めまい
最近年齢のせいか時々めまいがする。どんな時にとは言えないが、気がつくと視界がずれていたり、体が傾いているような気がする。私はこの歳で独身で気ままな一人暮らしをしている。親戚縁者もいない。適当にフラフラと生きてきた。まあ、今までの生活を顧みれば不摂生極まりない。仕事も半導体の設計などと言うやたら細かい事をしている。それに生まれつき耳が弱くたびたび外耳炎に罹ったりする。そんな訳でめまいも起きてくるだろう。とはいえ、あまりめまいが続くとそれはそれで困るので病院に行った。
近所の耳鼻科は結構混んでいた。花粉症やらめまいやら、耳鼻科も最近は忙しいのだろう。ずいぶん前に引っ越した後、耳鼻科にはお世話になっていない。そんなわけでこの病院に初めて訪れた。受付で保険証を出して診察券を作ってもらい待合室でのんびり待った。一時間ほど待ったところで、番号で呼ばれた。最近は個人情報の保護で病院も大変だ。診察室に入ると自分と同年代の医師が待っていた。耳や鼻を診るためのいろいろな機械が付いている椅子に私が座ると早速診察が始まった。
まずは問診でいろいろ聞かれた。熱は無いか、喉は痛くないかなど風邪の症状は無いか、左右の耳の聞こえ方に差は無いか、などなど。それらの問診が終わると今度は検査だ。まずは医師が目、鼻、耳を調べていく。じょうろのような器具を耳に突っ込まれたり、鼻を広げる器具を突っ込まれたりした。とりあえず炎症などは認められないそうだ。次はめまい自体の検査だ。まずは医師が顔の前で指を立てて左右に動かすのを目で追った。次は目を瞑って立って、ちょっと動いて身体の動きの観察だ。次は無音室での聴力検査と忙しい。ヘッドホンを被ってどこまで小さい音が聞こえるか確認だ。いろいろな音で調べて貰ったが聴力は問題ないそうだ。高音と低音が聞こえにくくなっているが、歳相応らしい。次は変な眼鏡みたいな物を被って首を動かし眼球の揺れを診てくれた。その後は機械を使っていろいろな検査が続いた。
診察の結果は異常なしだ。最近はこのような原因不明なめまいが増えているらしい。ただ、めまいは原因不明の場合も多いが、脳の病気などの可能性もあるので大学病院を紹介してくれた。結構近所だったので早速その日の午後大学病院に行った。大分待たされたが私の診察の番になった。偶然だが担当医が高校の同級生で、問診と言うより、今の暮らしなどの世間話に成ってしまった。もっともめまいは生活習慣からくる事も多いので無駄話ではないそうだ。近所の医者からの紹介状に検査した結果は書いてあったらしく、直ぐにMRIなどの脳関係の検査となった。検査の後二時間ほど待つと結果が出たので、また同級生が説明してくれた。脳に特に問題点はないそうだ。結局今日の収穫は週末にその同級生と呑む事が決まったぐらいだった。
土曜日の夕方に待ち合わせの新宿の飲み屋の前に行くと、そこは相変わらずごみごみとしていた。私が店に着いて直ぐに同級生も現れた。個人経営のその飲み屋は早い時間帯の為か席は空いていた。席に着くと積もる話は置いておいてまず乾杯だ。生ビールをジョッキで頼む。二人で立て続けにジョッキを空けた後、料理を注文しやっと一息つき話し始めた。仕事はどうだなど、話はいろいろある。時間経過とともに空ジョッキが増えていく。そのうち健康の話となった。同級生曰く、最近はやたらめまいで病院に来る患者が多く、耳鼻科はてんてこ舞いとのことだ。大学病院だけでなく一般の開業医の耳鼻科も同じだそうだ。スマフォやパソコンの影響かもと言っていたが原因は不明らしい。まあ、どうせ目が回るのなら酒の方がいいと、二人でジョッキを重ねた。おかげで夕方早く飲み始めたのに帰りは終電に成ってしまった。
翌日はおかげで起きたのが昼頃になった。立ち上がると、早速めまいが襲ってきた。断続的にめまいが起き座り込んでしまった。十分ほど経つと収まった。まあ前日の深酒が問題だなと思い、その日は水をいっぱい取ってだらだらとしていた。めまいは続いたがビデオを見るぐらいは問題は無い。カウチポテトとは古い言葉だがそんな風に過ごした。
次の月曜日、出勤すると実験室に直行した。顧客から不良品がいくつか戻ってきており、重量や形状を測定する必要があるからだ。届いた部品の外形をノギスで測っていく。秤で重さも量る。
「あれ」
部品の重さが安定しない。秤は電子式で、重さが安定すると値が表示される。やたら表示に時間がかかるし、エラーさえもでる。何回か試したが変わらない。悪い事は重なる物で、めまいもしてきた。仕方が無いので少し休んだ。椅子にもたれかかり辺りを見渡した。
「ん」
少し離れた所で同じように計測していた同僚も椅子に座り込んでいた。
「もしかしてめまいですか?」
同僚はやはりこちらを向いた。
「私もめまいです」
「そうですか、最近めまいの人多いですよね」
そこから、健康談議となった。最近同僚もめまいが続くそうだ。同僚は病院には行っていないが、似たような症状だそうだ。しばらくすると二人ともめまいが治まったので、業務を再開した。今度は秤も安定し始めたので仕事がはかどった。
翌日は酷かった。寝床で眼を覚まして身を起こすとすぐさまめまいがした。少しじっとしてから携帯で時間を見ようとしたが、携帯の調子も悪いようだ。電波を掴んでくれない。WIFIも繋がらない。大体において、部屋の電気がついていない。スマートスピーカーで時間になったら電灯が点くように設定してあるのだが、なぜか暗いままだ。
「電灯をつけろ」
スマートスピーカーも絶不調だ。返答が来ない。ビデオの時計の表示もおかしい。もしかしたら停電でも夜中にあったのかもしれない。私はのろのろと身を起こすと、手動で電灯を付けた。こんな時のためにと言うほどでは無いが、機械は壊れる物なので、手動でも使えるようにしてある。電灯は点いたのだが、微妙にちらつく。電灯にもダメージがあるとなると、停電というより落雷で過電圧でも起きたのかもしれない。ため息をつくとのろのろと着替え始めた。
今日は元々在宅で書類を仕上げるつもりだったので、まずは朝飯だ。ただ朝飯を作る気がせず、店で何かを買ってくる事にした。ラフな格好のまま、家の外へ出る。この辺りは住宅街で余り商店が無くコンビニ弁当になってしまうのは仕方が無い。
「ありゃ」
何か変だなと思ったら、街の音があまりしない。住宅街とはいえ、少し歩けば太い幹線道路がある。そこの車の音が聞こえてくるのだが、それがしない。車だけでは無い。よく耳を澄ましてみると物音はするのだが、町の音自体が何かおかしい。何か調子がずれた音だ。エンジン音はしないが、スターターの音はやたら聞こえる。ただ、その音が何かリズムがおかしい。途切れ途切れだ。
それに人の声や生き物の鳴き声は微かに響いてくるのだが、何か困っているような感じだ。どうしようかと考えているとマンションの住人が出てきた。
「あっどうも」
「どうも」
同じ階の住民で顔見知りだ。
「なんか変ですよね」
「ええ。停電していないのに家電全滅です」
「うちもですよ」
話してみたが同じ様な状況に陥ったらしい。しばらく話していると他の住人達もマンションを出てきた。やはり皆状況は同じ様だ。ともかく会社に行ってみる事にした。情報も入るだろう。
交通機関もほとんど止まっていたので自転車で会社まで行った。途中なんどもめまいがしたが踏ん張ってどうにか着いた。元々我が家はオフィスに近いマンションだったので時々自転車通勤をしていた。そのためルートが判っていたのは助かった。会社といっても工業地帯にあるわけではない。昔は工業地帯だったのだが、複数の路線に挟まれていて、東京駅まで乗り換え無しで行けるという利便性もあり付近の再開発が行われた。工場はどんどん高層マンションや複合商業施設になった。その一角に私の会社はぽつんと残っている。普段入口は電動のゲートでIDカード内のRFタグを読み取って自動的に開くのだが、今日は上手く動いていないようだ。警備員がいちいちIDカードを見て確認している。社屋に入ったが中は薄暗かった。薄暗いと言うより明かりが安定しない。まるでお化け屋敷だ。エレベーターも止まっているので五階の自分の部屋まで行くのも一苦労だった。
自分の課は十一人いるが今ここにいるのは三人だけだ。この付近に住んでいる者だけ出社している。徒歩で来たらしい。私が一番遠距離から来たようだ。同僚に聞いたところやはりみな同じようなめにあっているようだ。とりあえず自分の机まで来てパソコンを起動しようとしたが、まったく動かない。IT部門に相談したいが内線も繋がらない。そこで朝から情報が入手出来ていないのに気がついた。電化製品が動いていない。まず工場のIT部門に徒歩で向かった。同じ階にあるのは幸いだ。ただ収穫は無かった。IT部門もお手上げ状態らしい。工場には研究部門があるので、そこに行って聞いてみることにした。まためまいがしたが我慢して階段を降りていく。
「よお」
「よくこれたな」
研究部門にいる知り合いも歩いてきたらしい。いろいろ話してみたところこれが世界的な現象らしいとわかった。こんな時のためという訳ではないが知り合いは極古いトランジスタラジオを研究室に持ち込んでいた。最先端の機器に囲まれているとそういう物も視線の中に置いておきたいそうだ。とりあえずスイッチを入れたが、AM、FM、短波、超短波のどれも受信できない。一応スピーカーから雑音はするので、ラジオ自体は動いているらしい。ただその雑音も安定しない。何も電波が飛んでいないのも問題だが、電波がないのにノイズが不安定なのも気になる。考えてみると全てが不安定だ。
「この雑音ホワイトノイズにしてはなにか不安定じゃないか?」
「そうだな。かと言って測定器が不安定なんでそれもはかれない。ただ、特定のノイズ源の影響って感じでもないな」
同僚は肩をすくめた。言われてみると確かにそうだ。その時若手社員が息を切らせつつ伝令に来た。総務部に今年入った新人で体力が余っているのでその役が回ってきたらしい。本日は自由出勤で有給扱いだが、出来るだけ動かず家か会社にいて欲しいとの事だ。電話もネットもパソコンも使えない今仕事にも成らないし、自宅に帰って本でも読む事にした。
自転車で帰る途中、母校の大学に行こうと思い立った。国立の単科の理系の大学だ。在学中は三十分かけて自転車で行ったものだ。キャンパスに着くと人がいっぱいいた。こんな不思議な現象が起きると解明したくなる連中だらけなのだろう。みな生き生きしている。私のいた研究室は有機化学が専門だが、まずはそこに行く事にした。私が在学中にお世話になっていた、教授、准教授はもう引退していないが、そのころ助手だった先生が教授になっている。
「お久しぶりです」
「久しぶりだね、卒業して何年になるかね」
世間話を少しして本題に入った。
「ところで、今回の異変ですけど、何かおわかりですか?」
「これか」
何か引っかかる言い方だ。
「ご存じなんですか」
「まだはっきりとした事は判らんのだが、糸口らしき物をうちの修士生がみつけたんだよ」
「うちですか、化学の研究室で?どちらかというと物理系のような気が」
「実はね」
教授は説明してくれた。昨日の深夜、一人の学生が実験をしていたそうだ。午前一時頃、急に停電し実験が失敗したらしい。頭にきた学生は意地でも実験をしてやろうと、アルコールバーナーの芯に金属塩を塗してランプにして、古い天秤秤を出してきて実験を再開した。そこで薬品の重量を量ったのだが、どうやっても安定しない。天秤を取り替えても安定しない。何台か試すうちに、天秤の動きが妙に同期することが判った。それもある一点に天秤が引き寄せられるような動きだ。
「私は知っての通り直ぐ近くの大学の寮に住んでいるだろう。夜中の三時にたたき起こされたよ」
「何かが起きたんですね」
「それか、閾値を超えたか。ともかく話を聞いてピンときた、何か面白い事が起きてるんじゃ無いかってね」
教授は嬉しそうに話した。学者というのはそんな物なのだろう。元々工学を目指してエンジニアに成りたかった私とは少し違う。
「私の部屋の隣の隣は物性物理の教授も住んでいるだろ。彼と話したのだが物理定数が変化してるんじゃないかって言うんだ」
「物理定数ですか?」
光速やプランク定数が変化したら大変だ。世の中がひっくり返る。違う。世の中が消える。
「いま、物性物理の連中は機械式の光速測定器やねじり秤などを持ち出して、大騒ぎしているよ。言い忘れたが他言は無用だよ。他学でも気づいたかも知れないが解明は我が校が一番乗りと行きたいからね」
「はい」
教授室は静かになった。物理定数が変化などこの宇宙の終わりか、ビックバン以前でも無ければ起こらないはずだ。
「でも、この世の終わりって気もします」
「まあ、何とかなるさ」
教授は明るく笑った。楽天的で無いと教授は務まらないのだろう。
「ま、そうですね」
「そうだね、ん?」
教授が右上を向いた。私も目が向いた。教授の髪の毛が引っ張られている。その先には何も無い。私もなんだかそちらに引っ張られるような気がした。
「え、あれ」
急に教授の頭が歪んだ。歪んだように見えた。髪が一本ちぎれて斜めの方に飛んでいった。そして閃光が辺りを覆い衝撃で意識を失った。
「ここは?」
「病院だよ」
電気の明かりでは無く灯油かなにかの赤っぽい灯りの中、医師が答えてくれた。私がめまいでかかった病院だ。
「私はどうなったんですか?」
「何かの爆発に巻き込まれたようだ。全身火傷だが命に別状は無い」
病室には医師に看護師、面識がかろうじてある物性物理の教授ともう一人、目つきの鋭い男がいた。
「質問、いくつかいいですか?」
目つきが鋭い男が医師に言った。
「少しなら」
「では、失礼」
私の目の前に男が顔を出す。
「私は警視庁の者です、すこし話を伺いたい」
「はい」
「教授はどうなりましたか?行方不明なんです」
「えっと。あ、教授の頭が歪んでその後爆発が起きて」
私は覚えている限りの状況を説明した。
「最後に、教授は核物質について何か言っていませんでしたか?」
「いえ」
「そうですか、お邪魔しました。お大事に」
それだけ言うと刑事は病室を出て行った。
「主治医の先生、二人だけで話したいのですが」
「容体も安定しているのでいいでしょう。何かあったら呼んでください」
医師と看護婦も病室を出て行った。
「先生、何が起きたんですか」
「何から話したら良いものか」
物性物理の教授は、わたしのベッドの脇の椅子に座り込んだ。
「まずは、君の様態だが結構重症だ、全身火傷に軽度の放射線障害」
「放射線障害ですか?」
「それで警視庁が出向いてきたわけだ。小規模の核爆発が起きたのではと疑われている」
「核爆発?」
「ああ、研究室の残骸には放射能があったんだ。きみんとこの教授が怪しい実験、ようは核爆弾の製造でもしてしくじったんじゃないかと、もしくは核物質を使った実験をしくじったか。どちらにしろ核物質は規制対象だからな」
「でも、そんなものなかったですよ。大体そんな核物質の入手なんて困難でしょう」
「そうだな。でも核爆弾より話は深刻かもしれん」
教授は一気に老け込んだような張りの無い声で続けた。
「宇宙の終わりかも知れない」
「宇宙、なんで?」
「宇宙はこれまで、熱平衡に達するか、広がり続けて希釈化して全ての変化が止まるか、それとも爆発的な膨張で全てがばらばらに成るか、再収縮して灼熱化するなどいろいろ考えられていた。でも実は違ったのではないかと思うんだ。宇宙は老化したんじゃないかと思う」
「老化ですか。老化ねえ」
「ああ、物理定数が不安定になり、空間に亀裂やゆがみが出来てそのうち崩壊する。年寄りの皮膚にシミが出来るような感じだ。うちの研究室の実験でも光速が不安定になっているのが観測されている」
「光速がですか、あり得ない」
「まあ、そのあり得ない事が観測されている」
「じゃあの爆発は」
「局所的に重力定数が変動してマイクロブラックホールが出来て、蒸発爆発したのではないかな」
「マイクロブラックホールですか?」
「ああ、ブラックホールが蒸発するって話は知っているかな」
「えっと、車椅子に乗っている物理学者がそんな事を言っていた気がします」
「その通りだね。ともかくブラックホールは少しずつ蒸発して粒子線をだすんだ。そして重量が軽ければ軽いほど質量を粒子線に変えて放出するので、最後は凄い爆発になる」
「え、でもそれなら辺り一面蒸発するんじゃありませんか?だって教授の質量が爆発のエネルギーになったんでしょ。1グラムの質量がエネルギーに変わると広島型原爆の威力と同じって聞いた事がありますよ」
「ブラックホールの蒸発はまだ実際に観測された訳では無い。理論と違うところもあるのだろう」
「そうですか」
何か世界がぐにゃりと曲がる気がした。吐き気がする。
「人類は滅びますね」
「ああ、そうかもしれんな」
次の瞬間、教授が急に上に飛び上がった。私もだ。病室の天井近くの一点に引っ張られていく。私と教授は絶叫をあげた。マイクロブラックホールの潮汐力で頭を歪められ意識を失った。
気がつくと辺りに何も無かった。私は虚空に浮いていた。浮いていたというのも適切ではない。体がない。少なくとも身体感覚は無い。何も見えず何も聞こえず、何も触れていない。私の意識だけがあった。どこなのか何なのか判らない。確か私はブラックホールに飲み込まれたはずだ。
「ここは、ブラックホールの表面かもしれん」
物性物理の教授の声がした。聞こえたと言うより感じた。と言うより脳がくっついている感じだ。そのまま思考が伝わってくる。
「私たちはどうなったんでしょうか?」
「ブラックホールの情報喪失問題という物を知っているかな?」
「何か聞いた事があります。確かブラックホールの蒸発を言っていた物理学者が賭けをしてましたね」
「ブラックホールは蒸発する際に情報量が減ってしまうというパラドックスだ。本来物体の情報と言う物は何らかの形で保存される物だ」
「はあ」
「ようは大食漢が、ステーキを三枚食べた時とホットドック五十個食べた時、テーブルの上は空いた大皿が有るのは変わらないが、大食漢の体調は違うと言うことだ」
「体調イコール情報という訳ですか」
「いかにも。まあその議論の中で、ブラックホールは情報をその表面、事象の地平線に蓄えるという説があるんだ」
「面白い事考えますね」
「私達はブラックホールに吸い込まれた時に表面に情報として蓄えられたのかもしれん」
「でも私は考えていますよ。情報があるだけじゃハードディスクと同じでしょ」
「ブラックホールの表面は演算機能もあるのかもしれん」
「でも演算にはエネルギーがいるでしょ」
「少しずつブラックホールが蒸発すればまかなえる」
「でもブラックホールに吸い込まれた物は時間が止まるって聞いたことがあります」
「それは外から観察した場合だ。吸い込まれた物にとっての時間は流れるのだよ」
私達は議論を続けた。
「先ほどから何か私が薄くなっていくように感じます」
「君の情報が存在する部分が蒸発しているのではないかね」
「これからどうなるのでしょうか」
「わからん。君の所の教授が吸い込まれ爆発した際のエネルギーは予想より小さかった。エネルギーや質量は他の次元や宇宙に流れていっているのかもしれん」
「他の次元でビックバンの種にでもなっているのでしょうか?」
「かもしれん。私も何かどこかへ流れていっている気がする。意識がここからきえ」
突如教授がいなくなった。蒸発しきってしまったのかもしれない。私もどこかに流れていく気がする。意識が消えそうだ。消える寸前、私は最後にジョークを言ってみた。
「光あれ」
おわり
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