恋星と恋のデュックス

彼女いない歴=年齢の少年は恋愛相談に本気で挑むようです
さくらぎ知世
さくらぎ知世

妹の友人に脅されて悩める恋の行方を探しています

恋星の伝説

公開日時: 2021年6月8日(火) 14:59
文字数:3,203

「恋星《ハートスター》の伝説って知ってる?」

「はーとすたぁの伝説……? なにそれ、聞いたこともないんだけど」

「この辺りでは有名みたいで、なんでもたくさんの恋に迷える子羊たちを導いた者は、どんな願いでも一つだけ叶えることの出来る神秘の魔法を恋愛の神様から授かることが出来るんだって」

「え、えーっと……それは恋愛成就のサポートを多く成功させたら神様が褒賞をくれるとかそういう?」

「うん、だいたいそんな感じかな。どんな願いでも、だなんて素敵だよね」

「うーん……素敵かどうかはさておくとして、絶妙に胡散《うさん》臭いなぁそれ」

「え、胡散臭い?」

「私に言わせれば神様も魔法も、遠い昔に人々の拠り所として生み出された架空の概念に過ぎないから、それらが絡んでる時点で察しってなものなのよ」

「あはは……相変わらず雲雀《ひばり》ちゃんは夢がないよね」

「寧々《ねね》が夢見すぎなのよ。普通よ普通。だいたい、そんな子供騙しな伝説追っかけてる暇あるなら自分の恋にちゃんと向き合った方がいいんじゃない?」

「うっ……そ、それは言わないでぇ……」



 恋星《ハートスター》の伝説──たった今うら若き乙女たちの会話の渦中にあったその言葉を俺、朝霧遠利《あさぎりとおり》が初めて耳にしたのはいつのことだったか……。

 それは、この天城《あまぎ》市に在住する一部の恋愛好きな学生たちの間で十数年前からぼんやりと語り継がれてきたとされている、まさに夢みたいな伝承のことである。

 一応諸説はあるらしく、歴史と伝統を重んじる由緒正しき名門校として世間一般に広く名を馳《は》せているここ、私立星天城学園が発祥とされているようだ。


 事の始まりは、数年前まで学園の高等部に実在していた『恋愛相談部』とやらの部員が、ある日歪な形をした石を拾ったこと。

 その石は、部が恋愛サポートと称して相談者の恋の悩みを解決するに連れて徐々に赤光《しゃっこう》を纏《まと》っていったらしく、それが世にも珍しい神秘的現象だったからか、当時進路指導委員に属していたらしき取得者は『全員が希望の進路を掴み取れますように』と石に願いを込めたそうな。


 そうして、部が着実に活動実績を上げていき石の輝きが最高潮に達したその年。

 石に込めた願いが叶ったとでも言うように、星天城学園は異様なまでの好進学実績を叩き出して一躍世間の注目の的となった、と。

 もともと星天城学園の進学実績は名門校というだけあって、それはそれはめざましいものであったようだが、そのことを差し引いても『異様』と表現せざるを得ないレベルというのは凄まじいものがある。


 その後、石は忽然《こつぜん》と消え失せその正体は分からずじまいとなり、文字通りの伝説に。

 それが語り継がれる流れで歪曲《わいきょく》し、恋愛の神様が魔法を授けてくれたといった具合で、ロマンチックに彩られていったとかなんとか。


 個人的見解としては、進学実績と石の効果の相関を示す具体的根拠が存在しない以上、眉唾《まゆつば》物の域を出ない話だと思うわけだが……。

 そんな身も蓋もないことを言ってしまうと一部の女の子たちに嫌われかねないので、心の内に留めている。


 因みにその石は当時の部員たちによって、恋星《ハートスター》の欠片と命名されたらしい。

 石自体、星が半分欠けたような形をした剥片《はくへん》だったというところと、願いを叶えるためには恋愛相談で成果を上げることが必要になってくるのではないかという部分が由来となっているようである。



「うっし、やっと書けたわ。待たせて悪いな。帰ろうぜ」


 俺の後ろの席、窓際の最後列というベストプレイスに座を占めている友人の牧野和宏《まきのかずひろ》が学級日誌を書き終えたことをアピールしてきたところで、俺は鞄を肩に掛けながら席を立った。

 

「了解。というか、今日はいいのかよ。彼女


 そう、彼には彼女がいる。名前は橘晴香《たちばなはるか》。

 2年B組に在籍している、大和撫子《やまとなでしこ》という言葉が非常に似合う艶やかな黒髪が素敵な女の子で、何度かお顔を拝見させてもらったのだがこれがまたとてつもない美少女なのだ。


「ああ、今日は部活だってさ。へへ、頑張ってるよなぁ」

「へ、へぇ……」


 鼻の下を伸ばしている和宏に、俺は嫉妬混じりの声を絞り出す。


 聞くところによると、橘は弓道部に所属しているらしい。なんでも、県内でトップクラスの実力者だとかなんとか。要するに文武両道系美少女というわけである。


 柔道部に所属しているむさ苦しい男、和宏がどうやって弓道部美少女と知り合ったのか非常に気になるところだが、何はともあれ、羨ましすぎて歯軋《はぎし》りが止まらない。

 和弘お前、橘を泣かせたらマジで容赦しないからな。


 でも、いいよなぁ……。


「俺も彼女ほしい」


 気づけばそんな言葉が口をついて出ていた。


「そういや遠利って全然女の子関係の話聞かないよな。誰か好きな子とかいないのか?」

「今はいないな。けど、好きっていうか可愛いなって思った子は今までに沢山いるぞ」

「ほぉ……その子たちにアプローチとかは?」

「したさ。それこそ告白なんて数え切れないくらいな。だが結果は全滅……玉砕祭りのオンパレードだ」


 どの女の子も皆、俺の精一杯の告白に対し一つ返事で去って行ってしまった。

 大切に積み上げてきた温かく尊い二人だけの時間。

 それが一瞬にして崩れ去る瞬間の儚さを幾度となく経験してきた人間など、俺を除いてそうはいないだろう。


「そりゃまた気の毒なもんで……一応聞いておきたいんだが、成功しない原因に心当たりとかは?」

「いや、それが分かったら苦労しないだろ。ちゃんと然《しか》るべき手順は踏んでいるし、それに加えて俺ってかっこよくて高スペックで基本なんでも出来るから、告白が成功したって何もおかしくないと思うんだよ」

「はは……そ、そうだなぁ」

「なのにどうして上手くいかないのか……あっ、これはひょっとしてあれか。俺がカッコ良すぎて逆に相手が自分なんて不相応なんじゃないかと自信を失くしてしまって、それで告白を受け入れられないとかそんな感じだったり?」

「それは絶対違うと思うけどな」

「くっ……そうか、そうなのか……」

「……」


 意味深な顔でじとっとこちらに視線を送ってくる和宏を前に、俺は頭を悩ませる。


 ──なぜ俺はモテないのだろうか。


 顔は女子たちがこぞって好みそうなさわやか系でこそないものの、悪くないどころかかなりイケてる自信がある。

 学力に関しても、天才秀才が数多く就学している私立星天城学園で、定期模試上位に名を連ねる程度の実力はある。

 それに運動神経だって、球技は苦手だが陸上競技はかなりの自信あり。握力なんて学年どころか学園で……いや、県内で一番の自信があると言っても過言じゃないだろう。

 加えて、料理も人並み以上に出来て趣味だって豊富。我ながら総合的に高スペックだと自負している。

 だというのに、俺は未だに彼女いない歴=年齢族。それどころか、柔道部のむさ苦しい男子共にばかり言い寄られる始末である。なんでだよ、おかしいだろ。

 因みに和宏は一年の頃に橘含めた三人から告白されているらしい。ふざけやがって……。


 とにもかくにも、俺にとって誰かから告白されるなど夢のまた夢の話なのである。

 だから、和宏が羨ましくて仕方がなかった。


「なぁ遠利、俺が思うにお前がモテない原因はな……」

「モテない原因は?」

「……ナ……いや、やっぱりなんでもない」

「は? 最後まで言えよ。気になるだろうが」


 わりかし正直にモノを言うタイプのこいつが言い淀《よど》むなんて珍しい。今日は嵐でもやって来るのか?


「知らねー知らねー。ちっとは自分で頭働かせてみるんだな。さっ、帰ろうぜ」

「あっ、おいっ……たく」


 和宏は俺の追及を華麗にいなして、帰路に就くべく先陣切って歩き出す。

 俺はもやっとした感情を胸に抱えながらも、仕方なくその背中を追いかけたのだった。

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