とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する

令嬢が男子寮へ男装し転入するもハプニング連続で早くも正体がバレる⁉︎
光逆榮
光逆榮

第60話 火遊び

公開日時: 2022年4月7日(木) 20:00
文字数:4,476

 時間は少し戻り、クリスたちは王国軍の兵士が呼び出した狼の魔物と思われる群れに対して、攻撃態勢をとっていた。


「おい、どうすんだよこれ? 近づいて来る音的に、物凄い数がいなさそうじゃないのか?」

「どうするも何も、ここで逃げた所で後ろからやれるだけだ」

「ガウェンの言うう通りだな。ここで少しの間、持ちこたえればいずれ教員たちも来るだろう」

「自称親友の言う事も分かりますが、こんな渓谷の下にいる状態なら、この人数でも対応できますわ」


 トウマは、ニックたちの自信に満ちた発言に付いて行けず、あたふたとしていた。

 私もトウマと同じような気持ちではあるが、やはりルークの事が気になってしまい、迫って来る狼の魔物に集中出来ずにいた。

 近づいて来る音的に、先程よりも多い感じはするがニックはジュリルと作戦を立てて、時間稼ぎをする方針を固め、目の前の通路に大きな壁を2人で創り上げた。

 5メートル程の高さまで創り上げ、これなら簡単に飛び越えてはこないだろうと安心しているが、ニックたちは一瞬たりとも気を抜かずにいた。

 すると、近づいて来る足音の数が徐々に多くなって行き、壁の目の前まで迫って来た途端、次々と壁に激突する音と威嚇をするような声が周囲に響き渡った。


「来た!」

「おいおい、大丈夫かよ。壁にどんどんと激突してるぞ」

「自称親友! 貴方も心配してばかりいないで、構えなさい! ビビってたら死ぬわよ!」


 ジュリルはトウマに冷たい言葉を投げかけるが、この状況は決して良くないとジュリルも分かっているから、ストレートにトウマに言ったのだと私は思った。

 確かにここには、学院でも才能がある人たちがいるが、所詮学生の身分。

 だれも魔物に対して戦闘経験が豊富ではなく、ほぼ初めてであり場所も一本道と限られており、逃げるにも逃げられない状況。

 すぐに助けが来ると分かってはいても、正確にいつ来るかまでは分からないまま、時間稼ぎの作戦を取ったのは、これが一番助かる率が高いと判断したからだ。


 トウマも言っていた様に、ここに来たのは私とルークの爆発の印があってこそであり、誰もがここに集まって来るはずだと彼らは分かっている。

 なので、ここから逃げるより、危険ではあるがここで時間稼ぎを行い、助けが来るのを待つのが良いと判断していたのだ。

 だが、創り上げた壁に徐々にヒビが入り始め、ニックとジュリルはすぐさま補強を行うが、壊れ始めるスピードに補強が追い付いて行かなくなる。

 ガウェンやトウマに私も、微力ながらあるだけの魔力を使い補強を行うが、それでも間に合わなくなりつつあった。


 マズイ……このままじゃ、いずれ壊されてなだれ込まれる! その前に何とかしないと。

 私はそう思いながら、横にいるニックを見ると、ニックも分かっており何かを策を考えているが、目の前の事に完全に考える意識に持っていけずに歯がゆい顔をしていた。

 直後、私の体の力が急に抜け、その場に四つん這いになってしまう。


「あ、あれ……体に力が、入らない……」

「クリス!」

「クリス貴方、まさか魔力切れを起こしているんじゃ!?」

「えっ」

「何してんだ! 自分の魔力量ぐらい考えて行動しろ! トウマ、クリスに魔力を渡せ! このままじゃ、魔力欠乏症になりかねない!」

「分かった!」


 地面に四つん這いになっている私に、トウマが近付いて来て背中に手を当てられる。

 すると、体に温かい何かが流れ込んで来る。

 やってしまった……魔力切れを起こすなんて、最悪だ。

 何してるんだ私は! 自分の体の事すら分からなくなっているのか! こんな状況で考えなしに前に出るから、こうなるんだ! 最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。

 このままじゃ、皆死んでしまう!


 私は自分のふがいなさに、四つん這いになりながら両目から涙をこぼしていた。

 トウマも壁の補強から抜けた事で、一気に壁が崩れ始め、皆がもう耐えきれないと思った時だった。

 壁の向こう側で何かが吹き飛ぶ音が、微かに聞こえる。

 その音は徐々に近付いて来て、同時に動物の甲高い声も聞こえ出す。


「な、何の声だ?」

「分からないわ……でも、壁に突撃してくる魔物が急にいなくなった様な感じよ……」


 それから数分間、何かを切り裂く音と壁に打ち付ける音などが聞こえ、狼の魔物たちが何か別のものと戦っている音や声が響いた。

 それを立ち尽くした状態でニックたちが聞いていると、突然その音が何も聞こえなくなった。

 直ぐにニックたちは、目の前の壁を崩し見る勇気がなく、そのまま立ち尽くしていると、ジュリルが勇気を出し覗いてみようと提案し、ニックたちも賛成し目の前の壁を崩し始める。

 私もその頃には、トウマから少し分けてもらった魔力で体にも力が入る様になり、トウマの肩を借りながら立ち上がり、何があったのかを見ていると、壁の向こう側の光景に絶句した。

 そこには、狼の魔物の死体の山が築かれており、周囲の壁や地面は狼の魔物の血で真っ赤に染まっており、別世界となっていた。


「うぐぅ……」


 その光景にトウマは、口元を抑え直ぐに目を逸らしていた。

 そしてトウマの目は、何か血を見た事で思い出したくもない過去を思い出してしまった目をしていた。

 他の皆は、私同様に目の前の光景が信じられずに、目を見開いて立ち尽くしていた。

 するとそこに頭上から、教員たちが降りて来て目の前の状況に驚く。

 その後は、教員たちの指示の下、私たちは保護され生徒たちは一部の教員たちと渓谷を上がり、チーム戦の説明を受けた宿泊施設へと向かった。

 それからは、簡単な教員たちの質問に答えた後、船へと全員で乗り、元の島へと戻った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の夜、王都メルト魔法学院の生徒とクレイス魔法学院の生徒が全員一つの施設に集められ、今日発生した事件と初日に発生した事故について詳しく説明がされた。

 教員たちはそもそも今回の真相を話す必要はないのではないかと、協議していたそうだが、当の本人たちが少なからず関わった事を隠したまま合同合宿を終えるのも気持ち的には残ったり、引きずったりするのではと話し合いをした結果、全てを包み隠さず伝え、生徒たちの受け取り方に任せてみようという結果になった。


 一部では放り投げだと反論もあったが、生徒とは言えもうすぐ一人前になる者たちを、いつまでも子供扱いしているのもどうなのかと言う事もあり、ここは生徒自身に考えて、受けとめてもらう事になったそうだ。

 教員たちはそれを事前に私たちに伝えた上で、全てを話し始めた。

 話の中では、特定の名前は出てはこなかったが、だいたい誰がどうなったかは全員知っていたが、全生徒は何も言う事はなく真剣に話を聞きづけていた。

 そして魔物が発生した理由も、外部から小型化できる魔道具を使用して、王国へ恨みを持つ者の犯行としか伝えられなかった。


 現在その人物は拘束され、意識が戻り次第詳しい事情を聞くことになっているらしい。

 今私たちは昔に比べとても安全に暮らせているが、いつ今回の様な事件に巻き込まれるかもしれないと、教員たちは警告を行った。

 それはただの脅しではなく、25年ほど前に発生した王国内クーデターから王国に対しての好からぬ感情を持った者たちが攻撃していると、生徒たちにも再認識させるためだった。

 私たちの日常で、そんな事件などが一切起こっていないのは、盤上な王国軍の兵士や王たちが頑張り平和を維持しているからである。

 私は、それをこの日改めて実感したのだった。


 その後、説明は終了し各学院とも各自の宿泊施設へと戻った。

 私たちは宿泊施設へと戻ると、皆は話を聞いたせいか沈んでいる様な雰囲気が醸し出でていたが、それを見て私はあんな話を聞いたら当然だなと考えていた。

 すると直後、トウマが大声を上げる。


「あー! やっと、難しい話が終わったな! 色々あったけど、とりあえず今日でカリキュラムは終了だ! となると、残すはアレしかないよなお前ら!」

「ちょ、ちょっとトウマ! 少しは空気を読めよ。皆そんな感じじゃねぇだろ」


 私は直ぐにトウマに駆け寄り、小声でトウマの場違い感を伝えたが、皆は私が思っている様な状況ではなく、トウマの声に反応し声を出し、急にテンションを爆上げにしていた。

 何が起こっているのか私には分からず、動揺しているとトウマが肩を叩いて来た。


「まぁ確かに、さっきの話は大切な事だ。だけど、今この時も大切な事だ。なんせこの学生生活は一度っきりなんだぞ! 二度と帰って体験できない貴重な日々だ。それを、この先ずっと考えられるような事で、今を無駄にしてもしょうがねえだろ?」

「で、でもよ。その、何て言うか、そう簡単に気持ちは切り替えられないだろ」

「だから、楽しい事を考えてテンションを上げるんだよ! だってよ、俺たちは何といわれようが、まだ学生だぜ。馬鹿騒ぎ出来るのも学生までって言うだろ。結局大人になるなら、今だけはめちゃくそに楽しまなきゃ、損だろ」

「あぁ……」


 トウマの言葉に私は圧倒されていた。

 確かに教員たちも、今は学生として充実した生活を送ってくれと言われており、トウマの言葉が間違っているとは思わないが、私は皆の様に突然テンションを上げるのは無理だった。

 トウマたちは無駄に声を上げて騒いでいたが、私は気持ちの整理がつかず一度自室へと戻った。

 その後入れ替わる様に、タツミ先生が騒いでいるトウマたちに声を掛ける。


「主犯はお前か、トウマ? あまりから元気で気持ちを引き上げるのは、おススメしないぞ。気持ちと体が離れて付いて行けず、おかしくなるかもしれないからな」

「な、何を言ってるんだよ、タツミ先生」

「はぁ~、クリスはもういないぞ。自室にでも戻ったんだろ」

「えっ」


 その言葉を聞いたトウマたちは、周囲を見てクリスがいない事に気付き、大きく息を吐きテンションを元に戻していた。


「おい、トウマ。お前が言ったとおりにやったが、ダメじゃねぇかよ!」

「そうだ、そうだ! お前が言い出した事だろ!」

「お、お前ら! 相談した時に何も案を出さないから、俺がねじりだした案に賛同したじゃねぇかよ!」

「お前ら、クリスの心配をしての行動なんだろうが、もう少しやり方があるだろうが」

「だ、だってよ! これしか思いつかなくて……あんな話を聞いて、俺たちまで沈んでたらクリスも責任感じちまうんじゃないかって思ったから、俺たちだけでも気にしてない雰囲気作ろうとしたんだよ」


 トウマたちは、クリスが今回の事件の中心にいた事を心配し、トウマたちに励まそうとしていたのだった。

 だが、当のクリスにはそう伝わらずいつも通り、ただ騒がしい存在としか映らなかったじゃないのかと、タツミ先生に指摘され、トウマはクリスの顔を思い出してそうかもと呟き、机に突っ伏した。


「だからお前らは、女にモテないんだよ」

「うるせぇ」


 するとタツミ先生は、懐から棒や紐状の物や全体が筒で覆われている物がいくつか入っている大きな袋を取り出した。


「少しは息抜きに、これでもやるか?」

「何すかそれ?」

「簡単に言えば、火遊びだ」


 トウマたちは、タツミ先生の言葉に首を傾げていた。

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