「バカな……。5階層に突入した冒険者が全滅しただと? すでに6魔将のサキュバス・クィーンは致命傷を負っているはずだ。このダンジョンにはサキュバスとインキュバスのほかに魔族もいない。押し返すだけのチカラがあるはずはない!」
と、ドボンが声を荒げた。
「しかし、敵の残党が、6魔将のサキュバス・クィーンをはじめに、冒険者たちを押し返しております」
「ふんっ」
と、ドボンは不満げに鼻息を荒げた。
どう思う? と、イアに意見を求めてきた。
「わかりません。私はたしかにサキュバス・クィーンに致命傷を与えたはずです。何者かによって回復したと見るべきでしょうか」
「回復したにしても、ヤツらにこちらの冒険者を押し返すだけのチカラはないはずだ」
「私が行って確認してみましょう。今度は私の手で、サキュバス・クィーンをキッチリと仕留めます」
ほかの若い者たちに、手柄をゆずってやろうという気配りが仇となったようだ。手負いのマグワナを逃がした件と言い、今回の件と言い、自分の詰めの甘さを実感せずにはいられなかった。
「オレも行こう」
と、ドボンが腰をあげた。
「ドボンさまも? しかし、ドボンさまは公爵子息という身です。もしものことがあれば、私の責任が問われます」
「帝国は実力の国だ。チカラある者が、優遇される。女子の背中に隠れているようでは、父にも幻滅される」
と、ドボンは笑った。
たしかに、その通りである。
身の安全を第1にかんがえるような国柄ならば、公爵の子息が冒険者になんかなるはずがない。帝国では爵位は家で受けるものだが、結果を出せないものは、すぐにその爵位をはく奪される。皇帝陛下のおひざ元で、常に競い合うことを求められている。
前線基地にいた冒険者たちを連れて、ダンジョンへと潜った。
魔族の抵抗の強さは、3階層のあたりから、すでに感じていた。1匹1匹が、いくぶんと精強になっていた。
「これはいったい、どういうことだ。追い詰められた魔族どもが、必死の抵抗をしているとかんがえるべきか」
と、ドボンが尋ねてくる。
追い詰められたネズミは、ときに猫を脅かすものだ。
が、しかし……。
「いえ。これはそういった強さではないように感じます。強化魔法のような魔法を受けたのでしょう」
「なるほど。大局を動かすほどの強化魔法をかけた者がいるか。それは厄介なことになりそうだ」
そう言いながら、ドボンのところに迫っていた3匹のサキュバスを、なで斬りにしていった。
4階層に下る。
この『爛れ石のダンジョン』は、基本的に石造りになっている。細い通路があり、広間がある。蟻の巣のような構造をしている。通路を抜ければ広間に出る。広間から通路につながり、さらに次の広間に出る。迷うことはない。道順はだいたい把握している。
広間には大量の冒険者の死体が散乱していた。灰色の石の床が、血で濡れていた。折り重なっている肉が、足場を悪くしていた。正面。魔族の群れが押し寄せてきた。6魔将のサキュバス・クィーンを先頭に、サキュバス、インキュバスたちが斬りかかってきた。
冒険者たちと、魔族の群れが入り乱れた。
たちまち剣と剣がブツかりあう音がひびいた。
「ふたたび私に斬られにきたか。サキュバス・クィーン」
「さっきのようにはいかないわ。いまの私には、魔力があふれんばかりに滾っているのだから!」
イアのロングソードと、サキュバス・クィーンのファルシオン。
切り結ぶ。
さきほど剣を交わしたときよりも、手ごたえを感じた。重い衝撃が、剣からイアの肉体へと伝わってきた。押し返そうとすると、サキュバス・クィーンもチカラを込めてきた。互いの剣と剣が重なり、顔が近くなる。サキュバス・クィーンの燃えるような赤い瞳が、すぐ目の前にあった。
「たしか致命傷をあたえたはずだがな。それにその魔力、どこで手に入れた? 強化魔法をかけた者がいるのか?」
致命傷を負ったとは思えないほど、サキュバス・クィーンは快活としていた。
「偉大なる御方の魔力に触れたのよ」
「偉大なる御方だと?」
「そう。あれほどの魔力を持つ者を、私ははじめて見た。あの魔力は、選ばれし者の魔力よ」
まさか、魔王?
否。
魔王はすでに死んでいるはずだ。
押された。
後ろに下がろうとしたら、冒険者の死体につまずいた。
どうしてこの場所で混戦に持ち込んできたのかがわかった。ここで勝負をつけようという術中にハマってしまっていることを察知した。冒険者の死体が足場を悪くしているのだ。死体を見慣れている冒険者たちも、さすがに仲間の死体を踏むことには抵抗がある。その点、魔族たちは容赦なく死体を足場にしている。同じ足場が悪いにしても、冒険者側の心理に不利な状況だった。
ここで冒険者たちを殲滅させようという、魔族たちの強い闘志を感じさせられた。
倒れたイアに剣が突き下ろされた。
転がって、かわした。
「第1階層魔法。火球ッ」
周囲には仲間の冒険者がいる。あまり派手な魔法を使うことはできなかった。ドボンに当たってしまったら最悪だ。
コブシほどの大きさの火球が、魔法陣より放たれて、サキュバス・クィーンに的中した。
サキュバス・クィーンの前には魔法陣が張られていた。同じく第1階層魔法の魔防壁によって、火球を防がれていた。青白い半透明の盾である。
「残念だったわね。そんなヘナチョコ魔法では、私はやれないわよ」
「牽制で充分だ」
態勢を立て直すことには成功した。
状況は良くなかった。1度、後退することをドボンに進言しようと思った。どうやら知らぬ間に、上手くこの場所に誘い込まれていたらしい。場所を変えたほうが良い。しかし、周囲には冒険者と魔族が入り乱れていた。ドボンを見失ってしまっていた。
ドボンが死ぬような有事のさいには、イアが命令を出しても良いことになっている。
(撤退命令を出すべきか?)
撤退命令は、ドボンと合流してからにしたかった。
「ヨソ見をしている暇なんかないのよ! 第2階層魔法、岩の手」
イアの足首。
岩でできた手によってつかまれていた。
「ちッ」
逃げることができなくなったイアに、周囲にいたインキュバスが2匹斬りかかってきた。身動きが取れなくても、対処できる相手だった。払い切り。2匹のインキュバスの胴を斬った。
インキュバスの血が、イアの全身にふりかかった。魔族の血で、全身を汚されたような気がした。
イアの足首をつかんでいる岩の手に、火球をブツけた。脚が自由になった。
「撤退する!」
と、命じた。
冒険者たちも、魔族たちによって押されていた。これ以上戦いが長引けば、多くの死傷者を出すことがわかった。
(それにしても、オカシイ)
『爛れ石のダンジョン』。難なく攻略できるだろうと踏んでいた。事実、一度は攻略すんぜんにまで追い詰めた。
1匹1匹が信じられないほど精強になっていた。何が原因かはわからない。何者かによる凄まじいチカラが働いたことだけはわかった。魔族たちに宿された魔力のチカラはもちろんのこと、その魔力を宿した何者かの執念を感じた。
魔族たちを管理下に置きたいというイアの野望の前におおきな障壁が、厳然とたちはだかったような気がした。
冒険者たちを逃がすために、イアはシンガリをつとめた。
ドボンの姿が見当たらない。
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