天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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5-3》イアの監視

公開日時: 2020年12月11日(金) 17:51
文字数:2,390

 イアは、壁穴を覗きこんだ。



 ロドウの生活を、さらに探るために、ロドウの住んでいる部屋の隣室を借りた。



 魔法で壁にほんの小さな穴を開けた。ボロい木造の壁。穴を開けるのは容易かった。部屋を覗きこめるように細工をしたのだった。べつに君がやる必要はないだろう……と、フォケットに言われた。しかし、ロドウにたいして拘りたい気持ちが、イアのなかにあった。そのフォケットはというと、こんなみすぼらしいアパートになんか寄り付きたくもないと言って、宿に戻っている。まぁ、そのほうが良い。皇子が出歩いていたら目立つ。



 覗き穴の向こう。ロドウがいた。

 むろん、イアが覗いていることには気づいていない様子だ。



 魔法を使えないのか、部屋はカンテラで照らされていた。魔術師でも自然の炎を好む者はいる。けれど、魔法を使えない者がカンテラやマッチに頼るのは珍しくない。薄暗闇でも、カンテラの炎を受けたロドウの姿は良く見えた。長身。痩躯。黒髪。黒瞳。スタイルが良いからか、座ったり、歩いたりするだけでも見惚れてしまう。人形劇か何かを見ているかのようだ。



(この男がマグワナをかくまっている)



 そういう確信がイアのなかにはあった。



 根拠はない。

 直感だった。



 たとえマグワナをかくまっていたとしても、ロドウという男を罰したいという気持ちはなかった。



 むしろイアはロドウにたいして、愛情のようなものを感じていた。放っておけない、という気持ちに近い。



 手入れされていない名刀を見つけたような感情とでも言うのだろうか。自分が手をくわえれば、実にマットウな人間になるだろう。それどころか、並々ならぬ人材になるだろうという予感があった。



 セッカク良いものを持って生まれているのに、それを台無しにしている。だから、ロドウを見ていると、放っておけないと、イアはそう感じるのだ。



(案外、私はダメ男が好きなのかもしれんな)

 なんて、思ったりもした。



 ロドウのアパート。いまにも崩れそうな木造の建物だった。日当たりが悪く、陰湿な空気が室内にもただよっていた。カビの臭いが鼻について、嫌悪感をいだいた。いまにも幽霊ゴーストでも出そうな建物である。



(こんな家に住んでいるから、人間が廃れてしまうのだ)



 こうしてロドウのことを監視している今この瞬間にも、退廃した何かがカラダを蝕んでいるような気がしてならなかった。



 覗いていても、今のところ不審な点は見受けられなかった。不気味なぐらいに平凡だった。



 マグワナの気配など、どこにもない。マグワナどころか女の気配もない。恋人のひとりぐらいは、いそうなものだ。顔立ちは整っていると思うが、あんな陰惨な雰囲気をまとっていては、寄り付く女性もすくないのかもしれない。



 ロドウの生活を覗き見ていると、寂寥感がこみあげてきた。こんな世界から押しやられたハキダメみたいな部屋で、ひとりでジャガイモを頬張っている姿を見ていると、憐れに思えてくるのだった。



 どうしてあの男は、こんな場所で住むようになったんだろうか。やはりどこかの貴族の御落胤だろうか。妾とのあいだに生まれて、邪魔だったからゴミのように捨てられたのだろうか……。



 ゴミのような扱いを受ける子供は、けっして珍しくはなかった。堕胎の技術が、魔法にはなかった。腹に宿された子は必然的に生まれてくる。どれだけ疎まれようとも、生まれてくるのだ。結果、捨てられていく子供が山のようにいるのだった。それを、奴隷商人が拾ったりする。



 イアだって、決して恵まれた環境ではなかった。貧しい農民の子だった。母はいなかったが、父が男手ひとつで育ててくれた。しかしその父も、魔族によって殺されてしまった。焼けた故郷が、胸裏によみがえる。



 思い出したくもない過去を、思い出させられた。それはこのカビくさい部屋のせいであり、あまりに孤独なロドウの姿のせいにも思えた。



(全部、魔族を奴隷にすれば解決する)

 そう思った。



 魔族を労働力として使えば、人は豊かになるはずだ。食うものに困らなければ、子供を捨てる人だって減るにちがいない。



 この世の不条理を、すべて魔族が引き受ければ良いのに。



(帰ろう)

 と、不意に思った。



(マグワナをかくまっていたのは、この男だと思ったのだが……)



 ここまでやってもボロを出さないということは、思い違いなのだろう。だとするとなぜ自分は、ロドウという男に、ここまで引っかかりを覚えるのだろうか。わからなかった。



 自分とロドウという人間のあいだには、偶然では言い表せない「何か」があるに違いなかった。



「はぁ」

 ドッと倦怠感が押し寄せてきた。



 これ以上、こんな部屋にいると、自分までどうかしてしまいそうだった。勝手にロドウの部屋を覗き込む罪悪感にも、これ以上は耐えられそうになかった。



 自分から進み出たことだが、こういったヤマしい仕事は、自分に向いていないとイアは自覚していた。



(ロドウ・フォルケットも白か)



 回復薬を買った人間から、マグワナをかくまった人間を絞る――という考えは悪くないと思っていた。それにロドウの部屋に転がっていた回復薬の空き瓶も、気にかかっていた。しかし、もう一度見直す必要がありそうだ。



 ドォーン



 という轟音どこか遠いところから聞こえてきた。あわてて覗き穴から顔を離した。



 何かあったのだろうか。



 イアは隣室のロドウに不審がられないように、ソッと部屋を出た。すでに外は暗くなっていた。夜の暗闇のなかに赤々とかがやいている場所があった。



「イアさまッ」

 と、騎士のひとりが駆けつけてきた。



「しーっ。静かにしろ。どうした?」

 


「すみません。サルベント地区のほうで、マグワナが出たそうです。至急、イアさまの援護を」



「マグワナがっ。間違いないのか」



「はい。間違いありません。多くの人の証言もあります」



「わかった。すぐに行く」



 これでロドウへの疑いは、完全に晴れたと言えよう。しかし、まるで図ったかのようなタイミングだな、とも思った。

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