シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

丸見え

公開日時: 2020年12月2日(水) 22:59
文字数:2,086

 三人目が、かすかに鼻歌を歌いながら、縛られた三人の椅子の周りに包丁やハサミ、ハンマー、ノコギリなどを並べている。


 一人目がコンテナの透明な壁を叩いた。


「ここの壁のロックは外してあるんだ。ちょっと強く叩いたら、向こう側に倒れるよ」


 愛が「意味がわからねえ」と、つぶやく。


「スリルだよ、スリル! ママ、前にいってたじゃない。あたしが人を殺すのはスリルを楽しみたいからだ!って。こんなにドキドキするシチュエーション、ないでしょ? ちょっと間違えたら、この何千人という人に、人を殺すところを見られちゃうんだよ?」


 二人目が「ママ、がんばってねえ」と、いいながら、後ろ手に縛られている愛の手に小ぶりなナイフを持たせた。


 それから、三つ子三人は、コンテナの出入り口にかたまった。三人目がドアのロックを外して外に出る。それから二人目も。


 一人目が手を振った。


「ママがその二人を殺したら出してあげるよ。じゃね!」


 扉が閉まった。


 外からロックする音が聞こえた。


 ユートンがいう。


「やれやれ、わけのわからん連中じゃな」


 彗も頷いた。


「殺されなくてよかった。あのまま攻撃されてたら、どうしようもなかったわ」


 ぷつりと音がして、愛の手から結束バンドが落ちた。彼女は素早く両足を椅子の脚に固定していたバンドも切りおとし、自由になった。


 ユートンが笑みを浮かべた。


「よし、愛、とりあえずわしらのも切るんじゃ」


 愛は答えずに、足元の刃物類を眺めている。


「愛?」と、ユートン。


 愛がいった。


「正直、退屈、なんだよね」


 ユートンが顔をしかめた。


「おいおいおい、そういうのはやめてくれんかの」


 愛がユートンの言葉を無視して続ける。


「何百年も生きてっとさ、大抵の楽しみはやり尽くしちゃうわけ。うまいもんも食べ尽くしたし、女も嫌っていうほど抱いたし、男も抱いた。じいさんばあさんこども、みんなみんな抱きまくった。酒も浴びるほど飲んだよ。飲みすぎて死んじまったことも何回かある。ユートン、あんたが思うより、あたしは長く人生やってんのさ。そんでさあ、あんたみたいに賢いわけじゃあないんだ。賢いお仲間はいろいろやることあるじゃん。本を読んだり、書いたり、政治やったり、戦争したり。人類を導く!みたいなお題目唱えるやつもいるよな。でも、あたしはそんなに頭良くないし、退屈したら、手近なところでやったことないことを試してみるしかないわけ。で、結構長いこと新鮮だったのが、人殺しだったってだけだよ。


 あの三人も、まあ似たようなもんだよ。あたしたち四人はさあ、頭の悪いビルガメスなのさ。あいつらは、あたしをリーダーだと思ってるけど、そりゃ、単にあたしがバカ四人の中じゃあ、まだ少しだけマシな頭を持ってるってだけだ。ようするに、あたしはやつらの脳みそなんだよ。だから、あいつらは執着すんのさ。だれだって、自分の脳みそがなくなったら追いかけるだろ? な、そうだろ?」


 愛が天井の一角を指差した。


 小さな箱のようなものとレンズが見える。監視カメラだろう。


 愛が彗の背後に回り込んだ。


「ちょっとちょっと」と、彗。「あなた、改心したんじゃなかったの?」


 愛がナイフを投げ捨て、かわりに薪割りようの斧を取る。


「いや? あたしはあたしの人生に後悔なんざかけらもないぜ? ま、誤解してほしくねえんだけど、もう人殺しは心底嫌だってのはほんとだ。ほら、なんていうかなあ、カレーを食べたことのない奴が、ある日、カレーを食うとするじゃん? とんでもねえうまさだ! 毎日でも食べられる! でも、半年もすりゃあ、しばらくカレーはいいかな?って気持ちになるだろ? あたしはそういう気分なんだよ」


 彗がつぶやいた。


「えーと、話が見えないんだけど」


 愛が斧を振り回した。


「だから、あいつら三人はあたしがもう飽きたことに気づかず、カレーを口に押し込もうとしてるってだけなんだよ。前世や前前世はあいつらの気持ちを汲んで、もうちょっとばかしカレー生活を続けたけどさ、さすがに限界だからメニューを牛丼に変えたいってことだ」


 ユートンがいった。


「牛丼?」


 愛が彗の後ろで斧を振りかぶった。


「それも、食いがいのある脂ぎっとぎとの特盛カルビのよ。つまり、これからはビルガメスを殺すことにしたってことだ」

 


 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 

 斧の刃先がステンレスの床に食い込んだ。


 彗の手首から結束バンドが落ちた。


「は、は、は」彗は過呼吸のように喘ぎながら、自分の両手を前に回した。手首をなでまわす。「ついてる」


 愛がいった。


「大西部で毎日薪割りしてたんだ。斧は使い慣れてるっての」


 ユートンがいった。


「殺してしまうのかと思ったぞ」


 愛が頭をかいた。


「気持ちが揺らがなかったといえば嘘になるかもな。でも、あたしがやりあいたいのは、あたしに生の実感を与えてくれるのは、あたしをワクワクさせてくれるのは、破滅派のヤバいやつらなんだよ。改心してるうえに、椅子に縛られるてるお嬢ちゃんを殺したって、スリルなんか感じやしねえっての」


 愛が壁を思い切り蹴った。


「スリルを感じたけりゃ、これくらいしねえと」


 透明なガラス壁がゆっくりと外側に倒れ込み、コンテナ内は外から丸見えになった。

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