都市テンペストの城塞。
テンペストの北方に城塞は構えられている。城塞は外城壁と内城壁の2重に守られている。なかには外郭と主郭とがあった。
外廓には、納屋や穀物個や使用人の住居がある。マグワナが移送されたのは、内郭にある城塔のひとつだった。
石造りの部屋。
窓がないので外の明かりは見えない。
かわりに魔法の照明がつけられている。人の顔ほどの大きさの青白い光の球体が、空中に浮かんでいるのだ。
マグワナは両腕を背中で縛られており、そのまま天井からつるされていた。これは吊り上げと言われる拷問だった。ときおり地面すれすれにまで、急激に落下させる。それによって全身が脱臼する。人間なら、だいたい3回おこなえば失神なり絶命する。
「人間とは醜悪な生き物なのですよ。こうやって、殺さずに痛めつける技術に長けている」
マグワナが辛そうな声で言った。
「アルテイア帝国法では、捕虜にたいする拷問は禁止されている。しかし、魔族にたいしては別だ」
「ワッチをいくら拷問してもムダなのですよ」
滑車をゆるめる。
マグワナのカラダが勢いよく床に落下してくる。床に衝突すれば肉片となり、散ってゆくことだろう。ギリギリで止める。
マグワナの表情が苦悶にゆがんでいた。
イアのなかに罪悪感が芽生えそうになる。しかし、それはマグワナの思うツボだ。本性は、醜悪なバケモノなのだ。
「貴様をかくまっていた人物について、吐いてもらおうか」
「ワッチが、あの御方の情報を吐くとでも思っているのですか」
「さっさと吐けば楽になれる。吐かねば、永遠の苦しみがつづくだけだ。私は癒術も使えるのだ」
死にかけたら、癒術で癒す。
それが拷問の基本だ。
「あの御方への、ワッチの忠誠心を示すことが出来るのならば、ワッチは本望なのですよ」
「誰のことを言っているのかは知らんが、助けは期待しないことだな。ここはテンペスト城塞の中だ。そうやすやすと他者の侵入を許すものではない」
「いひひひっ……」
と、マグワナは不気味に笑った。
石造りの室内には、その笑い声が幾重にも反響して聞こえた。
「何がオカシイ。気でもふれたか」
「あの御方は、ワッチを助けには来ないのですよ。ワッチのことは切り捨てるように、頼んであるのです」
「なに?」
「ワッチのことを拷問するのは、貴様だろうと思っていたのですよ。貴様をここに釘づけにしておけば、あの御方はずっと動きやすくなるのです。そのあいだに、6魔将を束ねてくれれば良い」
6魔将――。
6匹の魔王の臣下たちだ。
6魔将と言われる者たちが、尋常ならざるチカラを持っていることは、イアも知っている。たとえばあの『爛れ石のダンジョン』にいたサキュバス・クィーンもそうだ。人を誑かせるチカラは、バカにはできない。
「貴様。自分がなにを言っているのか、わかっているのか。散り散りになっている6魔将を束ねるのに、どれほどの時間がかかると思っている。下手をすれば、10年はかかる。そのあいだずっと私を、ここに釘づけにするつもりか」
「その覚悟なのですよ。ワッチが貴様を殺せていれば、それがイチバン良かったのですが、それはもはや叶わぬこと」
「たいした根性じゃないか」
もう一度、マグワナのカラダを吊り上げて、いっきに地面すれすれまで叩き落とした。マグワナの表情がふたたび苦痛にゆがんだ。
しかし、もしやその表情は演技なのではないか、と思えてきた。この拷問方法は人間には効果があるのだが、魔族にたいして、どれほどの効果を発揮するのかは定かではない。
なにせ、本性は頭から白い蛇を生やしているワニである。そしてなにより、マグワナは人を欺き騙すことに長けている。
(とはいえ……)
あまり痛みを強くすると、死んでしまうかもしれない。さじ加減がむずかしい。
「これもまた戦いなのですよ」
「なに?」
「ワッチは、ワッチの姿は人間にどう見えているのか熟知しているのです。ワッチを痛めつけることに、貴様の精神も疲弊する。ワッチが狂うより、貴様が先に狂うのですよ」
「タワゴトを……」
あまり強く言い返せなかったのは、マグワナの言葉が的を射ていたからだ。みずから進み出たことだが、こういう仕事も自分に向いているとは思えなかった。魔族と関わってからというものの、厭な仕事ばっかりやっている気がする。
父を魔族に殺された。故郷ンッアピアルを破壊された。その復讐心が、イアを冷徹にしてくれるはずだった。しかし、マグワナの人間の少女の姿が、イアを怯ませる。
「拷問は、人の精神を削る。これから夜が長くなることを覚悟したほうが良いのですよ」
まるでマグワナが主導権を握っているかのような物言いだった。
マグワナのことを縄で吊り下げたまま、イアはその部屋から出ることにした。べつにマグワナに付きっ切りでなくとも、拷問はできる。縄で吊り下げたままでも効果はあるはずだし、べつの拷問官に代わっても良いのだ。
「マグワナは何か吐いたか?」
拷問部屋の外。
石造りの通路。
フォケットが待っていた。
「いえ。たいした情報は吐きませんでした。重要な情報を引き出すには時間がかかるかと思います」
「正体がバケモノとはわかっているが、あんな少女の姿をされていると、さすがに胸が痛むな」
と、フォケットが眉をしかめた。
「要らぬ情です。それよりも、ここ数日のあいだ、都市の周囲を厳重に警戒しておいてください。特に『爛れ石のダンジョン』の動きには注意が必要です」
「あんなダンジョン。軍を動かせばどうにでもなるさ。ダンジョン攻略は、冒険者の仕事だと決められているから、軍が放置しているだけだ」
と、フォケットはゆとりのある笑みを浮かべた。たしかにその通りだ。たいした規模のダンジョンではない。
一度は、退けられたが、今度はイアも攻略できる自信があった。
しかし。
「いえ。そうではなくて、おそらくマグワナを取り返しに、魔族どもが動き出すはずです。戦争の準備に取り掛かったほうが良いか、と」
イアがそう言うと、フォケットの笑顔が消えた。
「魔族どもが、ここに攻めてくるということか」
「はい。マグワナをかくまっていた者が、誰かはわかりません。ですが、強大な魔力をもった者が動き出すはずです」
何か――。
釣り竿を垂らした下で、巨大な魚影が動くような気配を、イアは何度も感じている。その釣り針に今度はマグワナを仕掛けてあるという構図だ。何かが――きっと、食いついてくるはずだ。
「いいだろう。魔族どもが来るならば、返り討ちにしてくれる。これでまたオレはまた一歩、皇帝に近づくというわけだ」
拷問部屋からは、マグワナの不気味な笑い声が追いかけてきた。
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