シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

殺してスッキリ!

公開日時: 2020年11月29日(日) 22:43
文字数:1,990

 彗は椅子に座っている自分に気づいた。


 なにが起きたのか。


 頭が巨大な万力で締め付けられているかのようにガンガンして、上手く思出せない。


 背後から車が突っ込んできたところまでは覚えている。弾き飛ばされたが、地面に叩きつけられるさいにはどうにか受け身をとった。もっとも勢いは殺しきれず、そのままゴロゴロ転がってーー。


 覚えているのはここまでだ。


 流れからすれば、目覚めるのは病院だろう。だが、いまいるのは、どう見てもただの民家のLDKだった。


 部屋の大きさは二十畳ほどか。


 フローリングの床に、カウンターキッチン。白い壁には子供の絵らしきものが何枚か貼り付けられている。カウンターの奥では冷蔵庫と食洗機が唸りを上げている。冷蔵庫の扉には、自治体発行のゴミ捨てカレンダーが貼られていた。


 彗の眼前には、大きな無印風の長方形テーブルがある。椅子は彼女のものを合わせて六脚。彼女の右隣にはユートン、左隣には愛がいた。二人とも後手に縛り付けられているらしい。彗自身も拘束されているようで、背後に回された手に強烈な圧迫感がある。


 ユートンが横目で彗を見た。


「お目覚めかの?」


 彗は笑った。


「そんなセリフは歴史劇のなかだけかと思ってたわ」


「うるさいわい。わしの時代なら気の利いたセリフじゃ」


 壁にかかったシンプルな時計の秒針が、静かに回転している。時刻は17時半だ。


 ユートンがいった。


「それで、彗よ。お前さん、心当たりはあるか?」


「人に殺されるような心当たり? もちろんあるわ。前世でわたしが何人殺したと思ってるのよ。彼女らがわたしに気づけば、そりゃあ、車で轢き殺そうとするのも当たり前よ」


「それはそうじゃろうが、お前さんの被害者たちは無関係かも知れん小学生を巻き込むような人間だったかね?」


「それは、違うと思うけど」


「ふむ」ユートンが唇を尖らせた。「愛よ、お前さんはどうだ?」


 愛が舌打ちした。


「わからねえよ。あたしは獲物を厳選したりはしなかったからね。殺したいときに殺してただけさ。獲物のなかにヤバイやつがいたかどうかなんて知るわけない」


「ふうむ。ずいぶんと乱暴な前世じゃな。というか、お前さんのたたずまい、その前世とあまり変わっとらんのじゃないか? よく改心できたの」


「なにがいいてえんだよ」


「お前さん、じつはまた悪さをしたりしとらんよな?」


「やってねえよ!いまのあたしが狙うのは破滅派だけだ。そういうてめえはどうなんだよ」


「まあ、わしも前世以前を完全に克服したとはいえんがの。ただ、わしの欲望は少々特殊なんじゃ。誰か個人の恨みを買った覚えはない」


 ふいに、上からどたどたと物音が聞こえた。


 二階に誰かいるのだ。


 足音からして一人ではない。


 音の主たちは階段を下り、このLDKに通じる扉を開けた。


 まず現れたのは、ユートンとそう歳の変わらなそうな男の子だった。今風のパーマのかかったツーブロックで、無地のTシャツと短パン姿だ。


「ママ!おはよう!」と、嬉しそうにいう。


 次に現れたのも、男の子だった。


「ああ、ママだあ」とつぶやく。その顔、最初の子供とまったく同じ顔だった。


 最後に入ってきた三人目も、また同じ顔の持ち主だった。こちらは、なにもいわず、むっつりと目を伏せている。


 三つ子だ。彗は思った。で、ママ? わたしたち三人は全員女性だし、わたしと愛は子供を産める年齢だけど、いくらなんでも、こんな大きな子がいるはずがない。つまり、この子供たちの頭がおかしいのでない限り、彼らは私たちと同じビルガメスで、前世で誰かと母子の関係にあったのだろう。


 ユートンを見ると、彼女は首を横に振った。


「わしなはずがあるか。この言葉遣い通り、わしは何度も転生しとるが、前世までは全部男だったんじゃ」


 彗も同じだ。


 そもそも、ビルガメスとしての人生はこれが初めてだし、前世はテッド・バンディ、男性だった。


「あたしでもないよ」と、愛。「ママ? あたしは子供を産んだ覚えなんてないね。家族なんてものを持った覚えもない」


 最初に入ってきた男の子がいった。


「ママ! なんでそんなこというのよ。〝また〟、わたしたちを捨てるの?」


「だって、本当に知らないんだから、仕方ねえじゃん」


「嘘だよっ」男の子がテーブルを叩いた。「ママは、ぜったい覚えてる。だって、いつもだもん。ママはいつも最初はそういうもん。あたしはもう殺しは辞めたの。あたしはもうあんたたちの家族じゃない。あたしはもうママじゃないって」


 二人目の男の子が頷いた。


「そうそう。ママはいつもそうなんだなあ。がまんできるはずないのに、いつも、もう二度とやらない!っていうよねえ」


 三人目の男の子が手に握っていたトンカチをテーブルの上に置いた。


 一人目の男の子がうなずく。


「そうそう、パパ、そうだよねえ。ママって、いつも一人やらないと調子でないもんね! ほら、これで、この二人の女を叩き殺してごらんよ! とってもスッキリすると思うよ!」

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