天才魔王VS最強勇者

【追放された皇子は、魔王となって帝国に復讐します】
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3-4》淫惑のサキュバス・クィーン

公開日時: 2020年12月10日(木) 11:31
文字数:3,001

「ダンジョンマップを見せろ」

 と、仮面の男――皇魔は言った。



 ダンジョンマップはそう易々と他人に見せて良いものではない。仲間のサキュバス、インキュバスだって見たことのない者のほうが多いはずだ。このダンジョンの全貌がわかるということは、すべてをさらけ出すも同義。弱点だって知ることになる。



「なぜ、マップが必要なの」



 たしかに芳醇な魔力をいただいた身だ。イアから受けた腹の傷もアッという間に完治してしまっている。さりとて、ただちにこの男を新たな魔族の王として認めるかというと、それにはまだ少し抵抗があった。



 魔王という圧倒的な存在が、つい最近まで存在していたのだ。代役が出てきたからと言って、そう簡単に気持ちを切り替えられるものでもない。そんなにコロコロと主君を替えるのは、不誠実な気もする。



「この戦、オレが指揮を執る」



「なんですって?」



 このダンジョンのボスは、6魔将たるヴァレンである。ここにいる者たちも、ヴァレンの配下だ。

 他人に指揮権を与えるのは、気乗りしなかった。



「オレの魔力は実感してもらえたはずだ。決して悪いようにはしない」



 たしかに――と、みずからの肉体にみなぎる魔力を思う。偉大な魔力ではある。ヴァレンの命も助けてくれた。



 信用には値するとは思う。

 だが、信頼までは少し足りないものがあった。



「この者に任せてみて欲しいのですよ」

 と、マグワナが口をはさんだ。



 魔王の娘に言われると、無視はできない。



 ヴァレンはあらためて仮面の男の風体を見つめた。べつに見てなにかわかるわけではないのだが、自分の目で見定めようという気になったのだ。



 着ているブリオーにはべつに不審な点はない。いたって平凡な服装である。体格だって良いわけではない。しかし、その男の存在そのものから、威厳のようなものを感じる。先代の魔王に通ずるものがある。マッタク動じない。自分が指揮を執って当たり前だという自負すら感じさせる。



「魔力をいただいた礼は言うわ。けれど、顔もわからぬ相手に、マップを見せろというのは受け入れがたい」



 周囲のサキュバス、インキュバスたちは事の成り行きを黙って見守っていた。みんな皇魔と名乗ったこの男に、どう接すれば良いのか戸惑っているのだろう。敵でないことは事実だが、顔を隠しているので怪しさは拭えない。



「見せられないか」



「ええ」



「勝ちたくはないのか?」



 何気ない質問だったのかもしれない。だが、その言葉はまっすぐヴァレンの胸のなかに飛びこんできた。



「勝てるの?」



「オレにマップを見せればな」



 冒険者たちに、もうかなり押し込まれている。後がない。多くの仲間がとらわれている。子供たちも逃げることが出来たのか怪しい。降伏だって視野に入れざるをえない。この状況で、「勝つ」という言葉は、おおいに魅力的だった。ほかの誰が言っても、タワゴトにしか聞こえなかっただろう。皇魔が言うと、ホントウに勝てるような気がした。



「わかったわ」



(賭けてみよう)

 そう思った。



 どのみち圧倒的なピンチであることに変わりはない。これ以上、悪くなることはない。すこしでも勝利の可能性を秘めているのならば、それに賭けてみたくなった。



 配下の者に、マップを持ってこさせた。皇魔にそれをわたした。皇魔は仮面を外すことなく、マップに魅入っていた。その目だし穴から、ちゃんと見えているのだろうか。気になった。



「良し」

 と、皇魔は面をあげた。



「何かわかったのかしら」



 マップを見ていたのは、ものの数分だ。この短時間で、複雑に満ちたダンジョンから、何かくみ取れることがあったのだろうか。この『爛れ石のダンジョン』は、ヴァレンの組み上げた巣だ。冒険者と戦えるように工夫を凝らしに凝らしている。いまの一瞬で、すべてをわかった気になられるのは不愉快とまでは言わないが、あまり良い気はしなかった。このダンジョンを侮られたような気がする。



「この右奥の通路に3人のサキュバスを配置しろ。10分後に冒険者がやってくる。こっちの通路には5匹配置だ」

 と、マップを指差していく。



「ホントウにそれで勝てるのかしら?」



「オレを信じろ」

 と、皇魔がヴァレンを見据えてきた。



 仮面の目だし穴の奥にある、漆黒の瞳が見えたような気がする。その瞳には、ゾッとさせられるものがあった。人間にたいする強い憎悪があるような気がした。



「冒険者を固まらせるな。左右の通路に誘い込んで、分断を誘え。そして中央勢力を制圧する」



「そう簡単に、誘いに乗ってくるとも思えないわ」



 どんな戦場においても、敵軍の中央を突破することは勝利のカギとなる。中央を分断することによって、相手の勢力のみならず、伝令のやり取りすら難しくさせることが出来る。しかし、それは常に相手も警戒していることだ。



「いいや。乗ってくるさ。敵はゼッタイ的な勝利を確信している。慢心している。このタイミングならば敵は、必ず乗ってくる。それに冒険者は大勢で動くことを得意としない。常にパーティで動くものだからな。簡単に崩せる」

 と、皇魔は仮面の奥で笑ったような気がした。



「ずいぶんと自信があるみたいね」



「6魔将のヴァレンは致命傷を負った。冒険者たちには、そういう情報が流れているはずだ」



「ええ。事実。私はイアにやられたわ」



「だが、すでにオレの魔力で完治した。そこに敵の誤算がある。意表を突くことができるなら、どの戦でも勝利はもぎ取れる」



 その後も、ダンジョンのどのあたりに待機しておけば良いのか指示を出して行った。場所だけでなく、どのタイミングで冒険者がやって来るかも口にした。どうやらその指示は的確らしく、言われた場所に行くと、冒険者が言われた時間にやってくるようだった。その計算には寸分の狂いもなかった。その指示の的確さには、頼もしいを通り越して、戦慄すらおぼえた。



(タダモノじゃない)



 いったい何者なのだろうか……。

 サキュバス・クィーンたるヴァレンにたいして悦楽とすら言える魔力を与え、さらには圧倒的な窮地をひっくり返すほどの策士でもある。魔族にこれほどの才能が埋もれていたなんて、信じられなかった。実力ある者なら、名が売れているはずである。



(マグワナ姫は、この男をいったいどこから拾って来たのかしら)

 と、疑問に思った。



「私は、どうすれば良いの……ですか」



 べつに意識することはなく、おのずとヴァレンは口調をあらためていた。この者がいれば、勝てる。それがヴァレンのなかで確信に変わったからかもしれない。



「敵の冒険者の大半を、左右に分断することに成功した。中央が薄くなった今が好機だ。主力を率いて、いっきに制圧しろ。それでチェックだ」

 と、皇魔は何かをつまみあげるような仕草をした。チェスを意味しているだと察した。



「わかりました」



「後に、4階層で勇者と鉢合わせすることになる。討ち取れるか?」



「やってみせましょう」

 と、ヴァレンは皇魔の前にかしずいた。



 さきほど勇者と相まみえて、見事なまでに打ちのめされた。圧倒的なまでの実力の差を感じたところだ。

 勇者はまだ実力を出し切っていなかったようにも思う。



 それでも――。

 今なら、勝てるような気がする。



(この男がいれば……)

 勝てる。



 このダンジョンに限った話ではない。魔王を失って瓦解しはじめている、魔族にふたたび勢いを取り戻すキッカケになるはずだ。皇魔にたいする不審感が、気が付くと氷解していた。むしろ、次期魔王を名乗るべき人物だとすら感じ入っていた。

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