「無、駄?」
「そうじゃないか? 目標を達成してもそれを活かす道は見つけてない、結局は令嬢としての道に進むと言うのだから、そこまでして頑張る必要はないじゃないか。楽しく平和に学院生活を送った方がいいんじゃないか?」
「それは私が決める事です。例えそうだとしても、私は私の意思で月の魔女の様になりたいと思っているので、貴方に何を言われようが何かを変えるつもりはありません」
私はきっぱりとリリエルに対して言い返すと、リリエルは小さく微笑んだ。
「ほぉ~私の言葉には流れない当たりは、さすがリーリアの娘だな」
「何が目的ですか? 急にそんなこと言って来て……何か試してるんですか?」
私がリリエルに疑いの目を向けると、リリエルは続けて問いかけて来た。
「試すと言うより、知りたいのさ。アリスは将来有望だからね。将来どうしたいのか、気になるからね」
「それは昔教員をやっていた経験からですか?」
「それもあるけど、アリスの目標が本当にそれをやりたいものなのかと感じたからさ。アリスは小さい頃の憧れをそのまま目標にしているが、本当はやりたい事が見つからないから、ただそれを目標にしているだけなんじゃないのかい?」
「……何言ってるんですか」
「それじゃ、どうしてその研究発表資料を開かないんだい? 憧れている人の物だよ。見たいと思うのが普通じゃないかい?」
リリエルからの問いかけに、私自身も分からない為答えられず、ただ黙るしかなかった。
「本気で目標に取り組んでいないとは言わない。だが、それなら将来どうしたいか少しでも口にだせるはずよ。でもアリス、貴方はそれを口に出せなかった。何かに取り組んでいる人は、自然とその先どうしたいかも何となくでも見えてくるものよ」
「……」
「貴方がその資料を開けないのは、それを見てしまったら私もそう言う人を目指さないといけない、そうならないといけないと心のどこかで思ってしまったから見れないんじゃないの?」
「そんな事思っていないです!」
私はそう言って研究発表資料に手をかけて、開こうとするが開ける事は出来なかった。
「どうして……」
「貴方は自分でも知らないうちに、自分の将来から目を背けているのよ。縛られないで自分が出来る物かつ、やっていると錯覚出来る事……それが、昔憧れた月の魔女を目指すという事」
リリエルの言葉に私は軽く首を横に振りながら「違う」と呟いた。
「そうね。私の思い込み過ぎかもしれないわ。貴方の記憶を見て感じた事を率直に言ったに過ぎないし」
「……私にそんな事言って、何がしたいんですかリリエルさんは……」
私はリリエルから視線を外し、少し俯きながら問いかけた。
するとリリエルは、被っていた帽子を少し深く被る動作をする。
「お節介よ……第2学年の今頃は、自然と重要な決断や将来を迫られる時期なのよ。今も昔も、ね。だから、そんな瞬間が来る前に心の準備や考える時間を作ってあげようと言う、私なりの気遣いよ」
「重要な決断や将来、ですか?」
「そうよ。この学院生活からの卒業まで残り1年と半年程。そうなってくると自然とその後の人生をどうするかの決断を迫られる。更には、考えたくない事や目を逸らして来た事とも向き合わなければいけなくなる。貴方は貴族としての立場もあるから、他の人より少し大変かもね」
「……ですから、私は月の魔女の様な人を目指して行くと言う将来が、目標があります」
「なら、その目標に対して、この先向き合う日が必ず来るわ。その心の準備だけはしておくことを、昔教員だった私の経験から言っておくわ」
「……リリエルさんからの教示、しっかりと受け止めておきます。ありがとうございます」
私は少し低い声のトーンでリリエルにお礼を伝えると、リリエルは「本当に嫌になるわよね」と小さくボソッと呟いた。
「さて、この悪い空気や気持ちを少し軽くしようか。せっかくの学院祭にそんな気持ちじゃ、楽しいものも楽しくないだろうし」
そんな空気とか気持ちにさせたのは、貴方でしょうが。
私は心の中でそう思った。
今私の中では、何だか分からない気持ちや思いがごちゃごちゃになりつつあり、どう気持ちや考えの整理をしていいか分からず、それが物凄くストレスになり自分に対してイライラし始めていた。
確かにこうなったのはリリエルのせいではあったが、こうなっているのには自分にも原因があると思っていたのでリリエルにではなく、自分に対してイライラしていたのである。
また、他人のせいだからと言って怒りや今の感情をそのまま相手にぶつける様な行動は、小さい頃にお父様に注意された事があるので私はそんな事は絶対にしない。
だが、どうしようもない気持ちに私は、ただ力一杯拳を握る事しか出来なかった。
「アリス、気持ちを少し落ち着かせてごらん。肩の力を抜いて、ゆっくり深呼吸をするの」
そんな事言われたって、それが出来る様な状態じゃないんですよ。
私はそう思っていたが、リリエルの言葉を聞いてから徐々にイライラしていた感情が収まり始め、次第に気持ちも落ち着き始めゆっくりと息を吸い始めていた。
あれ? さっきまでの気持ちが嘘のような感じだ。
忘れた訳じゃないけど、今だけはそれを考えなくていいって思えて来たら、自然と落ち着いた感じ。
「うん。落ち着いたようだね、アリス」
「リリエルさん。また、何かしましたか?」
するとリリエルは、頷いて答え始めた。
今リリエルがしたのは、自分の言葉に魔力を乗せて相手の高ぶった感情などを抑える魔法を使ったと答えた。
しかしそんな魔法など聞いた事もないと伝えると、リリエルは自分しかまた使えない魔法だと答える。
その魔法は相手の感情をコントロールするものではなく、ある特定の感情を抑える魔法だと教えてくれたが、それ以外の詳しい事は私にはどうしてそう働くのか理解出来なかった。
「魔法とはね、まだ未知なものさ。だから、未だ誰も知らない事もあり得るもので、あり得ない事が実現するのが魔法よ。私は長く生きているから、他の人よりほんの少し珍しい魔法を使えるだけよ」
そう言ってリリエルは、片手から魔力だけで創り出した一匹の蝶を飛ばした。
私はリリエルの周囲を飛ぶ蝶を目で追っていた。
「魔法は美しく危険なものだ。だからこそ、人は魔法に魅入られる」
そしてリリエルの周囲を飛び回った蝶は、リリエルの人差し指に止まる。
「だけど、魔法に強く強く魅入られてはいけないよ。容易く足を踏み入れられるが、深く入り過ぎると戻ってこれず、抜け出す事は出来ないからね」
そう言ってリリエルは人差し指に止まった蝶に向かって、軽く息を吹きかけると蝶は綺麗な粉の様になって消えて行った。
その時のリリエルの顔は、少し後悔している様な顔に私は感じた。
「まぁ、人生は魔法だけじゃないって事よ。好きな物を食べたり、友と楽しい時間を過ごしたり、恋をしたり色々すると、見えなかった事が見えたりもするらしいわよ」
最後はなぜ少し他人事なのか分からなかったが、リリエルなりに私を思っての言葉だと言う事は分かった。
「いらない話をしちゃったわ。そうそう、あと一つ訊きたい事があったのよ」
「まだあるんですか?」
私はまた変な事を言われるんじゃないかと少し警戒した。
するとリリエルはそっと私に顔を近付けて来て、訊いて来た。
「結局の所、アリスはあそこの男子の事が好きなの?」
そう言って、リリエルが指さす方に視線を向けるといくつかの棚越しではあるが、そこにはルークの姿があった。
「え……えっ!?」
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