「どうしてここにリリエルさんが? と言うか、今のは何なんですか!?」
私は思った事をそのままリリエルへと問いかけていた。
「まさかそこを訊くとはね。てっきり、私が貴方をクリスではなくアリスと呼んだ所を訊いて来ると思ったんだけどね」
「え?」
リリエルからそう言われ、一瞬私は首を傾げたが自分の姿を改めて見て、そこでリリエルの言葉を理解した。
「あっ……な、何で私の名前を知ってるんですか? と言うか、気付かないとは……」
そうリリエルと初めて会ったのは昨日で、その時はクリスとして出会っている為、私がアリスである事などリリエルは知らないはずなのである。
なのに私は、目の前で起きた事に驚き過ぎてそれよりも先に違う事で頭が一杯になってしまい、リリエルに問いかけていたのだった。
私は深くため息をついて肩を落とした。
「あ~心配しないでいいよ。私は貴方がアリスである事とか、女子が男装してこの学院にいる事とか何も誰にもバラす事はしないから」
リリエルからの言葉に一瞬安堵したが、直ぐに私はその言葉を信じられなかった。
まだリリエルがどう言う人かも知らない為、ただこの場ではそう言っているだけかもしれないと思ってしまったからだ。
この事に関しては、私にとっても家にとっても将来に関わる事の為、そんなに簡単に知らない人の言葉を鵜呑みには出来ない。
そう思いながら私はリリエルの方を見ていると、リリエルはそれを察したのか話し始めた。
「アリス、貴方が私を信用出来ないのは分かる。こうして会って話すのも2回目の人に、自分の大切な秘密を知られたらそんな強張った顔もするだろう」
「っ……」
「こう見えても口は堅いんだ。と言っても、口だけじゃ信じられないよね。だから、直接アリスに私がどう言う人かを見てもらう」
「えっ、何をするんです?」
リリエルはそう言って、私に人差し指を突き出して来てそのまま私の額に押し付けた。
直後、私の頭の中に知らない記憶が一気に流れ込んで来た。
それは断片的であったが、この学院の風景や生徒たちが居るのが分かった。
これは何!? 私の記憶じゃないし、この学院だけどなにか違う……何なのこれは!?
そのまま流れて来る記憶の中に、見た事ある様な顔の生徒が出て来る。
ん? んん? もしかして、お母様? それにマイナ学院長?
その記憶では、その2人とこの記憶の人目線で話していた。
更には、似たような光景や授業などの光景が流れて行った。
そして、流れ込んで来た記憶が全て終わると私は急に体が少し怠くなった。
「な、何だったの……今の記憶は……」
私は片手で顔を隠すように当てて、今起こった事を思い返しているとリリエルが話し掛けて来た。
「少し流し過ぎたかな? でも、その感じだと上手く私の記憶を見れた様だな。どうだった? 初めて人の記憶を見た感想は?」
一瞬私はリリエルが何を言っているのか理解出来なかった。
流し過ぎた? 人の記憶? 何を言っているの、この人は?
「さすがに説明なしじゃ、そんな感じになるか。今アリスが見た事ない記憶映像は、私の昔の記憶だ。一応学院で教員をしていた時のを流したが、無事に見れたかな?」
「今のがリリエルさんの記憶? 自身の記憶を他人に流すなんて聞いた事ないです。そんな事出来る訳ないですよ」
「確かに、この世にそんな事が出来るのは私だけだからな。体には害はない、なに簡単なことさ。私の記憶を魔力に乗せて、アリスにその魔力を流しただけさ」
物凄く簡単に言っているが、そんな事出来る訳ないと私は頑なに思っていた。
だが、現に私自身の体でリリエルと思われる記憶を見たため、信じられない事ではないと少しだけ思ってもいた。
「それじゃ、今度は逆にアリスの記憶を私が見せてもらおう。次はもっと分かりやすいと思うぞ」
するとリリエルは、再び私の額に人差し指を当てて来た。
その直後、私の額から微量に魔力が出て行くのを感じた。
リリエルはそのまま、突き当てて来た人差し指を離すと、そこに小さな魔力の球体が人差し指に乗っかっていた。
「これが今引き抜いたアリスの記憶さ。アリスの記憶の一部を魔力に乗せた物だ。今のは自分でも感じれただろ?」
「……はい。魔力が少し抜けて行くような感じでした」
「そう。そしてこれを私に当てると」
そう言ってリリエルは、小さな魔力の球体を自分のこめかみ辺りに叩きつけると、その魔力の球体は一瞬で消えてなくなった。
リリエルは暫く「なるほどなるほど」と小さく呟いた後、私に向かって私しか知らないような事を話し出し、更には転入当初の話やルークに初めて正体がバレた時の話などをされた。
「な、なな、何でそれをリリエルさんが、知ってるんですか……」
「アリスの記憶を一部見たからさ。にしても、第二王子のルークって言う子は何か今と印象と言うか、雰囲気が違うね」
その時私は、本当に記憶を見る事が出来るのだと確信した。
この人はただ者じゃない。
そうとも私は改めて認識を変えた。
「私の事も少しは知ってもらえた様だし、私がアリスの事についてバラさないと分かったかな? そしたら、話を戻そうか。それ、読まないのかい? アリスが探していた月の魔女の研究発表資料だよ」
「……私の事についてバラす様な人ではないとして話を続けますが、月の魔女の事や私の正体についてはいつ知ったんですか? これも記憶を見たんですか?」
「いいや、違うぞ。アリスについては、昔リーリアに写真を見せてもらった事があるんだ。それに男装していたが、私は直ぐに分かっただけだ。月の魔女に関しては、マイナからアリスと言うよりクリスについて軽く訊いたんだ。そこで月の魔女について熱心だと知っただけさ」
お母様から私の写真を見ていたか……あり得ない事じゃないな。
月の魔女については転入時にマイナ学院長に少し聞いたから、それで知られているのは分かるし、こっちも嘘じゃなさそうだな。
「勝手に詮索したのは悪かったわ。それについては、謝るわ」
「いえ、私も少し疑い過ぎましたし、態度が悪く見えたかもしれないので、こちらからも謝ります」
私はリリエルに頭を下げると、リリエルは「気にしてないよ」と気さくに言って来てくれた。
「それでまた話は戻るけど、読まないのかい? こう言っちゃなんだけど、それは本当に月の魔女が作った物だよ。名前を教える訳には行かないから、私がアリスの視界にそこだけ見えない様に仕掛けをしているけどね」
またさらっと凄い事を言って来たな、リリエルさんは。
私はそこに追求しても私には理解出来ない事だと切り分けて、違う事を訊いた。
「どうして名前を隠す必要があるんですか? 月の魔女がここの生徒であったと言う事は、知っている人は知っているのに、どうして名前はダメなんですか?」
「それは月の魔女と言う存在がヒーローみたいなものだからさ。今では憧れの対象になる位だし、誰かなんて言うのは知らない方がこう言うのはいいものなんだよ。これは長年生きている私の経験さ」
「は、はぁ……まぁ、私は名前が知りたい訳じゃないのでいいですけど。リリエルさんは、月の魔女と会って誰なのかを知っているでいいんですよね?」
「えぇ。なんなら、記憶を見せようか?」
「いえ、もうそれは大丈夫です。変な感覚になるので遠慮します」
私が断った事に、リリエルは少し残念そうな表情をしていた。
そして私は渡された研究発表資料の冊子に手をかけて開こうとしたが、そこで手が止まってしまい開けられなかった。
別にリリエルが嘘を言っているとか、見たくなくなったとか言うのではなく、何故か自分でも分からないが開けるのが怖いと思ってしまったのだ。
そんな私を見ていたリリエルが唐突な事を訊ねて来た。
「アリス。どうしてアリスは、月の魔女を目指しているんだい?」
「えっ……それは……私も月の魔女の様な人になりたいからであって」
「じゃ、そうなれたらアリスは何をするの? なれなかった時は? そもそも何を持ってそうなれたと思っているの?」
「うっ……それは、この学院で二代目月の魔女と言われるような人と同じかそれ以上になれれば、なれたと言えると思ってます。どうするかは、決めてないですけど何かしら道が見えてくると思っています。それに私は令嬢ですので、いつまでも自由ではいられません。いずれは誰かと結婚し、その方と一緒に生きて行く運命ですので」
「なるほど。それじゃ、今のこの生活は無駄に終わると言う訳だな」
リリエルから出て来たまさかの言葉に、私は一瞬固まってしまった。
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