シリアルキラーガールズ

殺人鬼テッド・バンディ、転生して女子高生になる
松屋大好
松屋大好

誘惑

公開日時: 2020年10月20日(火) 21:27
文字数:2,471

 恵美奈は手を重ねたままいった。


「もっと親密になれば、わたしあなたが前世で、いえ、前前世でいったことを思い出せるかもしれません」


 巡が店内を見回した。


 隣のテーブルは空だったが、ウェイターはかなり近い位置に控えている。


「デリケートな話題ですね。ここではやめましょう。別のところで飲み直しませんか?」


「だったら、うちの別宅に来ませんか? ここからそんなに遠くないんですよ。保土ヶ谷駅近くなんで、そこの野毛山を越えたらすぐです! コンビニで、酒とつまみを買って飲み直しましょうよ」


 彼女の誘いを断る男などいない。


 二人は連れ立ってホテルを出ると、タクシーで彼女のマンションに向かった。


 マンション一階に入っているセブンで、チューハイにビール、つまみのチーズ、サラミ、柿ピーを買い込む。


 彼女は、巡の持つカゴに放り込みながら、笑顔を作った。


「なんだか、学生時代に戻ったみたい!」


 巡も笑う。


「いや、残念ながら、わたしは国外の大学に進んだのでね。そもそも、コンビニで酒を買うこと自体初めてです。意外と楽しいものだ」


「外国の? どこです?」


「アメリカのシンシナティ大学。犯罪心理学の研究じゃ世界一だ」


「前世でも警官だったのに、また勉強したんですか?」


 巡がカゴをレジにあげた。口調が少しだけ砕ける。


「自分が死んでいた間の犯罪について知りたかったんだよ。とくに連続殺人犯どもの動向をね」


「職務熱心なんですね」


「いや、じつをいうとわたしの原動力は私怨なんだ。まあ、あとで話すよ」


 二人はコンビニを出ると、マンションの上層階へ移動した。彼女の別荘は十階の角部屋だ。彼女は鍵をあけて先に入ると、彼を招き入れた。


「暗いですけど、電気はつけないままにしていいですか? ここは夜景が売りなんですよ」


 二人は廊下を抜け、リビングに入った。


「すばらしい」巡がつぶやく。


 大きな窓からは、どこまでも広がる住宅街が見渡せた。家々の明かりが百万の蛍のようだ。蛍たちは野毛山に張り付くようにして山頂まで続き、その向こうに、さきほどまで食事していたホテルが頭だけつきだしていた。


 恵美奈は巡と向かい合うかたちで、ソファに腰を落ち着けた。匠大塚の高級クッションが彼女の肉体をやさしく包み込む。


 彼女はいった。


「それで、野々市さんでしたっけ。彼女もわたしと同じビルガメスだったりするんですか? 彼女やあなたのほかにも、わたしのことを知ってるビルガメスはいるんですか?」


「ああ、いるよ。君を見つけたのは、わたしでも野々市くんでもないビルガメスだ」


 室内は闇に沈み、巡の顔は見えない。


「それが誰かを探りたくて、わたしをここに連れてきたんだろう?」

 

 恵美奈は落ち着いて答えた。


「どういうこと? 何をいいたいんです?」


 月が翳り、巡がいっそう闇に沈む。


「いまさら隠す必要はない。君が前世に怯えているなどという話はでたらめだ。君は、昔のまま、何一つ変わっていない」


「そんな、嘘じゃありません」


「いや、嘘だ。なぜなら、君はマナーがなっていない。さきほどのフレンチでシャンパンを飲む姿を見て確信した。己の過去に怯え、律しようとするなら、生活の全てを丁寧に生きるしかない。だが、あの煽り方にそれは感じなかった。自己を抑えられない以上、君はすでに幾人も殺している。思春期に目覚めたとして十人、いや、もっとかな」


「そんな、誤解です!」


「言い繕うのはよせ。言葉遊びに付き合う気はないんでね。第一、言い逃れできない確固たる証拠がある」


「証拠?」


 巡が暗がりから手を伸ばし、大きくふった。


「匂いだ」


「は?」


「気づいていないのか? この部屋は悪臭が充満してるぞ。カーテン、ソファ、壁紙、あらゆるものに死臭が染みついている。覚えのある匂いだ。殺人鬼の家は、いつもこの匂いがする」


 彼女は鼻をひくつかせた。


 何も感じない。


 悪臭? そんなものあるわけがない。ジョン・ウェイン・ゲイシーとしての前世で、死臭については嫌という程学んでいる。あのときは、父親が作り上げた良心とのせめぎあいになり、遺体を適切に処分できなかった。悩み抜いた挙句、バラした遺体を何の処置もしないまま床下に埋めた。遺体は腐敗し、大量のメタンガスを出した。彼の鼻は麻痺し、匂いに鈍感になったが、家宅捜索に来た刑事たちは違った。家に入った瞬間に、彼らはゲイシーを殺人犯だと断定した。


 後日、新聞は“恐怖の悪臭屋敷”と書き立てた。そのときの経験を糧に、現世では遺体処理、とくに匂い対策を徹底している。家具の大半は備長炭成分を含み、常時三台の空気清浄機が稼働している。ファブリーズも欠かさない。警察犬でも、嗅ぎとれるかどうかだ。


 なぜ巡は死臭などというのか。


 明らかなブラフだ。


「わたしには何も嗅ぎとれませんよ」


 彼がため息をついた。


「残念だ、恵美奈さん。できれば、思い違いであってほしかった。君は本当に改心したと信じたかった。だが、これほどはっきりした殺人の証拠を突きつけられてはどうしようもない」


「だから、巡さんの勘違いですって」


 恵美奈は脳のスイッチを入れた。


 アドレナリンを放出し、肉体の強度をあげる。エンドルフィンで痛みへの耐性を高める。心臓の鼓動を通常より十パーセント加速。体温も上昇させ、筋肉が即座に動けるよう準備を整えた。


 数回分の転生記憶があれば、こうした芸当は容易い。ようは車の運転と同じだ。運転歴六十年の人間より、運転歴三百年の人間の方が、操作に長けている。


 どうしたわけか、巡は彼女が殺人を続けていることを確信しているらしい。思えば、彼の前世であるベストレイドも不思議な直感を持っていた。


 もはや戦いは避けられない。彼から、もう一人のビルガメスの情報を聞き出せなかったのは残念だが、この場で処理する以外ない。


 前世では、人質を使ったので簡単な作業だった。思い出して、頰がゆるんだ。あれほど素敵な殺しはそうそうない。今回は多少手間取るだろう。なにせ、彼は銃を持っている。


 ふいに、彼の手が暗がりから伸びた。


 ベレッタを握り、銃口はまっすぐ彼女を捉えている。


 彼がいった。


「動くなよ、ゲイシー。いや、モンタギューか?」

 

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