三人目が、かすかに鼻歌を歌いながら、縛られた三人の椅子の周りに包丁やハサミ、ハンマー、ノコギリなどを並べている。
一人目がコンテナの透明な壁を叩いた。
「ここの壁のロックは外してあるんだ。ちょっと強く叩いたら、向こう側に倒れるよ」
愛が「意味がわからねえ」と、つぶやく。
「スリルだよ、スリル! ママ、前にいってたじゃない。あたしが人を殺すのはスリルを楽しみたいからだ!って。こんなにドキドキするシチュエーション、ないでしょ? ちょっと間違えたら、この何千人という人に、人を殺すところを見られちゃうんだよ?」
二人目が「ママ、がんばってねえ」と、いいながら、後ろ手に縛られている愛の手に小ぶりなナイフを持たせた。
それから、三つ子三人は、コンテナの出入り口にかたまった。三人目がドアのロックを外して外に出る。それから二人目も。
一人目が手を振った。
「ママがその二人を殺したら出してあげるよ。じゃね!」
扉が閉まった。
外からロックする音が聞こえた。
ユートンがいう。
「やれやれ、わけのわからん連中じゃな」
彗も頷いた。
「殺されなくてよかった。あのまま攻撃されてたら、どうしようもなかったわ」
ぷつりと音がして、愛の手から結束バンドが落ちた。彼女は素早く両足を椅子の脚に固定していたバンドも切りおとし、自由になった。
ユートンが笑みを浮かべた。
「よし、愛、とりあえずわしらのも切るんじゃ」
愛は答えずに、足元の刃物類を眺めている。
「愛?」と、ユートン。
愛がいった。
「正直、退屈、なんだよね」
ユートンが顔をしかめた。
「おいおいおい、そういうのはやめてくれんかの」
愛がユートンの言葉を無視して続ける。
「何百年も生きてっとさ、大抵の楽しみはやり尽くしちゃうわけ。うまいもんも食べ尽くしたし、女も嫌っていうほど抱いたし、男も抱いた。じいさんばあさんこども、みんなみんな抱きまくった。酒も浴びるほど飲んだよ。飲みすぎて死んじまったことも何回かある。ユートン、あんたが思うより、あたしは長く人生やってんのさ。そんでさあ、あんたみたいに賢いわけじゃあないんだ。賢いお仲間はいろいろやることあるじゃん。本を読んだり、書いたり、政治やったり、戦争したり。人類を導く!みたいなお題目唱えるやつもいるよな。でも、あたしはそんなに頭良くないし、退屈したら、手近なところでやったことないことを試してみるしかないわけ。で、結構長いこと新鮮だったのが、人殺しだったってだけだよ。
あの三人も、まあ似たようなもんだよ。あたしたち四人はさあ、頭の悪いビルガメスなのさ。あいつらは、あたしをリーダーだと思ってるけど、そりゃ、単にあたしがバカ四人の中じゃあ、まだ少しだけマシな頭を持ってるってだけだ。ようするに、あたしはやつらの脳みそなんだよ。だから、あいつらは執着すんのさ。だれだって、自分の脳みそがなくなったら追いかけるだろ? な、そうだろ?」
愛が天井の一角を指差した。
小さな箱のようなものとレンズが見える。監視カメラだろう。
愛が彗の背後に回り込んだ。
「ちょっとちょっと」と、彗。「あなた、改心したんじゃなかったの?」
愛がナイフを投げ捨て、かわりに薪割りようの斧を取る。
「いや? あたしはあたしの人生に後悔なんざかけらもないぜ? ま、誤解してほしくねえんだけど、もう人殺しは心底嫌だってのはほんとだ。ほら、なんていうかなあ、カレーを食べたことのない奴が、ある日、カレーを食うとするじゃん? とんでもねえうまさだ! 毎日でも食べられる! でも、半年もすりゃあ、しばらくカレーはいいかな?って気持ちになるだろ? あたしはそういう気分なんだよ」
彗がつぶやいた。
「えーと、話が見えないんだけど」
愛が斧を振り回した。
「だから、あいつら三人はあたしがもう飽きたことに気づかず、カレーを口に押し込もうとしてるってだけなんだよ。前世や前前世はあいつらの気持ちを汲んで、もうちょっとばかしカレー生活を続けたけどさ、さすがに限界だからメニューを牛丼に変えたいってことだ」
ユートンがいった。
「牛丼?」
愛が彗の後ろで斧を振りかぶった。
「それも、食いがいのある脂ぎっとぎとの特盛カルビのよ。つまり、これからはビルガメスを殺すことにしたってことだ」
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
斧の刃先がステンレスの床に食い込んだ。
彗の手首から結束バンドが落ちた。
「は、は、は」彗は過呼吸のように喘ぎながら、自分の両手を前に回した。手首をなでまわす。「ついてる」
愛がいった。
「大西部で毎日薪割りしてたんだ。斧は使い慣れてるっての」
ユートンがいった。
「殺してしまうのかと思ったぞ」
愛が頭をかいた。
「気持ちが揺らがなかったといえば嘘になるかもな。でも、あたしがやりあいたいのは、あたしに生の実感を与えてくれるのは、あたしをワクワクさせてくれるのは、破滅派のヤバいやつらなんだよ。改心してるうえに、椅子に縛られるてるお嬢ちゃんを殺したって、スリルなんか感じやしねえっての」
愛が壁を思い切り蹴った。
「スリルを感じたけりゃ、これくらいしねえと」
透明なガラス壁がゆっくりと外側に倒れ込み、コンテナ内は外から丸見えになった。
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