天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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3-1》6魔将のダンジョン

公開日時: 2020年12月10日(木) 11:30
文字数:4,172

「ヌシさま、急いでくださいませッ」

 と、マグワナが、ロドウのことを急かしてきた。



「はぁ……はぁ……。自慢じゃないが、オレは体力がないんだ」

 と、ロドウは息を荒げた。



 肺が酸素を欲していた。



 緑の海のように波打つ丘陵を走っていた。アルテイア帝国は、平原や丘陵のなかに、都市や町や村。砦や教会といった施設がある。そういった人の住んでいる地点と地点を、街道という線で結んでいた。だからひとたび都市を出ると、緑が広がっているのだ。



 この先には森がある。



 森のなかにあるダンジョンで、冒険者と魔族の戦いがはじまっているのだそうだ。そのダンジョンには、魔族にとって重要な人物がいるそうで、ゼッタイに攻略されてはならない――とマグワナが言った。



 そこでマグワナは、ロドウの助力を求めたのだった。魔王として立つための、最初の戦になるかと思い、ロドウも承知した。



「もう少し、馬車で走ってもらえれば良かった」

 と、弱音を吐いた。



 都市テンペストから、この近くの街道までは馬車で走ってもらったのだ。



「ダンジョンが近いのです。あまり御者に近寄られると、ワッチらの素性がバレてしまいます」



「マグワナは空を飛べないのか?」



「大人になれば飛べると思うのですが、ワッチはまだ幼少の身ですので」



 ロドウがあたえたブリオーの内側で、マグワナがその小さな翼をうごめかしているのがわかった。



「まぁ、たしかにまだ空を飛べそうな翼ではないな」

 と、回復薬を塗りこんだときに見た翼のことを思い出して、ロドウはそう言った。



 真実を述べただけであって、厭味らしい意味はなかった。だが、マグワナは気にさわったようで、目の下を赤くしていた。



「ヌシさまは卑怯なのです」

 と、スねるような口調で言った。



「なに? オレが卑怯だと?」



 金貨を捨ててまで、ロドウはマグワナを取ったのだ。マグワナにたいしては誠実な気持ちで接しているつもりだった。卑怯だと言われるのは心外だった。



「だってワッチのカラダを、ヌシさまはすみずみまで知っているのです。まるで弱味を握られているような気分なのです」



「なんだ、そのことか」



「なんだとかなんですか。ワッチにとっては重大な問題なのです」



 魔族とはいえ、性別はあるのだろう。実際、マグワナは可憐な少女の風貌をしている。男のロドウに裸体を知られていることが、よほど恥ずかしいようだった。



 たしかに回復薬を塗りこんださいに、ロドウはマグワナのカラダを見ている。透き通るような白い肌であることも、乳房のふくらみも知っている。右の乳房のふもとから、左のワキバラにかけて黒ずんだ傷跡があるのも知っている。



 そのときは、ロドウも真剣だったので、下卑た感情を抱く余裕もなかったのだが、あらためて思い返すと下腹部に熱をおぼえる。そしてマグワナの裸体は、いとも簡単に思い出すことができるのだった。



「べつに下心があって見たわけじゃないだろ。あれは仕方ないことだった」



「もちろん、わかっているのです。だけど、なんだか不公平なのですよ」

 と、マグワナは口先をとがらせた。



「公平不公平の問題か?」



「だってワッチは、ヌシさまのカラダを見ていないのです。今度、いっしょに湖で水浴びでもしましょう。そうすればワッチもヌシさまのカラダを見ることができますので」



「へ、変なことを言うな」



「照れておるのですか?」



「照れてなんかない」



「お顔が赤いのですよ」



「なにっ?」

 と、自分の顔を手のひらでナでつけた。額の汗が、手のひらを濡らした。



「冗談なのです」



「くそっ。引っかけたな」



 マグワナは、はにかむようにして笑っていた。



 風貌はあどけない。白銀の髪や、白い素肌は儚げな印象を人にあたえる。けれど、その胸裏には、大人の女性も舌をまくような、強かなものを持っているような気がした。



 この少女がロドウの魔力を吸ったときに見せる表情は、子供の顔でないことを、ロドウは知っているのだ。



「ワッチだって、あと10年もすれば空を飛べるようになるのです」



「10年すれば、カラダも大きくなるのか?」

 と、興味本位で尋ねた。

 魔族がいったいどういった成長を遂げるのか、ロドウは知らなかった。



「10年ではカラダは大きくならないのですよ。カラダが成長するには、あと30年は必要なのです」



「そんなにかかるのか」

 もしかすると、人間より長寿なのかもしれない。たとえばエルフなんかは、300歳まで生きると聞いたことがある。



「はい、なのです」



 そんなヤリトリをしているあいだにも、森のなかに入っていた。鬱蒼としげった森だった。背の高い木から、足をからめとるような低木が生えていた。隘路あいろではあるが、獣道ができていた。



「ホントにこの先に、ダンジョンなんかあるのか?」



「ワッチは魔王の娘なのです。このロト・ワールドにあるすべてのダンジョンの位置を把握しているのですよ」



「するとこの獣道は、魔族たちが踏みならして作ったものか」



「かもしれませんし、獣が通った痕跡かもしれません」



 この獣道の上を、もしかすると人間の死体が引きずられるようなことも、あったのかもしれない。低木をすこしかきわけてみれば、シャレコウベでも落ちているかもしれない。ここは地獄の道だ。この道を行くと、もう引き返せないのだ、という実感がわいてきた。



「ヌシさま」

 と、マグワナは岩のうえに跳びあがると、ロドウのほうを振り返った。



 ロドウがあたえたブリオーはスソが長い。なのでマグワナは、そのスソをまるで貴族の娘のように、つまみあげていた。ロドウのところから、岩のうえにいるマグワナを見あげると、白くて細い素足をかいま見ることができた。



「なんだ。あらたまって」



「ヌシさまは、なぜ、魔王になる決意をしてくださったのですか? 懸賞金を得るために、ワッチを売ることもできたのに」



「気づいていたか」



 恩着せがましくなると思って、懸賞金の話は黙っていた。やはりマグワナは、すべてお見通しだったらしい。



「ワッチを守るために、ヌシさまが苦心してくだったこと、ワッチは気づいているのです。激しい精神的な闘いのすえに、ワッチを助けてくれたこと。気づいているのですよ」



「その話は、いまする必要があるのか?」



 さっきから怖ろしい大きさのヤブ蚊が飛び交っていた。こんなヤブ蚊にさされたら、コブシぐらいの大きさまで腫れあがるに違いなかった。ヤブ蚊をうっとうしく思っていたら、マグワナが魔法で焼き殺してしまった。ヤブ蚊はまるで空中に咲く真っ赤な花のように、燃え上がった。



「この先にあるダンジョンは、魔族たちにとっては重要なダンジョンのひとつです。魔族には6人の将軍がおります。6魔将と呼ばれています。この戦いに身を投じる前に、ワッチはヌシさまの真意をたしかめておきたいのです」



 マグワナがその白銀の双眸を、ジッとロドウに向けてきた。あどけない風体のなかに、威厳の片りんを見た気がする。さすがは魔王の娘――といったところか。高貴な女性を前にしたときのような緊張をおぼえた。ただの少女には醸し出せない空気であった。ロドウもマグワナにたいして真摯に向き合うことにした。



「マグワナには、オレが何に見える? Fランク冒険者か? それともただのお人よしか? 貧乏な孤児に見えるか?」



「歴代最強の器を持つ魔王。ワッチにはそう見えます」



「ずいぶんと言ってくれるな」



「そのカラダに貯め込んだ底なしの魔力は、先代の魔王をはるかに凌駕するものがあります」



「オレは庶民ではない。皇族の出身だ。本名を、ロドウ・アルテイア。アルテイア帝国が第6皇子だ」



「まさか……」



 さすがにそこまでは見抜けなかったようで、マグワナは愕然とした顔をしていた。隠している素性だが、マグワナには話しても良いかと思った。人の理からはずれた魔族の娘に、自分の素性を聞かせても何も問題はないだろう――と思った。



 ロドウが元皇族であり、追放されたこと。母を殺されたこと。そして母の尽力のおかげで、辛うじてロドウの命がつなぎ止められたこと。復讐のために魔王になろうと思ったこと。すべてを打ち明けた。



 一度、自分の素性を口にだしたら、堰をきったように言葉が出てきた。自分は誰かに、自分自身のことを知ってもらいたかったのだ……と、マグワナにすべてを話して、ようやく気付いたのだった。



「オレに魔族の王になる器があると言うのなら、オレは魔王になってみせる。そしてこのアルテイア帝国をぶっ潰す」



 マグワナは岩のうえから下りてくると、ロドウのカラダを正面から抱きしめてきた。マグワナの背丈は、ロドウの腹のあたりまでしかない。そのため、子供に甘えられているような構図となった。しかしマグワナが情愛をもって、ロドウのことを抱きしめてくれているのだとわかった。



「皇族を追放されて、ずっとひとりで生きてきたのですね。さぞお辛いことだったでしょう。ヌシさまのその《貯蔵》というスキルは、人間たちにとっては必要のないものだったのかもしれません。しかし、ワッチら魔族にとっては必要な能力なのです」



「べつに、慰めてくれることはない。マグワナのほうこそ辛いだろう」



 魔王である父を、勇者に殺されたのだ。

 勇者に復讐するのだと、マグワナが言っていたのを、ロドウは覚えている。



 マグワナの返事はなかった。



 ロドウの胴を抱きしめるチカラが、すこし強くなったのを感じた。



 ともにドス黒い復讐の炎を宿す同士だった。このドス黒い炎は、怒りとはまた違っていた。もっと勢いが強く、しかし決して健全と言える感情ではなかった。



 いつかこの黒い炎は、自分自身の身すら焼き尽くしてしまうような気がした。同じ炎を宿すマグワナだからこそ信用できた。こうして抱き合っていれば、すくなくとも自分ひとりが燃え尽きることはない。燃えるときは一緒だ……。



「ヌシさまはやはり、魔王にふさわしきお人です。6魔将のひとり淫惑のサキュバス・クィーンがいるダンジョンへと案内します」



「頼む」



「しかしその前に、これを」



 マグワナは魔法で、純白の仮面を生み出してみせた。防具というには、あまりに薄っぺらい仮面だった。



「顔を隠しておけ、ということか」



「ヌシさまは人間です。人間であることが露見すれば、魔族たちに受け入れられないかもしれないので。チャント魔法で声も歪められるのですよ」



「わかった」

 と、ロドウはその仮面で顔を覆った。



 いよいよ、戦いがはじまるのだ――。

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