天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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7-5》イアの屈辱とフォケットの恐慌

公開日時: 2020年12月14日(月) 07:14
文字数:2,946

(逃がしたかッ)



 あと一歩というところで、皇魔と名乗った男を逃してしまった。周囲を探してみたのだが、あちこちで騎士隊と魔族が交戦しており、さらには冒険者たちも参加している。都民たちも逃げ惑う

という荒れ模様なので、皇魔を見つけ出すことはついぞ出来なかった。



 いつも詰めが甘いのだ。

 あと一歩というところで失敗することが多い。気持ちの緩みがあるのかもしれない、と自省した。



 そのときだ。

「バカなッ」

 と、イアは声をあげた。



 テンペストの城塞に火の手があがっているのが見て取れたのだ。あの場所に火が上がるということは、すでに魔族に潜り込まれているということか。テンペストの城塞にはフォケットに、テンペストの領主もいる。そうやすやすと魔族に足を踏み入らて良い場所ではない。



 皇魔探しは諦めて、急いで城内に戻ることにした。城塔のうえで半狂乱になっているフォケットの姿があった。フォケットが無事であることに、ひとまずイアは安堵した。以前、ドボンを守れなかったことを繰り返すのはゴメンである。



「やられたッ。どうやらすでに内部に魔族どもが、潜り込んでいたらしい。おかげで防御がメチャクチャだ!」



 日頃の冷静さをうしなっているようだ。フォケットの碧眼が血走っていた。



「魔族は、どこから潜り込んだのでしょうね。厩舎の火を放ち、食糧庫まで焼かれてしまった。まさか内側から城門まで開けられるとは」



 城内には火に驚いた馬が駆け回っている。それに踏み殺されている者たちもいるようだ。逃げ惑う使用人と、混乱した騎士が入りみだされていた。そこにサキュバス、インキュバスの連中がなだれ込んでいる。



「そんなこと知ったことかッ。戦争がはじまる前に、忍び込まれていたんだろうさ。それよりも、オレたちも逃げなくては」



 しかし、出入りする者たちは、入念にチェックしてあったはずだ。使用人として志願していた連中のなかに、魔族に与する者がいたということか? 



 いや。

 今は、そんなことを考えている場合ではない。

 この状況をどうにかしなければならない。



「この状況で、逃げるのは難しいでしょう。火の手はすでに主郭のほうから上がっております。主郭のほうにも魔族が入り込んでいると見るべきか――と」



「なら、どうすれば良い!」



「混乱している部隊をまとめることが先決かと」



「知るか、知るか! この城はもうダメだ。オレは抜け道から逃げる。貴様は最後まで決死の覚悟で、敵の攻撃を防ぐのだ」

 と、フォケットは護衛の騎士を連れて、城塔を下りようとしていた。


 

「お待ちください。まだ押し返せます。とにかくこの混乱をおさめれば、勝機はあります。たかが城壁を破られたぐらいで」



 あと一歩というところで、皇魔と名乗った男を捕えそうになったのだ。そのこともあって、イアは引きたくない気持ちが強かった。魔族たちは不思議なチカラで精強になっているが、冒険者たちと結託すれば魔族を一網打尽にできなくもない。城に火を放たれたことで、一時的に敗色が濃厚に見えるというだけだ。



「黙れッ。万が一にもオレが死んだら、責任を取れるのかッ」



「数で言えば、こちらのほうが有利。それほど容易く城を放棄してしまっては、都市にいる者たちもカワイソウではありませんか。上に立つ者が、民衆を守らなくてはなりません」



 そう言うと、フォケットの整った顔が、醜く歪んだ。



「ウルサイ! 民衆はオレたち貴族を支えるためにいるのだ。なにゆえこのオレが、民衆のために命を張らなくてはならないんだ!」



「それは聞き捨てなりません」

 と、イアも感情を乱した。



 フォケットの言葉は、死んだイアの父すら侮辱するものに聞こえたのだ。



「魔王を倒して、父から勇者の爵位をもらって、それでいっぱしの貴族気取りかッ。貴様なんて、ただのお飾りなんだよ。魔王を倒したという看板だけで充分だ。魔王の娘ひとり捕えられぬクズがッ」



 それが本音か、とイアは消沈した。

 帝国の皇子にもマシな人がいると思っていた。こういうときにこそ化けの皮は剥がれると言うべきか。



 フォケットは頭が切れるし、勇猛果敢な青年でもある。しかし、しょせんは苦労を知らないお坊ちゃんだ、とイアは感じた。逆境に弱いのだ。一度、崩れると、持ち直すだけの胆力はない。



 自分がシッカリしなければならない、とイアは自分を律した。乱れていた感情を押し殺すことにした。



「それでは、この城の指揮権を私がもらっても良い――ということでしょうか」



「ああ。好きにしろ。なんとしても、持ちこたえろよ。せめてオレが逃げるだけの時間を稼げ」



「御意」



「念のために、これを渡しておく。何かあったら、すぐに助けに来い」



 フォケットはそう言うと、連絡石をイアに渡してきた。投げ捨ててやりたい気分だったが、皇子という旗頭は重要だった。



 フォケットは、護衛の騎士に囲まれて、城塔を下って行った。



(さて……)



 イアは眼窩を見下ろした。外郭はすでに魔族によって制圧されている。



 この魔族の指揮を執っている人物は、皇魔と名乗ったあの人物だろう。顔がわからないので断言はできないが、おそらく男だ。あの男を助けたのは、6魔将のひとりであるサキュバス・クィーンだった。それを見て察した。



(あの男が――)



 マグワナをかくまって、さらには潰滅目前の『爛れ石のダンジョン』に助力をした人物に違いない。マグワナが「あの御方」と呼んでいる人物だ。戦士としてのイアの直感がそう告げていた。



 6魔将のサキュバス・クィーンを従えられる人物が、ほかにいるはずがない。あの男こそが、マグワナという釣り餌に引っかかった大物に違いなかった。



 いったい何者だろうか。

 魔族を従えるということは、魔族だろうか。

 しかし。

 人間という可能性も捨てきれない。



 皇魔と対峙した時間を思い出した。ほんの一瞬だったようにも思うし、長い時間対峙していたような気もする。



 あの仮面の奥にはどのような表情が隠されているのか。どのような双眸が伏せられているのか。興味を惹かれた。



 中庭で逃げ惑っている使用人たち。交戦している騎士と魔族。混乱して暴れまわっている馬……。そのすべてが、モウロウとして見えた。声もボヤけている。まるで全員が、海底のなかにいるかのようだった。



(この騒乱のなかに……)



 皇魔はいるはずだ。



 争いのことなどまるで眼中に入らなかった。皇魔の姿だけを、イアの碧眼は求めていた。それは敵の指揮官を求める目であり、親愛なる友人を探し求める目でもあった。あの皇魔という人物にたいして、イアは不思議と憎悪を抱けなかったのだ。



 しかし容易には見つからない。また人目につかないところに隠れているのかもしれないし、後ろの安全な場所で指揮を執っているのかもしれない。



 (なぜだ)



 自分がその仮面の男と、似た存在であるような気がした。イアはその仮面の男のことを何も知らない。性格も知らなければ、素顔だってわからない。なのに、なぜか、自分がその男と似ているような気がした。憎しみよりも、会って話をしたいという気分にさせられた。



 深いところで、つながっているのだ。



(私は何を考えているのだ)



 相手は魔族を率いている男だ。なぜ、会って話などしなければならないのか。余計な情など無用。魔族はひとしく滅するべきだ。



 頭を振った。

 そうすると、もう海底にいるような幻覚も消えていた。

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