シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

わたしはドラキュラ

公開日時: 2020年10月21日(水) 21:29
文字数:2,829

 彼女は身を乗り出した。


「どうしてそれを?」


「あっさり認めるんだな」


「さすがに銃には勝てないから」


 嘘だ。彼女の身体操作は常人をはるかに超えたレベルにある。小口径の銃弾ならば、耐えられなくもない。


「それより、どうしてわたしの前世がゲイシー、そしてモンタギューだとわかったの?」


 彼が沈黙のあとでいった。


「わたしが世を離れていた期間の重要事件はあらかた調べてある。そこから、ゲイシーがモンタギューの生まれ変わりだと気付いた」


「まさか」


「君は手口が同じなんだよ。モンタギューのときは人形使い、ゲイシーのときはピエロ、そしていまは〝ゆるキャラ〟だ。いっておくが、日本の警察は甘くない。あれだけイベントで子供をさらっていれば、足がついて当然だ。君は容疑者リストの上位に来ている」


「まさか。なら、どうして警察が逮捕しに来ないの?」


「わたしが外したからだよ。君がビルガメスなら、警察に逮捕させるわけにはいかないからね」


 恵美奈は息を吐いた。


「ということは、〝もう一人のビルガメス〟なんていなかったわけね。あの子が、わたしの家のそばで殺気を放ったのは意図的だった? わたしが反応するかチェックしたんでしょう?わたしはまんまとはまったうえにアルバイトまで申し込んじゃったわけね」


 巡がおかしそうに体をゆらす。


「あれは彼女のミスだ。まだ記憶が覚醒したばかりでね。自分をコントロールできないのさ。もちろん、それを織り込んだうえで、彼女を同行させたわけだが」


 彼女は心拍をさらに早めた。


 まずは、ここで巡=ベストレイドを始末する。それから、野々市慧を殺す。証拠共々すべて消す。


「それで、どうする気? その銃でわたしを撃つ気?」


「かもな。だが、その前に聞きたいことがある。〝五人のジャック〟残り四人はどこだ?」


「知るわけないでしょ。みんなとっくの昔に死んで、世界各地に転生したでしょうから」


「ああ、だが、ビルガメス同士は縁がつながりやすいし、縁を持つものは近隣に転生する。これを繰り返すと、殺人者たちはとある時代、とある街に収束する。以前のロンドンがそうだった。いまは横浜がそうだ。お前たち五人には絆があった。お前は必ずほかの四人の誰かと現世でも知り合っているはずだ」


 なるほど、彼は自身の原動力を私怨だといっていた。やはり、わたしたちに対する恨みだったわけね。


「わたしたちをどうする気? 殺すの?」


「いいや、殺したところで、次の人生で同じことを繰り返すだけだ。わたしはお前たちに悔い改めて欲しいだけだ。悪行を死ぬほど悔いながら生きてもらーー」


 ベストレイドはわたしを殺さない。


 つまり、拳銃はブラフだ。


 彼女は彼が言い終わる前に飛びかかった。


 

☆☆☆☆☆☆


 

 予想に反し、巡は躊躇なく引き金を引いた。


 前前世で聞き慣れた、乾いた轟音とともに銃弾が飛び出す。


 彼女は動揺を抑え、脳内のアドレナリン分泌量をあげた。体感時間が遅くなり、銃弾が目に見える速度まで低下した。実時間では音速を超えているが、いまは野球のスローボールほどだ。彼女の腹部めがけ、まっすぐに空間を横切ってくる。


 なにが殺さないよ。彼女は頭の中で毒づいた。銃で撃たれるのは、七百年ほどの人生で三度目だ。一度目は、千六百年ごろのスペインだった。初速の遅い鉛の弾丸は、脇腹から入ると腸をずたずたに引き裂き、背骨を砕いて首筋から飛び出した。その次の人生では撃たれても生き延びられるよう、十年近くを銃の対処訓練に当てた。


 アドレナリン操作は、防御の第一段階だ。ここからはさらに高度な技術が求められる。弾が彼女のワンピースを引き裂き、下着のキャミソールをつきやぶる。瞬間、彼女は腹筋を限界まで固めた。気功の呼吸法を使い、細胞ひとつひとつにまで意識を配る。


 熟達した格闘家は、素手でブロックを粉砕する。銃弾はブロックを粉砕するまではできない。肉体のポテンシャルは銃弾より上だ。あとはタイミングの問題だけだ。


 四度目の銃撃への対処はほぼ完璧だった。


 数千分の一秒、硬化のタイミングが早かったからか、皮膚が削れ、血が滲んだ。しかし、弾そのものはひしゃげ、絨毯に音もなく落ちた。


 巡との距離は残り六十センチ。


 彼女は手刀をふるった。


 ベレッタの銃身が日本刀で切られたかのように割れた。


 巡は呆然と立ち尽くしている。


「まさか」


 彼女は微笑んだ。


「銃があればとうにかなると思った? わたし、前の前の前はマリー・ウィルアルドゥアンだったのよ」


「吸血鬼カーミラのモデルか」


「その呼び名は嫌いなの。人は理解できないものは何でも“吸血鬼”にしちゃうんだから。血なんて飲んだことないわ。わたしはただ、綺麗な同性が好きなだけ。もっとも、人間を超えた存在だってところは否定しないけど」


 彼女は一瞬で間を詰めると、彼の首に指を食い込ませ、片手で持ち上げた。


「バカな男ね。前世で学ばなかったの? 羊のくせに狼を狩ろうとするからこうなるのよ。来世では警官になんてならず、大人しく羊として生きなさい」


 彼女はもう片方の手を硬化すると、彼の心臓めがけて突き出した。


 

 ☆☆☆☆


 

 恵美奈の爪は、巡の皮膚の表面で止まった。彼の皮膚はまるで鉄だ。凹みすらしない。一方、突き出した腕は容易には止まらない。爪は割れ、骨が砕けて皮膚から飛び出した。人差し指、中指、薬指はハンマーで押しつぶされたかのようにグシャグシャになった。


 彼女は悲鳴をあげながら、彼を離し、背後に飛び退った。歯を食いしばり、脳内麻薬で痛みを和らげる。


「なんなの!?」


 ベストレイドがこれほどの身体操作を身に着けているだなんて。


 これは並みのビルガメスではない。


「あなた、誰なわけ?」


 ようやく気付いた。ロンドンでのベストレイドの捜査力はビルガメスとしての膨大な経験に裏打ちされたものだったのだ。


 巡が目を閉じた。


 愚かな行為だ。わたしがもう戦えないとでも思っているのか。もう一方の手を硬化し、彼の喉を突き破るのに三秒とかからない。目を閉じていれば、肉体を強化するタイミングをはかることすらできないではないか。


 だが、彼女の体は動かなかった。


 汗が背中一面に湧き出し、口の中が乾いた。


 巡がいった。


「わたしはきみの同類だよ。殺人愛好者、シリアルキラー、そして吸血鬼だ」


 彼が顔をあげた。


 目だ。目が違う。彼女は思った。巡の瞳は色素を失い、血液の色である朱に染まっていた。


「吸血鬼の目は赤いといわれるが、その理由がこれだ。色素を一時的に薄めると、夜間視力が高まる。これができるようになるには千年ほどの肉体経験が必要になる。まあ、きみの強化能力もたいしたものだ。銃弾を防ぐ程度はできると見ていたが、銃身を切り落とすとはな。それでも、一日の長はわたしにある」


 彼女はじりじりと下がり、壁にぶつかった。


「あなた、いったい何なの?」


 コウモリのような赤い目が、闇の中からいった。


「きみがカーミラと呼ばれたようにわたしもいろんな名前がある。バビロニアではアフカル、古代ゲルマンではドルド、ルーマニア王国ではヴラドだ」

 

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