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まっこうくじら
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遺物

公開日時: 2020年10月30日(金) 19:05
文字数:3,163

遺物


「そんなに不思議な物なのか」

「はい。不可解な作用があります。危険とも言えます」

 地球は温暖化で一度滅びかけた。ぎりぎりにならないと危機を認識しない政治家や企業家、何より普通の人たちが気にしなかったからだ。そして地球の平均気温が上がり、地球のあらゆる場所で天変地異も言える異常災害が多発しだし、やっと人々は気がつき始めた。何も決められぬと言われ続けた国連がリーダーシップをとり、各国の産業構造を出来るだけ温暖化に繋がらない物に変えていった。

 ただ、それでも極地以外は人間の住める環境ではなくなっていた。一部の人類は地下に潜ったり、宇宙の新天地を目指したりしたが、そこに安住の地を求めた者達は直ぐに滅びてしまった。日の光、空気が無いところでは、やはり人類は生きにくいのだ。その他の多くの人類は極地へ移り住んだ。とは言っても極地で養える人類は数百万人にとどまるため、人間の選別が行われた。人種などの差別が無く、能力に応じて公平に選別が行われたのは人類史上初めてだろう。選び出された者は局地に移り住んだ。それ以外は者達は死んでいった。幸いにして太陽活動の変化により太陽由来の宇宙線が増加して、雲の発生率が上がり地球の気温の上昇が止まった。人工的な環境をなんとか維持し極地で生き延びた人類は、今度こそバランスの取れた、種としての成長を試みて頑張っている。

 そして今は極地に人が移り住んでから千年ほど経っている。ここはある研究所だった。

「機械に対しては影響がありません。また虫レベルの生命体にも問題はありません」

「虫レベルというと、それ以上も調べたのかね」

「はい。タヌキで」

 人類が極地に逃げ込むときに、ペットをどうするかという議論があった。愛するペットとでなければここに残ると、移住しない者も多かった。いろいろな動物が検討されたが、小型で可愛らしく、雑食で何でも食べ、毛皮も肉も利用できるタヌキを連れて行くことになった。極地の人工的な環境で大型の陸上動物は、人間を除けばタヌキだけだ。長い間、人類の友であったネコや犬はもういない。ただしDNAのパターンや精子と卵子、受精卵などは、種が維持できる最低数分永久凍結保存技術で確保しているため、地球環境が回復したらまた一緒に遊べるようになるかもしれない。ただそれは早くても数千年先だ。

「これがその画像です」

 研究室のディスプレイに何もない白い部屋が映し出された。そこにそれは置かれていた。防護服を着けた所員が檻に入れたタヌキを連れてくる。タヌキは所員の姿に慣れているらしく、おとなしくしている。所員が檻のふたを開けるとタヌキはゆっくり檻から出て、それの上に乗った。しばらくにおいをかいだ後、それの上を動き回っていたが、やがておとなしくなり、転がった。

「死んだのかね」

「いいえ、寝ているだけです。ただタヌキで調べると一割程の確立であのようになります」

 ここは古代史の研究所だ。古代史と言って恐竜がいた頃を調査するわけではない。人類が極地に避難してきたとき持ってこれなかった物も多かった。この研究所は地球の温暖化による熱暴走前にあった文明や文化の痕跡を探し出し、発掘し再現している。これからの地球に役に立つ物を探しだす研究所だ。一言に発掘再現と言っても簡単ではない。極地以外は、未だに気温が高く、そこいら中に台風や竜巻が発生している。運良くそれを避けて進んでも、異常に繁栄した植物、生き残り大型化した動物など危険が多い。それでも所員達は地球の各地に飛び文化や文明の再現に情熱を燃やしている。

「放射能、特異的な物質などは検出されません。素材の成分だけが検出されるため、製造過程で変化したわけではありません。念のため熱放射や電波、磁界、電界、あらゆる物理的特性化学的特性を調査しました」

 文明や文化を再現するに辺り、一番気をつけているのは、今ぎりぎり人工的にバランスが取れている極地の環境を壊さないことだ。そのため、過去の遺物を再現する際は素材や製法を詳しく調査し、問題が無いことを確認している。だが、それでも今回の様なことがある。

「それで」

「もしかして人体実験をしたのかね」

「はい。先月食物窃盗がありましたので」

 人工的な環境をぎりぎり維持しているため、犯罪に対しての刑罰は厳しい。特に食物の窃盗は死刑だ。死刑と言ってもただ殺してはもったいないため、人体実験や食料になったりする。

「そのときの映像です」

 ディスプレイにはタヌキで実験した際の部屋が映し出されていた。白い囚人服を着せられたその男は、部屋に押し込まれた。明らかに恐怖で目が引きつっている。死刑囚の人体実験は悲惨な結果に終わることが多いからだ。ただスピーカーからそれの上に乗れと言われて、あきらめゆっくりと部屋の中央に向かった。あまり命令に逆らっていると毒ガスが流され即死だ。

 死刑囚はおそるおそるそれの上に足を乗せた。もし温暖化前の人間が見ていたら、ネコが初めての物を前足で触ってみることを思い出したでろう。とりあえずは安全そうなので少しずつそれの中央に進んだ、真ん中に来てしばらく立っていたがやがて座る。

「なに?」

 映像を見ていた所長は驚いた。急に死刑囚は倒れて、その上を転がり廻った。少しの間その動作を繰り返した後静かになり、やがて動きが止まった。

「彼は死んだのかね」

「いえ、やはり寝ています。あれの素材に睡眠を誘導する物質は含まれていないのにかかわらずです」

 その後も所長は所員に研究の結果の説明を受けた。映像が終わった。

「先生達には相談したかね」

「はい。何も成果ははありませんでした」

 極地へ人類が脱出する際に問題になった物に宗教がある。人の遺体さえ食料として使用し、争いをする余裕がない人類には、いままでの宗教は持って行けなかった。そのため一旦宗教を捨てた。その宗教の代表者を十人選び、これからの人類にふさわしい宗教を考え出すことにした。その代表者は先生達と呼ばれた。千年経って先生達が代替わりしても、その検討は続いてなかなか収まらないが、それでも宗教による表だった争いは起きていない。

「じつは死刑囚ではらちがあきませんので」

「もしかして」

「はい、自ら試してみました」

 所長は目を見張った。古代の遺物の調査は危険が伴うが、このような情熱的で危険を顧みない者が、成果を出していた。所長は所員を誇りに思った。

「私だけではありません。所員二十人が志願しました」

「結果はどうだった」

「ある種の遺伝子と現象の相関が高い事が判りました」

「それは何だね」

「腸内細菌の遺伝子で、ある種の繊維の分解・消化に関わるものです」

 所長は首をひねった。遺伝子の解析には膨大な計算リソースが必要だ。要するに電力が必要になる。その為、あまり解析は出来ないのだ。しかもこの物は食べ物では無い。関係があるとは思えない。

「百聞は一見にしかずだな。私も見よう」

「では、こちらへどうぞ」

 所員は所長を研究室の奥に案内した。そこは厳重に管理され、たどり着くには何重もの機密ドアを通り抜ける必要があった。そのためその白い部屋にたどり着くまで十分以上かかった。

「これが最後のドアです」

 そう言われ所長でさえ緊張してつばを飲み込む。やがてドアが開いた。所員に続いて所長は白い部屋に入った。部屋の中央にそれはあった。見たところは緑色の塊だ。危険そうには見えない。だが何か良いにおいがする。しばらく所長はそれを見ていたが、横で音がしたのに気がついた。そちらを見ると所員が白衣を脱ぎ始めていた。

「どうしたのかね」

「もうたまらん」

 所員は白衣だけではなく上着もズボンも脱ぎ始めた。唖然としている所長を尻目に、所員はそれの上に乗ると寝転がった。





所員はゴロゴロと転がり続けた。









気持ちよさそうに、真新しい畳の上で。





終わり

 

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