(仕方あるまい)
マグワナに殺されてやるつもりなんか、イアにはこれっぽっちもなかった。イアの事を押していたマグワナの怪力が弱まってきた。その機をみはからって、イアはマグワナのことをいっきに押し返した。
マグワナが後ろによろめいた。おかげでイアは態勢を立て直すことができた。石畳の地面を蹴り上げて、跳ね起きた。
ロングソードの切っ先を、マグワナに向けた。
「不思議に思っているだろう。押していたはずなのに、貴様のほうが疲れているのだからな」
マグワナの頭部から生えている白蛇が、萎れるように垂れていた。その白蛇のあいまから出しているマグワナの顔。ワニのような顔にも、疲労が見受けられた。
「ワッチにいったい何をしたのです」
マグワナは立つのもやっとという様相だった。
「このロト・ワールドという世界の者は、必ず≪スキル≫という能力をもって生まれてくる」
6歳のときに、そのスキルについての鑑定が、教会で行われることになる。イアのスキルは「吸収」と言われるものだった。S級のスキルである。他人の魔力を吸って、自分のチカラに変換することができるのだ。ただし、吸う相手とは接触していなければならない。
「まるで魔族のようなスキルなのですね」
「そうだ。だから私は自分のチカラを嫌悪して、なるべく使わないようにしていたのだ。貴様ら魔族といっしょになりたくはないからな」
魔族のようなチカラも厭だったが、魔族の魔力を吸うのも厭だった。汚らしいものをカラダに取り入れる。それはまるで、泥水をすするような気分だった。魔王との戦いでさえ使わないようにしていたぐらいだ。
「ワッチの魔力を……」
「そうだ。私のチカラに変換させてもらった。もう動くことも難しいだろう」
魔力は、生命エネルギーだ。
それは魔族にとっても、人間にとっても同じこと。
吸い取られれば、絶命する。
赤く染められていた夜は、いつの間にかいつも通りの黒々とした色を取り戻していた。フォケットの率いる騎士による消火活動のおかげだろう。
炎が燃え上がる音も、人々の悲鳴も、消火活動にあたっている騎士たちの声も聞こえてなかった。
月明かりがマグワナの最期を看取るようにして光をさしていた。もうほとんど魔力が残されていないはずだが、マグワナは起き上がろうとしていた。ついに怪物の姿でいることも出来なくなったようだ。マグワナは小柄な少女の姿へと戻った。
「終わりだ」
マグワナに「呪縛」の魔法をかけて拘束することにした。マグワナの周囲に青白い魔法陣が発生する。鉄の鎖が、マグワナの手足をからめとった。マグワナは跳ねるようにして抵抗を見せたが、逃れることはできなかった。その場に倒れこんだ。
マグワナの可憐な姿は、憐憫を誘った。そんな気持ちを抱いてしまった自分が、腹立たしかった。マグワナはそうやって外面で、人間を騙し欺いているのだ。姑息なヤツだと思った。
「醜悪な魔族のくせに、そんな姿をしやがって」
倒れているマグワナの横っ腹を、腹立ち紛れに蹴りつけた。マグワナからくぐもった声が漏れた。
これまで何人もの人間の魔力を吸い殺している凶悪な魔族だ。なのに、少女の姿になって被害者面をする。はたから見たときには、まるでイアが加害者か何かのように見えるはずだ。それもマグワナの風貌のなせる技であり、卑怯な手口だと感じた。
「やったようだな」
と、まるで戦いを見ていたかのように、タイミング良くフォケットが、護衛の騎士に囲まれてやって来た。
「すこし手こずりましたが、たいした相手ではありませんでした」
と、イアは見栄を張った。
フォケットにたいして言ったのではなくて、倒れているマグワナに聞こえるように言ったのだった。
「生かしておくか? ここで殺してしまったほうが良いのではないか?」
と、フォケットは縛られているマグワナに近づかないようにしつつも、マグワナを覗き込むようにして言った。
「私もそうしてしまいたいのですが……」
被害者面をする、凶悪な魔族だ。
見ているだけで不快感がつのる。
ここで殺してしまいたかった。
そうすれば、またひとつ勇者の株があがる。そしてマグワナ捜索隊を率いているフォケット皇子の――ひいてはアルテイア帝国の株があがる。なにより、イアの復讐心を満足させてくれる。
「ですが、どうした?」
「ここでマグワナを殺してしまっては、糸口を失ってしまうことになります。マグワナに魔力をあたえた人物について、吐かさなくてはなりません」
「では、拷問か」
「ええ。そうするのがよろしいかと」
「この姿なら、性欲処理に使っても良いが、あんな怪物の姿を見たあとでは、そんな気分にもならんな」
フォケットはマグワナの髪をつかみあげて、その顔を見つめていた。だが、嫌悪感をあらわにして、投げ捨てるようにした。マグワナの顔が石畳の床に叩き付けられることになった。
フォケットにはいまひとつ頼りないものがあったが、魔族にたいして冷徹な点は、イアは好感を持っていた。
「拷問は、拷問官ではなくて、私が行うことは可能でしょうか?」
「それは構わんが、相手が魔族とはいえ、良い仕事とは言えんぞ」
「私ならば、魔族にたいして冷徹になれます。こんな姿をしていてば、拷問官も手をゆるめてしまうでしょうから」
「そうかもしれんな。マグワナの身柄は、城に移送するとしよう」
フォケットはそう言うと、視線をあげた。フォケットの見ている方向に、イアも視線を投げてみた。
夜の闇のなかに、都市テンペストの城塞の姿が見えた。まるで空を貫く槍を、いくつもの束ねたように城塔がそびえ立っている。
「厳重に移送してください。もしかすると、途中で助けようとする者が出てくるかもしれません」
「そうだな。セッカク魔王の娘を捕えたのだ。万が一にも、逃げられないようにしなくてはな」
「はい」
と、イアは強くうなずいた。
(それにしても……)
マグワナから吸い取った魔力を、イアは全身で感じていた。何でもできるような万能感につつまれていた。その魔力の強大さを身を持って知った。
しかし厭な魔力だった。
他人の魔力を吸ったとき、その魔力の質感を感じることがある。食べ物の味のようなものだ。憎悪。妬み。嫉み。卑屈。マグワナから吸った魔力は、そういった負の感情に凝り固まっていた。その負のチカラが、この強大な魔力の根源であるように感じた。
いっこくも早く、吐き捨てなければカラダが蝕まれてしまいそうだった。蝕まれるどころか、この暴れ馬のような魔力に、自分の存在そのものを食い殺されてしまう気すらした。
マグワナが破壊した都市の修復に、体内で暴れるその魔力を使いきることにした。
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