フィラデルフィアの殺人鬼逮捕」「黒人女性八人を監禁・殺害」「ハンバーガー司祭、死刑執行」といった言葉が並ぶ。白黒写真の中、牧師の服装をした細面の西洋人が、熱に浮かされたような瞳でこちらを見つめていた。


 壁の下にはガラスケースがあった。中には錆びた手錠やゴツい南京錠、ホース、手袋などが整然と並んでいた。また別の壁には、二十人ほどの子供達の写真があった。黒人だったり、東南アジア系だったり、白人だったり、人種はさまざまだが、みな一様に目元が似通っていた。


 彼がいった。


「紹介するよ。ゲイリー・マイケル・ハイドニック。信じてもらえないだろうけど、これが俺の前世だ」


 血の臭いが一段と強くなる。


 彼女の脳内で女子高生が退き、テッドが前に出てくる。ここは危険だ。いま、自分は肉食獣のあごのなかにいる。すぐ退くんだ。


 ところが、足はのんびり前に進んだ。


 七王子の声がいった。


「今日から、君は俺の妻になるんだ」

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