天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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2-1》誘い

公開日時: 2020年12月10日(木) 06:37
文字数:2,418

 少女は、マグワナ、と名乗った。ロドウもフェレンツェのほうの名を名乗った。アルテイアのほうは名乗ると危険ですらあった。



「大事なことを訊き忘れていたんだが」



「なんでしょうか、ヌシさま」



 マグワナはスッカリ元気になっており、ベッドの上で正座をしていた。ロドウが普段使っている枕を抱いていた。



 自分の汗の臭いがついていそうで、やめて欲しかった。だが、口に出してしまうと、枕の臭いを気にしているのがバレるので、注意することもできなかった。くさいのなら、マグワナも自然と手放すだろうとかんがえた。



「その傷はいったい誰から受けたんだ? ヤッパリここの騎士団か?」



「いえ。この傷は、勇者から受けたものなのです」



「勇者だって?」



「つい数ヶ月ほどまえ、魔族の王である魔王さまが、勇者によって討ち滅ぼされました」



「ああ。魔王を討った功績として、『勇者』という爵位が皇帝陛下より、イア・フェルタインに授与されたはずだ」



「ご存知なのですか?」



「顔は知らん。名前は有名だからな。『金彗星のイア』という二つ名を持つSランク冒険者だ。冒険者は誰も最初はFランクからはじめるが、イアはまさしく彗星のような勢いでSランクに上り詰めた」



 才能に恵まれた戦士だったのだろう。



 勇者、という爵位の仔細はわからないが、おそらく優れた戦士として、帝国に組み込まれたのだろう。名の売れた冒険者が、国使いの騎士になることは、めずらしい話ではなかった。特にチカラある大国は、優れた戦士を引き抜こうと躍起になっている。



 勇者のことは、ロドウからしてみれば、雲の上の話だ。魔王が倒されたという話も小耳にははさんでいた。が、自分とは関係のない話だと思っていた。



「私はそこから死力を尽くして逃げていたのですが、さきほど、ついに勇者に切り伏せられてしまいました」



「そして息も絶えだえになって倒れていたところを、オレが拾った――ということだな」



「言葉では言い表せないほど、ヌシさまには感謝しているのです」

 と、マグワナは枕を抱いたまま、ぺこりと頭を下げた。

 長い銀色の髪がはらりと垂れ下がった。魔法によって、濡れそぼっていたはずの髪は、スッカリ乾いていた。



「感謝してくれるのは良いんだが、いまの話でチョット気になることがある」



「なんでしょう?」

 と、マグワナは小首をかしげた。



「勇者に追われるなんて、マグワナはいったい何者だ?」



「ワッチは、魔王の娘なのです」



「ま、魔王の娘だと……」



 丸太のサイドテーブルから、あやうく転がり落ちそうになった。最初はただの少女だと思っていたのが、実は魔族だった。それが魔王の娘だと言う。めくるめくばかりの驚きに、頭をかかえてしまった。



「も、申し訳ないのです。ワッチはヌシさまを困らせてしまいましたか?」

 と、マグワナは泣きそうな顔になっていた。



「いや。べつにマグワナが悪いわけじゃない」



 強いて言うならば、拾ってしまったロドウに責任がある。魔王の娘だとわかっていたならば、自分はマグワナを拾っただろうか? 



 もう過ぎたことだ。その時になってみないと、わからないことだった。いや。拾っていただろう、という確信があった。



 自分がいまだに皇族で、金や才能に恵まれていたのなら、魔王の娘なんか拾いはしなかっただろう、とも思った。



「ワッチは、父……つまり、魔王を殺した勇者に復讐したいと思っているのです」



「復讐か。その気持ちはわからなくはない。だが、勝つだけのチカラがないのなら、止めたほうが良いだろうな」



 ロドウだって、復讐の炎を宿す者だった。母を殺されて、皇族を追放され、それで平和な気持ちで生きていけるほど鈍感ではないのだ。



 母が処刑されたところを、ロドウは見ている。いまでもその情景が、網膜に焼き付いている。その情景が、ロドウの心のなかに憤怒をあたえるのだが、どう仕様もないことだった。剣1本で、国に刃向うことなど出来るはずもない。



「ワッチには勇者に勝つ自信があるのです」



「その傷を受けてもか?」



「そのときは、ワッチの魔力が弱まっていたのです。でも、いまなら勝てるのです。ヌシさまがいれば……」



 そう言ったマグワナの上目使いには、実に申し訳なさそうな、すがるような光があった。



「どうしてオレの話になる」



「魔族は、吸った魔力の分だけ強くなります。とくにヌシさまの魔力は、亡き魔王さまよりも強大。その魔力があれば、ワッチは勇者に勝つことができます」



強化魔法エンハンスみたいなことか」



 魔術師たちは、仲間の肉体や魔力を強化する技を使う。ロドウの魔力を吸った魔族には、それと同じような影響を受けると言っているのだろう。



「はい」

 と、マグワナはチカラ強くうなずいた。



「じゃあ、オレにどうしろと言うんだ?」


 すこし間があった。

 マグワナが何か大きな意味のある発言をしようとしていると、伝わってくるものがあった。いったいどんな言葉が、その可憐な唇から飛び出そうとしているのか。心を構えて、マグワナの唇を凝視した。



「我ら魔族をひきいる、新たな魔王になっていただきたいのです」



 心構えをしていたが、それでも充分ロドウの衝撃をもたらす言葉であった。ロドウは生唾を飲み込んだ。



「オレが魔王だって? 本気か?」



「冗談ではないのですよ」



 自分の人生のなかにおいて、それはトッピョウシもない提案であるはずだった。魔王になってくれ――だなんて昨日のロドウは想定すらしていなかった質問である。



 この返答しだいでは、自分の人生がおおきく変わる予感があった。追放された皇族が、魔王となる。そして魔族を率いて、この国に復讐をする。悪くない筋書きだ。



 しかし、種族が違う。

 ロドウは人間なのだ。



 魔族に加担するということは、人間の敵になるということ。そしてそれは、復讐への道を一直線に突き進むということを意味していた。



「即答はできない。すこし考えさせてくれ」



「これは、運命の出会いなのです。良い返事を期待しているのです」



 マグワナは抱きしめている枕を、ついに離すことはなかった。

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