天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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6-4》拷問

公開日時: 2020年12月12日(土) 12:40
更新日時: 2020年12月12日(土) 12:41
文字数:2,667

 都市テンペストの城塞。



 テンペストの北方に城塞は構えられている。城塞は外城壁と内城壁の2重に守られている。なかには外郭と主郭とがあった。



 外廓には、納屋や穀物個や使用人の住居がある。マグワナが移送されたのは、内郭にある城塔のひとつだった。



 石造りの部屋。



 窓がないので外の明かりは見えない。

 かわりに魔法の照明がつけられている。人の顔ほどの大きさの青白い光の球体が、空中に浮かんでいるのだ。



 マグワナは両腕を背中で縛られており、そのまま天井からつるされていた。これは吊り上げと言われる拷問だった。ときおり地面すれすれにまで、急激に落下させる。それによって全身が脱臼する。人間なら、だいたい3回おこなえば失神なり絶命する。



「人間とは醜悪な生き物なのですよ。こうやって、殺さずに痛めつける技術に長けている」

 マグワナが辛そうな声で言った。



「アルテイア帝国法では、捕虜にたいする拷問は禁止されている。しかし、魔族にたいしては別だ」



「ワッチをいくら拷問してもムダなのですよ」



 滑車をゆるめる。

 マグワナのカラダが勢いよく床に落下してくる。床に衝突すれば肉片となり、散ってゆくことだろう。ギリギリで止める。



 マグワナの表情が苦悶にゆがんでいた。




 イアのなかに罪悪感が芽生えそうになる。しかし、それはマグワナの思うツボだ。本性は、醜悪なバケモノなのだ。



「貴様をかくまっていた人物について、吐いてもらおうか」



「ワッチが、あの御方の情報を吐くとでも思っているのですか」



「さっさと吐けば楽になれる。吐かねば、永遠の苦しみがつづくだけだ。私は癒術ヒールも使えるのだ」



 死にかけたら、癒術ヒールで癒す。

 それが拷問の基本だ。



「あの御方への、ワッチの忠誠心を示すことが出来るのならば、ワッチは本望なのですよ」



「誰のことを言っているのかは知らんが、助けは期待しないことだな。ここはテンペスト城塞の中だ。そうやすやすと他者の侵入を許すものではない」



「いひひひっ……」

 と、マグワナは不気味に笑った。

 石造りの室内には、その笑い声が幾重にも反響して聞こえた。



「何がオカシイ。気でもふれたか」



「あの御方は、ワッチを助けには来ないのですよ。ワッチのことは切り捨てるように、頼んであるのです」



「なに?」



「ワッチのことを拷問するのは、貴様だろうと思っていたのですよ。貴様をここに釘づけにしておけば、あの御方はずっと動きやすくなるのです。そのあいだに、6魔将を束ねてくれれば良い」



 6魔将――。

 6匹の魔王の臣下たちだ。



 6魔将と言われる者たちが、尋常ならざるチカラを持っていることは、イアも知っている。たとえばあの『爛れ石のダンジョン』にいたサキュバス・クィーンもそうだ。人を誑かせるチカラは、バカにはできない。



「貴様。自分がなにを言っているのか、わかっているのか。散り散りになっている6魔将を束ねるのに、どれほどの時間がかかると思っている。下手をすれば、10年はかかる。そのあいだずっと私を、ここに釘づけにするつもりか」



「その覚悟なのですよ。ワッチが貴様を殺せていれば、それがイチバン良かったのですが、それはもはや叶わぬこと」



「たいした根性じゃないか」



 もう一度、マグワナのカラダを吊り上げて、いっきに地面すれすれまで叩き落とした。マグワナの表情がふたたび苦痛にゆがんだ。



 しかし、もしやその表情は演技なのではないか、と思えてきた。この拷問方法は人間には効果があるのだが、魔族にたいして、どれほどの効果を発揮するのかは定かではない。



 なにせ、本性は頭から白い蛇を生やしているワニである。そしてなにより、マグワナは人を欺き騙すことに長けている。



(とはいえ……)



 あまり痛みを強くすると、死んでしまうかもしれない。さじ加減がむずかしい。



「これもまた戦いなのですよ」



「なに?」



「ワッチは、ワッチの姿は人間にどう見えているのか熟知しているのです。ワッチを痛めつけることに、貴様の精神も疲弊する。ワッチが狂うより、貴様が先に狂うのですよ」



「タワゴトを……」



 あまり強く言い返せなかったのは、マグワナの言葉が的を射ていたからだ。みずから進み出たことだが、こういう仕事も自分に向いているとは思えなかった。魔族と関わってからというものの、厭な仕事ばっかりやっている気がする。



 父を魔族に殺された。故郷ンッアピアルを破壊された。その復讐心が、イアを冷徹にしてくれるはずだった。しかし、マグワナの人間の少女の姿が、イアを怯ませる。 



「拷問は、人の精神を削る。これから夜が長くなることを覚悟したほうが良いのですよ」



 まるでマグワナが主導権を握っているかのような物言いだった。



 マグワナのことを縄で吊り下げたまま、イアはその部屋から出ることにした。べつにマグワナに付きっ切りでなくとも、拷問はできる。縄で吊り下げたままでも効果はあるはずだし、べつの拷問官に代わっても良いのだ。



「マグワナは何か吐いたか?」



 拷問部屋の外。

 石造りの通路。

 フォケットが待っていた。



「いえ。たいした情報は吐きませんでした。重要な情報を引き出すには時間がかかるかと思います」



「正体がバケモノとはわかっているが、あんな少女の姿をされていると、さすがに胸が痛むな」

 と、フォケットが眉をしかめた。



「要らぬ情です。それよりも、ここ数日のあいだ、都市の周囲を厳重に警戒しておいてください。特に『爛れ石のダンジョン』の動きには注意が必要です」



「あんなダンジョン。軍を動かせばどうにでもなるさ。ダンジョン攻略は、冒険者の仕事だと決められているから、軍が放置しているだけだ」

 と、フォケットはゆとりのある笑みを浮かべた。たしかにその通りだ。たいした規模のダンジョンではない。



 一度は、退けられたが、今度はイアも攻略できる自信があった。



 しかし。



「いえ。そうではなくて、おそらくマグワナを取り返しに、魔族どもが動き出すはずです。戦争の準備に取り掛かったほうが良いか、と」



 イアがそう言うと、フォケットの笑顔が消えた。



「魔族どもが、ここに攻めてくるということか」



「はい。マグワナをかくまっていた者が、誰かはわかりません。ですが、強大な魔力をもった者が動き出すはずです」



 何か――。



 釣り竿を垂らした下で、巨大な魚影が動くような気配を、イアは何度も感じている。その釣り針に今度はマグワナを仕掛けてあるという構図だ。何かが――きっと、食いついてくるはずだ。



「いいだろう。魔族どもが来るならば、返り討ちにしてくれる。これでまたオレはまた一歩、皇帝に近づくというわけだ」



 拷問部屋からは、マグワナの不気味な笑い声が追いかけてきた。

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