天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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7-4≫テンペスト攻城戦

公開日時: 2020年12月13日(日) 19:01
文字数:3,632

「ふぅ」

 と、ロドウは一息ついた。



 眼下――。

 サキュバスやインキュバスが暴れまわっていた。



 背中を向けていた兵士を押し倒して馬乗りになるサキュバス。剣で応戦しようとした兵士を羽交い絞めにするインキュバスたち。襲われた兵士たちは、ことごとく魔力を吸いつくされているようだった。魔力を吸われた人間たちは、またたく間にしなびれていった。



 人が大量に死んでいく。

 これが戦か、と思った。



 戦争を知らないわけではない。しかし、自分がその戦のなかに、身を投じたことは一度もなかった。



 自分が軍を率いる姿は、幾度も想像したことだった。



 幼いころは、帝国軍を率いて他国の部隊を戦うことを空想した。皇族を追い出されてからは、ありもしない軍隊を夢見て、帝国へ復讐のノロシをあげることを夢見てきた。その夢想がいま、現実となっているのだ。



(まさか、初陣で魔族を率いることになるとは、思ってもいなかったがな)

 と、小さく笑った。



 魔族が従ってくれているのは、ロドウの内に眠る《貯蔵》の魔力のおかげだ。この魔力はどうやら魔族にとっては、おそろしく甘美なものらしい。



 もし……。

 もし、このチカラを失えば、魔族を従えることもできなくなる。



 帝国にたいする復讐など、もはや叶わぬ夢となる。ヴァレンたちも離れていくことだろう。マグワナは――もしもオレから魔力がなくなっても、マグワナは傍にいてくれるだろうか……などと考えた。しかし今は、そんなおセンチになっている場合ではない。戦争はすでに、はじまっているのだ。気を引き締めなければならないぞ、と自分を叱咤した。



 人の死にたいして、ロドウは自分自身が考えているよりも、ずっと冷静だった。自分が直接手を下しているわけではないからかもしれない。しかしなによりも、自分のことをつまはじきにしてきたこの世界にたいして復讐しているような心地があった。幼稚な感情だとわかっていたが、不思議な快感があった。



 こういう身勝手な性格は、ある意味、魔王という存在に向いているのかもしれない。



 慈悲をかけるつもりはないが、積極的に住民を襲うつもりもなかった。これは、マグワナを救い出すための戦いだ。



「よし」



 そろそろ次の指示を出そうと思ったときだった。ロドウのいる場所に向かって、巨大な火球ファイヤー・ボールが飛来してきた。



「なにっ」

 あわててかわした。



 火球ファイヤー・ボールは鐘に直撃した。ここ数年使われていなかった鐘が、ゴーンと金属音が響かせた。すぐ近くにいたものだが、ロドウの全身がその鐘の音で振動していた。もう古くなっていたせいか、鐘がはずれて、ゴロゴロと転がり落下していった。着地したときの衝撃だろう。さらに大きな鐘の音が鳴り響いた。



 鐘楼の一部である石の柱にもたれかかって待機した。冷静に状況を判断していた。



(今の火球ファイヤー・ボール



 巨大なものだった。

 かなりの魔力の持ち主から発せられたものである。勇者イアによる攻撃だと察知した。



(この場所がバレたのか?)



 いいや。

 そうとも言い切れない。



 敵の指揮官を炙り出すさいには、適当な高台に攻撃するという手法がある。別に当たらなくとも良い。いそうな場所――にとりあえず攻撃するのである。仮に当たっていれば、敵は反撃するなり、逃げるなりのアクションを起こす。そのアクションを起こさせることによって、敵の居場所を察知するのだ。戦場心理を利用した戦術である。



 その戦術を取っているのかどうかは、他の施設にも攻撃が行われているかどうかを確認すれば良い。この場所にのみ攻撃が行われたのであれば、敵はすでにこの場所に狙いをつけているということだ。



 周囲の状況を探ろうとして、石の柱から顔を出した。



「……ッ」

 心臓が止まるかと思った。



 こちらに向かって鐘楼を駆けあがって来る者の姿があったのだ。直立した壁である。それを駆けのぼってくるのだから、もはや怪物だ。



(あれは……)



 ショートボブのブロンドの髪。

 夜闇のなかでも、爛々とかがやく碧眼。



 イアである。



「くそっ」



 どうやらこの場所を探り当ててきたらしい。ロドウはすぐさま鐘楼から跳び下りた。建物の屋根のうえに転がり落ちた。跳ね起きる。屋根伝いにその場から逃げる。



 こういう時のために、逃走ルートは把握している。後方。イアが追いかけてきている。計算外だった。これほど早くに、ロドウの場所を暴き出すとは思っていなかった。ロドウは走るのが得意ではなく、一方でイアの脚は馬のように速かった。



 追いつかれた。



「貴様が指揮官だなッ」

 と、イアが斬りかかってきた。



「くッ」



 いちおう持っていたロングソードで受け止めた。が、受け止めきれない。あまりに重い一撃である。ロドウの剣はたちまち夜空へ弾き飛ばされた。拾おうとしたのだが、剣は屋根を転がり落ちていった。ロドウの首元に、イアの剣先が向けられる。



「何者だ」

 イアの視線そのものが、まるで刃のようだった。



 ロドウは両手をあげて、頭の後ろで組んだ。



「オレは皇魔。魔族の王となる者だ」



「面白いことを言う。仮面を脱いでもらおうか」



「……」



 絶体絶命の危機である。どうすればこの状況を打開できるか……。必死に頭をめぐらせていた。いくつか思案はあったが、どれも上手くいくとは思えなかった。心臓がバクバクと音をたてているのは、走って逃げたから――というわけではなさそうだ。


 

 ここで死ぬのか。



 自分の死にたいして悲観的になったわけではない。死ぬ心構えは、いつだって出来ていた。ロドウの嘆きは、復讐が頓挫することにあった。マグワナと出会い、この帝国に歯向かうチャンスがやって来た。その矢先に殺されては、たまったものではない。



 否。

 こんなところで死んでたまるものか。強い、復讐、への執着がこみ上げてきた。



「皇魔さまッ」



 何かがロドウのカラダをつかみあげていた。足が屋根から離れる。宙に浮かんでいた。気が付くと、別の建物の屋根へと移されていた。イアが追いかけてきている。



 何が起きたのか、一瞬わからなかった。どうやらヴァレンの三つ編みの髪が長く伸びて、ロドウのことを抱き寄せたらしかった。



「ヴァレンか。良いタイミングだ。助かったっ」



「助けることが出来て良かったです。さきほどの鐘の音で、もしやと思って駆けつけてまいりました」



 ヴァレンはロドウのことを抱き寄せたまま、屋根から跳び下りた。裏路地の闇を駆けた。どうやらイアから逃げることは出来たらしい。大通りに出る。各地で火の手があがっているせいか、セッカクの6月夜が赤く染まっていた。その赤い夜のもとに、テンペストの城塞が見えた。



「魔族たちは?」



「各ストリートで騎士隊と交戦中です。皇魔さまからいただいた魔力と、その御指示のおかげで、騎士隊を翻弄することは出来ています」



「良し」



「しかし、もうマグワナ姫を助け出すのはムリではありませんか? このままでは皇魔さまの身に危険がおよびます。騎士の数も、我々が連れてきた魔族の数よりも、はるかに多いです」



「いいや。そろそろ仕掛けてある計略が発動するはずだ」



「計略?」



「まあ、見ておけ」

 と、ロドウはテンペスト城塞のほうにアゴをしゃくって見せた。



 ちょうどそのタイミングだった。テンペスト城塞の内側から、大きな火の手があがった。そして頑なに閉ざされていた外郭城門が開いた。



「あれは……っ?」



 ロドウの仕掛けた細工というのは、抜け道のことだった。こういう城には必ず、抜け道が存在している。イザというときのために、貴族や女たちを逃がすための道である。特に、アルテイア帝国の城は、必ずそういう造りになっていた。その抜け道というのは、一部の人間にしか知らされておらず、極秘にされてはいるが、ロドウはそれを熟知していた。元皇子のときに学習していたことだった。その道から、サキュバスやインキュバスを送りこんであったのだ。



 厩舎に火を放ち、混乱を起こすようにと言ってある。城門が開いたのも、内側に侵入をはたした魔族の働きによるものだ。



「これでテンペストは陥落したも同然だ」



「いったい、何が起こったのでしょうか」

 と、ヴァレンがたずねてきた。



 ロドウが仕掛けたことを、オオザッパに説明した。ヴァレンは感心したように、何度もうなずいていた。が、不意に質問をブツけてきた。



「皇魔さまは、どうして、都市テンペストの抜け穴をご存知なのですか?」



 調べればわかることだ、と誤魔化した。



「このままいっきに城塞の内郭まで、突き進むぞ」



「御意」

 と、ヴァレンはロドウのカラダから、ようやくカラダを離した。



 正面。

 ロドウの心臓が大きく跳躍した。



(あれは……)



 城塔のうえにブロンドの髪の男がひとり立っている姿が見えた。周囲の者たちにしきりに命令をとばしている。



 フォケット・アルテイア第三皇子。

 ロドウの義兄である。



 フォケットがいる場所までには、まだかなりの距離があった。顔を見かけるのだって久しぶりのことだ。それでも判別がついたのは、さすが兄弟のつながりといったところか。



 フォケットが、青い顔をして、こちらを見下ろしていた。仮面越しとはいえ、視線がかち合うのがわかった。

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