天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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4-1》伯爵家へ行く馬車

公開日時: 2020年12月11日(金) 07:05
更新日時: 2020年12月11日(金) 07:06
文字数:4,228

「見事だったのですよ」

 と、マグワナが言った。



 馬車の中。ただの馬車ではない。キャリッジのついた瀟洒しょうしゃな馬車である。皇子だったころを思い出させられる。



 マグワナとは向かい合うようにして座っている。小窓がついている。そこから石畳のストリートの様子が見て取れる。道行く人が、馬車のなかを覗こうとしていたので、カーテンを閉め切ることにした。



「何がだ?」

 と、ロドウは顔に張り付けられた仮面の感触を、手でたしかめた。



 視界に不自由はない。あまりにも顔に馴染んでいる。ときおり手でその感触をたしかめないと、ホントウに顔が隠れているか不安になる。手のひらに仮面の冷え切った感触が伝わってきた。そういう造りの仮面なのか、思わず手を引っ込めてしまうほど冷え切っている。氷みたいだ。



「『爛れ石のダンジョン』での戦いのことなのですよ。まさか、ヌシさまに軍師としての才能まで備わってるとは思いもしなかったのです」



「小さいころから、いろいろと叩き込まれたからな」



 皇子として生きてきた、6年のあいだにさまざまなことを叩き込まれた。リュチマ・ペニという

傅役もりやくがいた。ロドウのために尽くしてくれた、じつに優れた女性だった。ロドウのことを形成した師と言っても過言ではない。



 あの者はいったいどうしてるのだろうか……と思った。



「指揮の執り方も見事でしたが、なにより魔王さまらしく振る舞っていて驚いたのですよ。あれなら威厳も充分なのです」



「まぁ、オレはもともと皇子だからな。偉そうに振る舞うことには、才能があるんだろうさ」

 と、何気なく応えたが、魔王らしく振る舞っていたという自覚はなかった。



 ロドウのなかに流れる血が――皇帝より継がれている血が、そうさせたに違いなかった。そう思うと、自分という人間が嫌いになった。



 憎悪している皇帝の血が、我が身に流れているとは、なんて不幸なことなのだろうか。父の顔を思い出しそうになったが、あわてて打ち消した。



 思い描くだけで、自分の企んでいることを、すべて見透かされてしまいそうな錯覚にとらわれたのだった。アルテイア帝国の皇帝ではなく、自分の父親として、それほどまでに怖れる気持ちがロドウのなかにあるのだった。この怯懦きょうだに打ち勝たなくては、復讐は成し遂げられないとわかっていても、今はまだ父の顔を思い出したくはなかった。



「やはりヌシさまは、魔王に向いているのですよ」



「こんなに金欠なヤツが、魔王に向いているとは思えないがな」



 鬱屈した気持ちをほぐすために、わざと茶化したような言い方をした。



「大丈夫なのです。金銭的な援助は、ヴァレンがなんとかしてくれるはずなのです」



「しかし、驚いたな。ヴァレンがすでに、伯爵家を取りこんでいるとはな」



 ヴァレンの部下のひとりであるインキュバスが、伯爵なのだそうだ。ロドウはその屋敷に招かれていた。



「インキュバスや、サキュバスは、見た目が人間と変わらないのですよ。ですのでその美貌をもって、人間社会に潜りこむことが出来るのです。伯爵令嬢に近づいたインキュバスが、その家を乗っ取ったり、サキュバスが公爵をたぶらかしたり……」



「性質の悪い魔族だ」



「生きていくための知恵なのですよ」



 ロドウの追放と母の死には、どうやら第3皇子であるフォケット・アルテイアが関わっているらしい。ロドウが本来は、第6皇子なので。義理の兄ということになる。



 詳しいことを、フォケットの口から聞きたい。

 だが、会おうと思っても、会える相手ではない。接触のためには、どうしても貴族のはからいが必要だった。そのためにもヴァレンが味方につけている伯爵に会う必要があるのだ。



「まさか魔族が、ここまでアルテイア帝国に潜りこんでいるとは思わなかった」



「ワッチは、もともとそこの伯爵を頼るつもりだったのです。なので、この都市テンペストにやって来たのですよ」



「なるほどな」



「でも、すこしまどろっこしいのです」



「何が?」



 ガタン。

 馬車が揺れる。

 尻が痛い。

 座り直した。



「ヌシさまはすでに、ヴァレンの信頼を得ているのですよ。ならば、ヴァレンを手駒にして、いっきにこの都市を攻撃するべきだと思うのです。ヌシさまのチカラがあれば、それが可能だと、ワッチは見込んでいるのですよ」



 一案ではある。

 しかし――。



「焦るな。まだムリだ」

 と、ロドウはかぶりを振った。



「ワッチは、すぐにでも人間と戦争したいのです」

 と、マグワナはいささか強い語調で言った。



 マグワナの父である魔王を殺したのはイアだ。マグワナにとっては、イアを討ち取ることが復讐になるのだろう。マグワナが焦る気持ちはわからなくもない。



「イアの実力もわからん。この都市テンペストの戦力も不明。そんな状況では、戦いはできない」



 イアの実力は未知だ。

 魔王を倒しているのだから、凄まじいチカラを持っているはずだ。はたして、どこまで戦えるかわからない。



 マグワナは絶賛するが、ロドウは自身に宿る≪貯蔵≫の魔力すら、どれほどなのかマッタクわかっていないのだ。戦の采配には多少の自信があるが、それだってどこまで通用するのか未知である。わからないことが多すぎる。



「魔族が負けると思うのですか?」

 と、マグワナは前かがみになって、そう尋ねてきた。



「勝てたとしても――だ。ここで、都市テンペストを落とすことができたとして、それでどうする?」



「え?」

 と、マグワナは虚を突かれたような声を発した。



「都市テンペストは、アルテイアという大国の一部に過ぎない。テンペストを占領することができたとしても、またたく間に人間たちに制圧しかえされるぞ。捕まれば死刑か拷問か。ロクでもない未来が待ってる」



 自分たちのいる場所は、アルテイア帝国という手のひらのうえなのだ。都市テンペストという爪をかじったぐらいでは、アルテイアは揺るがない。むしろ、厄介な虫がいると知られると、握りつぶされてしまう。



「では、どうすれば良いのです?」

 と、前かがみにしていたカラダを、今度はイスに深くもたれかかるようにしていた。



「アルテイア帝国と戦って、勝てるだけのチカラが必要だ。それまでは息をひそめて着実にチカラをたくわえる必要がある」



「帝国に勝てるだけのチカラ?」



「散り散りになっている魔族どもを結集させる必要がある。6魔将だったか。部下を束ねてこそ魔王の役目だろう」



 すでに6魔将のひとり、サキュバス・クィーンのヴァレンを味方につけることはできたのだ。



 あと5人。

 とにかく、6魔将と呼ばれる者たちを味方につける必要がある――と、ロドウはかんがえていた。



 機会をうかがうのだ。

 戦力をたくわえるのだ。



 マグワナと出会うまで、ロドウはずっと耐えてきた。もう少し我慢するぐらいなんでもなかった。



「やっぱりヌシさまは、魔王に向いているのです。目さきのことに囚われずに、ずっと先のことまで考えているのですね」



「べつに、そこまでじゃないが」



 ただ、アルテイア帝国は強大で、『爛れ石のダンジョン』だけの戦力では、トウテイ太刀打ちできないということだ。



「出過ぎたことを言ったのです」

 と、マグワナは、またしても前かがみになって、うなだれた。



 マグワナは依然として、ロドウのブリオーを着ている。サイズが合っていない。襟首のところが大きく開いている。



 そのせいで、マグワナの鎖骨まで見えている。うなだれると、そんな襟首がさらにズリ落ちる。胸元まで見えそうになる。



 練乳のような白さをまとわせたマグワナの素肌は、男の視線を奪うチカラがあった。直視してはブシツケかと思って、目をそらすのに精神的なチカラを必要とした。



「マグワナは『爛れ石のダンジョン』に残るべきだっただろう。都市テンペストに戻ってくることはなかったのに。ここは危険だ。マグワナの人相書きだって出回ってるんだからな」

 と、ロドウは話を転じた。



「ワッチは、常にヌシさまのお傍にいるのです」



「心配しなくても、オレは逃げたりはしないぜ」



「べつに、見張っているわけではないのです」

 と、マグワナはイジけるように言った。

 子供がスねる姿勢そのものだった。



「マグワナがどう思っていても構わない。オレは、オレの選んだ道を進んでいるだけだ」



「ヌシさまにもしものことがあれば、ワッチが守らなくてはなりません。もうヌシさまがいなくては、魔族に未来はありませんから」



「そんなに期待されても困るがな」

 と、ロドウは肩をすくめた。



 服がズレ落ちて、胸が見えそうになっている。注意した。マグワナははじめて気づいたように、あわてて服を持ち上げて、頬を赤らめていた。



「ヌシさまの、エッチ」

 と、桜色の唇をすぼませていた。そのすぼまった唇を、ロドウは見入った。あまりに無垢な唇だった。唇にとどまらず、その白銀色の双眸も、白い処女雪のような肌も、何からなにまでが純粋無垢だった。



 これほど純粋無垢な姿をした存在が、ホントウに清らかであるはずがない。稀代の大淫婦のような狡猾さと、計算高さがマグワナのなかにあるに違いない。ロドウはそう確信していた。



 こうしてマグワナが、『爛れ石のダンジョン』に戻らずに、ロドウに付き添っているのも、逃がさないために見張っているのだ。恭順のなかにある妖艶こそが、マグワナだった。



 その本質を見抜いてやろうと思うのだが、マグワナは安易にボロを出すような娘ではなかった。もしかするとロドウが死ぬまで一生、マグワナはその本性を見せないかもしれない。



「何を見ておられるのですか?」



「いや。マグワナがなにを考えているのかは、オレにはわからん。だが、信用はしている。べつにオレの前では、皮をかぶらなくても良いんだ」



「ワッチは、皮などかぶってないのですよ」



「どうだか」



「ワッチは、そんなに信用がないのです?」



「マグワナがオレの魔力を吸うとき、どんな顔を知っているからな。何人もの男を誑かしてる娼婦みたいな顔をしてる」



「そ、それはヌシさまが、悪いのですよ。そんなに美味しい魔力をしているから……。ワッチだけでなく、ヴァレンや、『爛れ石のダンジョン』にいるサキュバス、インキュバスたちも、ヌシさまにはメロメロなのです」



 マグワナは涙目になっていた。



 あまりセンサクすると、ホントウに泣きだしてしまうかもしれない。それもまた、マグワナの演技かもしれない。



 それ以上のセンサクはやめておくことにした。マグワナが何を考えていようとも、マグワナはロドウに復讐のチャンスを与えてくれた当人なのだ。



「どうやら到着したようなのです」

 と、マグワナが言ったとき、馬車が停まった。

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