冒険者組合の受付。
スロフォノ・メリサからの小包を、ロドウは受け取った。これがメリサからの支援であり、フォケット皇子の居場所を教えるための内容が入っているはずだった。小包を持って、部屋に戻った。
部屋の大半をベッドが閉めている狭苦しい部屋。
「出てきても良いぞ」
そう言うと、マグワナは壁穴の奥からごそごそと這い出てきた。ロドウが外出しているときは、基本的にマグワナは壁穴に隠れていた。
また騎士が押しかけてきたら困るのですよ――というのが、マグワナの弁だった。しかし、まるで自分が、マグワナにたいして不自由な生活を強いているようで、なんだか申し訳ない気持ちだった。
そういう意味でも、マグワナには『爛れ石のダンジョン』に戻ってもらいたかった。あるいはメリサの屋敷で匿ってもらうという選択肢もある。だが、頑としてマグワナはロドウから離れようとはしなかった。
「おかえりなさいなのです。メリサから荷物はとどいていたのです?」
「冒険者組合に、チャント小包がとどけられてたよ」
「郵便制度は、冒険者組合がになってるのですか?」
「帝国も郵便制度はととのえてるがな。冒険者組合でもそのサービスは請け負ってる。冒険者組合は各地に支部があるし、非常にこまやかな連絡網を持ってる」
「手強いのですね」
「ああ。連絡網を持ってることは、どんなことでも基盤になる。戦においてもな」
このアルテイア帝国と、本気で戦争をしかけるならば、魔族たちのあいだにも強固な連絡網を通す必要がある。
「何が入っていたのです?」
と、マグワナがすり寄ってきた。
「今、開けるどころだ」
紙袋のなかには、布袋が入っていた。
布袋を開ける。なかには金貨が3枚入っていた。
「おーっ。金貨が入ってるのですよ。これで明日明後日のヌシさまの食事に困らなくて済むのです」
金貨には不思議な温もりがあった。この輝きを手におさめることは、はじめてのことだった。しかし、これは自分で稼いだ金ではないのだ。メリサからもらった施しなのだと思うと、受け取ることに激しい抵抗をおぼえた。
「貴族の女から、金をゆずってもらって。やってることは、まるでヒモだな」
「卑屈になる必要はないのです。それ相応のものをヌシさまは、メリサにあたえたのですよ」
「オレが?」
「その魔力を」
と、マグワナがロドウの心臓のあたりを、人差し指でやわらかく小突いた。
「魔力をあげたぐらいで、金貨3枚か」
「むしろ、すくないぐらいなのですよ。ヌシさまの魔力は、金に変換できないぐらいの価値があるのです」
世間からつまはじきにされて生きてきたロドウには、卑屈になる癖がついていた。しかし、マグワナの言葉はそんなロドウの心のツボを心得ているかのようだった。針師が凝り固まったところに針を刺すかのようにして、ロドウの心をほぐしてくれるのだった。
「金貨3枚というのは、仮に誰かに見られたりしても、怪訝に思われない程度の金額だからだろうな」
「フォケット・アルテイアについては、何かないのですか」
「まだ。何か入ってるな。これはなんだ」
青白く発光する石だった。
手に取ってみた。
熱くもなければ、冷たくもない。
手の中に簡単におさまってしまう大きさだった。
「それは連絡石なのですよ。遠くの人と会話することができるのです」
と、マグワナもその石を覗きこんだ。
「そんな便利なものがあるのか」
「連絡石は同じ魔力をそそがないと効力を発揮しない、魔族の連絡手段なのです。最近では人間も利用しはじめてるのですよ」
初耳だった。
『これは稀少な鉱石なので、あまり流通していないのですわ。感謝してくださいませ』
と、石の向こうから鼻にかかったような、少女の声が聞こえてきた。
「メリサか」
『ええ。今後はこの石で連絡を取り合いましょう。これなら、皇魔さまも顔を見せずに済むでしょう』
「これは、助かるな」
ちくいち伯爵の屋敷に行かなくても連絡が取りあえるのは、非常に助かる。あまり活発に動くと、都市にいる騎士の連中に疑われかねない。
『手短に説明いたしますわね。今後、スロフォノ伯爵家から、皇魔さまに定期的に金銭的に援助させていただきますわ。スロフォノ・メリサからの荷物を取りに来た――と組合のほうに言ってもらえれば、すぐに受け取れるはずですわ』
「フォケット・アルテイアのほうはどうだ?」
『心配することはありませんわ。フォケット・アルテイアは、すぐ近くまで来ておりますわよ』
「近く?」
反射的に部屋を見渡したが、質素なロドウの部屋があるだけだった。
『今回のマグワナ捜索には、ケリュイア・ドボンという公爵子息が担当していたでしょう。そのドボンが死んだ空枠に、フォケットが入るということですわ』
「マグワナの捜索に、フォケットが……」
その事実に、ロドウは胸の高鳴りをおぼえた。
これはなにかの縁に違いない。腹違いとはいえ、腐っても皇帝の血をわけた兄弟である。追放された出来そこないの皇子がマグワナを匿った。一方で、次期皇帝候補のひとりである皇子は、マグワナの捜索に乗り出したと言うのだ。
マグワナを挟んで、ふたりの皇子が対峙するような構図である。
『しかし、リュチマ・ペニという人物に関しての情報は、手に入れることが出来ませんでしたわ』
「気にするな。フォケットの居場所がわかれば充分だ」
かつての傅役であったペニならば、いまのロドウに対しても協力してくれると思ったのだが、居場所がわからないのであれば仕方がない。素直に諦めることにした。
手で握りこめば、連絡石を切ることが出来るということだった。次につなげるときも、同じ要領だとマグワナが教えてくれた。
「前は前途有望な男爵子息。次は皇子なのですか。ワッチの捜索には、ずいぶんと帝国の大御所が出張ってくるのですね」
「マグワナは魔王の娘だからな。それを討ち取ったのが、帝国の貴族だという事実が欲しいんだろうさ」
アルテイア帝国は、このロト・ワールドにおいて最大の大国である。魔王を討ち取ったイアに勇者の爵位を授与して、帝国に取り込んだ。そしてさらに魔王の娘を討ち取ったとなれば、アルテイア帝国は世界中に正義をしめすことができる。帝国の地盤はゼッタイのものとなる。
「ワッチはモテモテなのですよ」
「男を寄せ付ける顔ではある」
「今の内にワッチにツバをつけとかなくては、別の男のもとに行っちゃうかもしれないのですよ」
と、悪女めいた笑みを向けてきた。
マグワナの内に秘めている妖艶さが、顔をのぞかせていた。
「オレにどうしろと?」
「ヴァレンにも魔力をあたえて、メリサにも魔力をあたえて、ワッチだけおあずけなんて酷いのですよ」
と、口先をとがらせて見せた。
マグワナの白銀色の双眸が妖しく光はじめた。
「なんだ。魔力が欲しいのか。なら、そう言ってくれれば良かったのに」
「ヌシさまの魔力は、ワッチのものなのです」
マグワナがロドウのことを、ベッドに引きずりこんできた。金貨が手に入り、フォケットの所在もわかった。ロドウの心にあった陰りが晴れていた。そのせいか、マグワナの誘いにも断る気持ちはなかった。
ロドウのうえに馬乗りになったマグワナが、ロドウのウナジに甘くあまぁく噛みついてきた。ウナジにマグワナの歯のあたる感触があった。そしてロドウの胸元で、マグワナのつつましい乳房がやわらかく潰れている感触があった。
(オレの魔力は、いったいどれほどのものなんだろうか?)
スキル≪貯蔵≫。
魔力を貯めにためこんできた。
インプットばかりで、アウトプットを知らずに、粗雑なスキルだという扱いを受けてきた。
ゴミだと思っていたものが、輝きを放っている。
その輝度は、ロドウにもわからない。
いや。
自分の魔力を吸うことが出来ないからこそ、ロドウ自身がイチバンわからないのだ。
マグワナのカラダが、ロドウの腹のうえで痙攣していた。法悦による痙攣にちがいなかった。マグワナは今、きっとあの顔をしていることだろう。淫らな女の顔である。猥雑な雰囲気は充分にただよっていた。だが、ロドウには性的にかきたてられることなど、ひとつもなかった。
傍から見たときに、これがいったいどういう光景に見えるのか、想像してみた。ひとりの男が、ひとりの女に捕食されている。きっとそう見えるはずだ。
それは淫靡というよりも、グロデスクにほかならなかった。
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