シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

一目惚れしたんです

公開日時: 2020年10月16日(金) 22:58
文字数:1,949

「あなたみたいに綺麗な方が、こんなさびれた店で働きたいんですか?」


 少女が両手を挙げた。大げさな挙動だ。


 きっと前世はアメリカンね。恵美奈は英語で思った。


 ベストレイド、いや、さきほどの自己紹介によれば、警察官の三鷹巡がいった。


「野々市くん。少し静かにしなさい」


「すいません」少女がしゅんとした。


「しかし、わたしも不思議には思うよ」


 巡が、彼女の応募書類をめくった。


「ご趣味はゆるキャラに入ること。ほう、〝ランドマーくん〟として活動なさってるんですか。それに経営されている会社もなかなかの規模ですね。そんなあなたが、なぜいまさらバイトなどする必要があるんですか?」


「社会勉強です。わたし、なんにでも興味があって、とにかく人と違うことがしたいんです」


 巡がいった。


「社会勉強、ですか」


 彼は目を細めた。


 疑っている。ベストレイドの生まれ変わりなのだから、当然の反応だ。ロンドン時代、モンタギューだった恵美奈は彼の取り調べを受けている。目を細めるのは彼の癖だ。視力を底上げして、こちらの反応をもらさず捉えようとしている。


 やっぱり、転生前の記憶を維持してるわね。彼女は思った。五感の強化は、複数回分の前世記憶を持つ人間には常識といえる技術だ。


 彼女は巡の目を見つめた。


 以前はノルマン系の青だった。いま暗闇の色だ。


「すいません、ほんとは社会勉強なんかじゃないんです」


「ほう?」


「じつはその、巡さんに一目惚れしたんです」


 

☆☆☆☆☆☆

 


 野々市慧が立ち上がった。


 巡が彼女を見た。


「どうした?」


「いえ、その、なんでもありません」


 慧は大人しく座りなおした。が、恵美奈を見つめる目には、かすかに敵意のようなものが混ざっている。それとも嫉妬だろうか。


 若い。スタイルはいいが、顔の幼さからして高校生、いや下手をすれば中学生かもしれない。彼女の同類だが、人生経験は浅い。自分の本性に目覚めたのは、せいぜいが前世だろう。殺気はかんたんに漏らすし、感情の起伏も大きい。


 巡がいった。


「いや、恵美奈さん、たびたび失礼しました。せっかくの告白が台無しですね」


「いえ、いいんです。そのコの気持ちを考えずに口にしたわたしが悪かったんです」


「気持ち?」と、野々市。


「ええ、あなたも巡さんを慕っているんでしょう?」


 彼女の顔が真っ赤になった。


「わ、わたしが!? 」


「あら、違った?」


「違います!」


 この子、自分の感情に気づいてないのかしら。それとも、わたしの見立て違い?


「なら、巡さんをお食事に誘ってもよろしい?」


「どうぞどうぞ」


「それじゃ、巡さん、今晩お食事などはいかがでしょう?」


 巡が頭をかいた。


「よく分からない流れだが、女性から誘われて、独身の紳士が断わるわけにもいかないでしょう。七時にロイヤルパークのルシエールでいかがです?」


「よろこんで、ご招待お受けします」


 

 ☆☆☆☆

 


「馴染みのようですね」


 巡がグラスを回しながらいった。


「なにがです?」と、恵美奈。


 二人の眼下には横浜の夜景が広がっていた。ルシエールはロイヤルパークホテルの二十八階にある。隣り合ったコスモワールドの観覧車の頂点とほぼ同じだ。観覧車の車輪は巨大な電子クロックも兼ねている。一定のテンポで、二十時十五分の表示が浮かんでは消えた。


 恵美奈は眼筋を操作して、ゴンドラのひとつに焦点を合わせた。若いカップルが互いの唇をむさぼっている。大学生だろうか、男の手は女子のワンピースの胸元に入っていた。


 巡がいう。


「店員の、あなたに対する態度ですよ。敬意が感じられる。常連なんでしょうね」


 向かい合う彼、昼間と同じサヴィルロウのスーツ姿だ。ただし、手首にはまった時計はセイコーからダンヒルに変わっていた。


 一方の彼女は、シックな黒のドレス姿。宝石類はなし。


 比較的抑えた服装だが、シリアルキラーは他人の目を集めやすい。生まれつきの美形もあって、店内にいる男の半数は、横目で彼女を捉えていた。


 彼女はほっそりした指でシャンパングラスをとった。サロンが美しい泡をわきたたせている。


「そういう巡さんも、ずいぶん慣れてらっしゃるのね」


「わたしは三月に一度程度です。フレンチは嫌いじゃないが、公務員の給料じゃ頻繁には来られませんよ」


「三月に一度? なら、いままでにも店内でお会いしていたかもしれませんわね」


「それはないでしょう。恵美奈さんのように美しい人を忘れるはずがありませんから」


 むろん、会っているはずがない。彼女がベストレイドを見逃すなどありえないのだから。それにしても、考えていた以上に彼との生活圏が重なっている。これまで遭遇しなかったのが不思議なくらいだ。


 彼女は微笑んだ。


「じつをいうと、このお店でではありませんが、けっこう前に巡さんとお会いしたことがあるんですよ」


「おや、まさか。どこで、いつごろですか?」


「過去でです」

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