天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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5-1》イアの推理

公開日時: 2020年12月11日(金) 11:51
更新日時: 2020年12月11日(金) 16:37
文字数:4,900

 公爵子息のケリュイア・ドボンが死んだことによって、都市テンペストは悲しみにつつまれていた。



 宿の2階。木造の部屋。



 少し大きめの4脚テーブルが5つ。部屋の中央に突き合わせるようにして配置されている。黒板には、白いチョーク文字で調べたことが書きなぐられている。床に散ってある用紙は、マグワナの目撃情報や、その足取りがつづられたものだ。この部屋は、マグワナの捜索本部として使わしてもらっているのだ。



 宿の名残として、部屋の隅にはベッドが2台置かれている。疲れた騎士がときおり、そこで眠っているが今は空である。



 イアは、そんな室内をぐるりと見渡した。床に散ってある用紙をひろいあげて、机上に並べていった。べつに意味はない。散らかっていると気分が落ち着かないのだ。窓を開けて、外の空気をとりこんだ。ドボンはこの部屋で、部下に指示を出していたのだ。個人的に親しかったわけではないが、その主がいないことを思うと切ない気持ちになった。



 宿のウェイトレスがコーヒーを持ってきてくれたので、受け取った。すする。口のなかに苦味がひろがる。



「はぁ」

 と、ため息を吐き落とした。



(あのとき……)



『爛れ石のダンジョン』に入ったとき、イアはドボンを置いて撤退命令を出した。あれ以上戦っていると、被害が大きくなるというイアの判断だった。



 はぐれたとはいえ、ドボンもいるだろうと思った。見当がはずれた。ドボンは魔族の手にとらわれていたのだ。死体はあがっていない。ダンジョンから戻って来ない――という事実が意味することは、ひとつしかなかった。



 自分がもっとシッカリしていれば、ドボンを見失わずに済んだのに――という悔恨の念があった。ドボンが死んでいることは間違いない。せめて楽に死んでいることを願うしかない。魔族に囚われて、拷問などを受けていなければ良い。



「ズズ……」

 コーヒーをすする。

 上唇が焼けるように熱かった。



 すべては油断から生じたことだ。



 あの『爛れ石のダンジョン』は、たやすく攻略できるとかんがえていた。実際、最下層である5階層までは難なくすすむことができたのだ。



 その慢心が、ドボンの死を招いた。



 魔族の抵抗が強くなったのは、途中からだ。

 抵抗が強くなっただけではない。致命傷を負わせたはずの、サキュバス・クィーンの傷まで完治していたのだ。



(私はいったい、誰を相手にしていたのだ?)



 魔族たちの背後に、なにか強大な存在が現われたことは事実であった。イアの直感がその気配を感じ取っていた。垂らした釣竿の下を、なにか得体の知れない巨大なものが、通過していったような感覚であった。しかし、その正体はいっこうに見えないのだ。姿も顔もわからぬ敵は、イアに不気味な印象をあたえた。



 突風が部屋に吹き込んできた。せっかく整えた机上の用紙が、部屋に散ってしまったので、窓は閉めることにした。



「どうぞ、お入りください」



 部屋のトビラ。その向こうに誰かがいる気配があった。なかなか入室して来ない。ウェイトレスか誰かだろうか。もしかすると物取りである可能性もある。飲みかけていたコーヒーを机上に置いた。いちおう護身用に使っているダガーを、いつでも抜けるようにしておいた。



「さすがは勇者イア・フェルタインといったところか。オレが来たことに気付くなんてね」



 そう言いながら入ってきたのは、ブロンドの髪をした青年だった。



「お初にお目にかかります。第3皇子さま」

 と、イアはあわてて頭を下げた。



 フォケット・アルテイア第3皇子。

 マグワナ捜索の総指揮を執っていたのは、ドボンだった。そのドボンの引き継ぎとして、第3皇子のフォケット・アルテイアが来るということは、事前に聞いていた。



「そう硬くなる必要はない。君とは上司と部下という関係ではなくて、同胞でありたいと思っているからね」



「はい」



「オレのことはフォケットと呼んでくれたまえ」



「はぁ、しかし、一国の皇子を呼び捨てにするのも遠慮がありますので、ならばフォケット様と呼ばせていただきます」



「わかったよ。イアくん」

 と、フォケットは微笑んだ。



 フォケットは非常にととのった顔立ちをした男であった。ブロンドの髪にはゆるやかなウェーブがかかっている。青く澄んだ瞳は、まるで仔犬のような愛らしさがあった。口元には気品が帯びており、いかにも皇族といった雰囲気をやどしていた。見ようによっては女性に見えるぐらいだ。



 悪い点をあげるとするならば、男性らしい猛々しさが激しさといったものが、見受けられないところだ。



(キレイな御方だ……)

 と、その男とは思えぬ美貌に、イアは見惚れた。その気持ちの底には、別の人物の顔を彷彿とさせられた。



 ロドウ・フェレンツェ。



 マグワナ捜索のさいに出会ったひとりに過ぎなかった。たったそれだけで、ロドウという男の顔を、イアはハッキリと覚えてしまった。あんな凄絶な顔は見たことがなかった。



 伯爵か辺境伯か……あるいはそれ以上の人物による、落としダネだろうと思った。庶民のなかに、あれほどの気品をやどした者が生まれるとは思えなかった。その可能性が皆無というわけではない。たとえばイアだって、農家の出身だが、傾国の美女と言われる。



 しかしロドウのあの顔立ちは、桁外れと言っても過言ではなかった。イケメンだとか、美形だとか、そういった話ではない。



 ロドウがやどしているのは気品だけではなかった。なにか凄まじい懊悩を秘めた表情をしていた。



 眉間にシワを寄せて、色濃いクマをつくって、見事までに気品を塗りつぶしていた。見ているだけで、痛々しい表情をしていた。だから、ハッキリと覚えているのかもしれない。



 どうしていま、あのロドウという男のことを思い出したのだろうか、と疑問に思った。すぐにわかった。目の前にいるフォケットに、すこし似たところがあるのだ。サラブレッドの美しさであった。貴族たちのあいだに蔓延る腹黒い競争のなかで生まれてきた、珠玉の美しさであった。



「そんなにマジマジと、オレの顔を見つめて、どうかしたかい?」

 と、フォケットがたずねてきた。



 イアは我にかえった。



「いえ。失礼しました。なんでもありません」



 皇子にたいして無遠慮な視線をやっていたことに気付いて、イアはあわてて頭を下げた。だが、フォケットはべつに嫌悪感を見せなかった。むしろ、嬉しそうな表情をしていた。その|顔(かんばせ)である。女性から見つめらることには慣れているのだろう。イアもその気持ちは、わからなくもなかった。



(しかし皇子と来たか……)

 と、イアは気持ちをひきしめた。

 アルテイア帝国は今回の、マグワナ確保によほどチカラを注いでいるらしい。



 勇者という爵位をもらってから、貴族と接触する機会が格段に増えた。公爵子爵の次は、皇子と来た。



 緊張をおぼえる。



 フォケットの分のコーヒーがないことに気付いた。注文しようか尋ねたのだが、必要ないということだった。



 フォケットは近くにあった4脚イスに腰かけた。イアのほうを見上げてくる。



「きっと疲れているんだろうね。マグワナの捜索につづいて、『爛れ石のダンジョン』の攻略。そしてドボンの死と来たものだからね」



「いえ。そういうわけでは」



 疲れてはいない。

 むしろ、魔族と戦うことによって、イアは鬱憤を晴らす場にしている。



「責任を感じることはない。ケリュイア公爵も、息子の死については、誰の責任にするつもりもないようだから」



「はい」



「疲れているところ悪いが、すこし面白い話を耳にしてね」

 セッカク座ったにもかかわらず、フォケットは立ち上がると壁際に歩み寄った。そこには『爛れ石のダンジョン』の見取り図がピンで留められていた。冒険者たちによって、描きあげられたものだ。



「なんでしょう?」



「冒険者たちの話によると、あの『爛れ石のダンジョン』で、魔王の娘マグワナがいたらしい」



「フォケットさまが、冒険者たちに話を聞いたのですか?」



「オレの配下の者たちを使って、情報を集めたのだ」



「そういうことでしたか。しかし、マグワナが……」

 いたのか。あそこに。

 なんだか大魚を逃がしてしまったような気がして、惜しい気持ちになった。



「マグワナが『爛れ石のダンジョン』のピンチに駆けつけた。だから、魔族たちは急に強くなった。そうはかんがえられないか?」



「いえ。それはないかと思われます」



「ほお」

 見取り図を見ていたフォケットが、イアのほうを振り向いた。



「マグワナには私が致命傷を負わせました。そう長くは生きてはいられないはず。ましてや『爛れ石のダンジョン』に駆けつけて、魔族たちにチカラをあたえるなどとは、トウテイかんがえられません」



 仮に傷が治っていたとしても、魔族たちをあそこまで強化できる能力は、マグワナにはなかったはずだ。

 手ごたえが違った。

 マグワナと対峙したときよりも、なにかもっと強大なものが動いている気配があった。



「しかし、マグワナの死体も見つかってはいないのだろう」



「申し訳ありません」



「君は謝ってばかりだな。べつに責めているわけではないよ。これは事実の確認だ」

 そう言うと、フォケットはやさしげに微笑んだ。



 この笑みで陥落する女性は、きっと多いのだろうと思わせられた。イアの琴線にはひびかなかった。



 自分は魔族に父を殺され、故郷ンッアピアルを滅ぼされた復讐のために存在しているのだ。そう決意しているせいか、恋愛沙汰と疎遠になっていた。



 あるいは、自分を惚れさせるだけの存在に、イアはまだ巡り合っていないのかもしれない。



「最初にこの都市で、マグワナを見失いました。まさか見失うとは思いませんでした。致命傷を負ったマグワナを、このあたりにいる何者かが匿った。そうかんがえるのが自然なことかと思います」



「なるほど。だから、見つからない――と」



「ほかに考えられませんから」



 マグワナの腹を、剣で斬ったのだ。かなり深い傷であったはずだ。死んでいるにしても、死体ぐらいは見つかるはずだ。



 都市の騎士隊を総動員しても見つからないのだから、何者かに匿われているはずなのだ。ダンジョンでマグワナを見た、という目撃情報が真実であるなら、傷を治した者がいると見てしかるべきだろう。



「協力者がいた――ということか。その協力者の見当はついているのか?」



「多少は」



「考えを聞かせてもらおうか」



 はい、とイアはうなずいた。



「致命傷を負ったマグワナを、助けようとした人物がいたとします。その人物があらかじめマグワナを助けようと決めていたのか。それとも、不意に助ける気を起こしたのかは、わかりません」



「魔族を不意に助けることなんて、あるかい?」



「充分考えられます。魔族は――とくにマグワナは、人を誑かすに充分な外見をしていますから、その姿に惑わされる者はいるかと」



 可憐な少女の外見をしているのだ。魔力を吸いつくして、何人もの人間を抹殺している悪魔などと、誰も思わないことだろう。可憐な姿となって、人間の心につけ込もうとするのは魔族の常套手段でもある。



「なるほど。続けてくれ」

 と、フォケットがうなずく。



「その人物は、マグワナを助けるために、回復薬などを必要とした可能性があります。ですから、都市の薬屋をいま、騎士に探らせています」



 あの日。

 マグワナを見失った日に、強力な回復薬などを買い求めた人物がいるかもしれない。それがイアの考えだった。



 癒術ヒールによって、マグワナが回復した可能性も考えられる。回復薬というのは、あくまで可能性のひとつに過ぎない。



 ただ……。

 ロドウ・フェレンツェの部屋を調べたときに、回復薬を使い果たした空き瓶があったのだ。それが気にかかっている。彼は冒険者だ。回復薬を持っていても不思議ではないのだが、どうも何か引っかかるのだ。



「魔王の娘。ここで叩いておかねば、また魔族たちの決起する旗となりかねないからね。急いで調べたほうが良さそうだ」



「はい」



「オレも今回のことでは、何か感じるよ。得体の知れない何かが裏で糸を引いている。そんな気がしてならない」

 と、フォケットは神妙な表情でそう言っていた。



 そのすぐ後のことである。



 薬屋で、回復薬を買った人物が20人あげられた。

 その20人のなかに、ロドウ・フェレンツェの名前もあった。

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