「な、何で寮長が俺の部屋に!?」
「いや~急に倒れたって聞いてさ。でもその感じだと、とりあえずは良さそうだね」
「まぁ、まぁ~そうですね」
「立ち話も何だし、少し中に入ってもいいかな?」
「え、あっ、はい。どうぞ」
会話の流れで、私は寮長であるオービンを部屋の中へと入れた。
オービンはそのまま私の前にある椅子へと腰を掛けた。
私は立ったままでいると、オービンは「病人なんだしベッドに座りなよ」と言われたので、言われた通りに私はベットに座った。
「それで、用件は……」
「そんなに警戒しなくても、お見舞いだよ。寮生と言うか、後輩が倒れたんだ俺は寮長でもあるからね、心配してたんだよ」
「すいません。今回は俺の自己管理不足で……」
「まぁまぁ、大事に至らなくて良かったよ。こうしてまた会話も出来てるし」
オービンは本当にただ私が倒れたので、心配して様子を見に来てくれたのだと分かった。
するとオービンの目線が、先程レオンから貰ったフルーツへと向いた。
その視線に気づいた私は、良かったら食べますかと言うと、オービンはさすがにお見舞い品を貰うわけには行かないと当然の様に遠慮した。
だが、量もかなりありと伝え、私だけでは食べきれないなら配ってもいいと言われていると伝えると、オービンは「それじゃ1つだけ貰おうかな」と言って、ぶどうを一粒取って口に運んだ。
食べた瞬間、表情から美味しいと伝わって来て、フルーツが好きなのかなとも思っていた。
「こんな美味しいお見舞い品を貰えるなんて、君はいい友人を持ってるんだね」
「は、はい、そうですよね」
私は少しぎこちない感じ答えたが、特にオービンは気にする事無く聞き入れた。
「それで体調の方は、いつ頃完治するのかな?」
続けて聞かれた問いかけに、私は後4日程安静にしてれば問題ないとタツミ先生に言われた事を伝えた。
オービンは「それは良かった」と自分の様に喜んでくれ、少しびっくりしてしまった。
他人の事をこんなにも自分の事の様に喜ぶ人を今まで見た事なく、嫌な感じもしないのが凄いと感じていた。
これがルークの兄であるオービンと言う人で、皆と気軽に話せ信頼される先輩であり、力と知識もある寮長でもありながら、次期クリバンス王国の王なんだと実感した。
そして、こんな人こそ王に相応しいと、私自身もその場で思ってしまう程魅力がある人であった。
「どうかしたのかい? そんなに俺を見つめて」
「い、いえ。その、改めてオービン先輩が凄い人だと思っただけです」
「そんな事ないよ。俺は皆に支えられてこの立場にいるし、ミカが居なきゃ寮長なんてやれてないよ。だから、俺はいい人たちに恵まれてたから頑張れたんだ。君もいい友人を持ってるから、俺より凄い人になれるさ」
「いやいや、そんな事はないですよ。俺なんて、そんな資格ないですよ」
「そうかな? 俺よりあると思うよ。俺なんてルークとうまく行ってないし、ミカによく怒られるし、他の寮長たちに色々言われたり、同級生にもいじられるしさ」
えっ……何でこの人は自分の事を印象を下げようとしてるんだ? 謙遜してるだけ? でも、後輩相手にここまでするか、普通。
そんな事を思った私は、オービンに対しそんなに謙遜し過ぎると嫌われますよと言うと、オービンも気付き「これは申し訳ない」と口にして謙遜するのを止めた。
私は無意識でやっていたのかと思い、そんな所もこの人が他の人を引き寄せる魅力なのではと勝手に考えていた。
「いや~にしても、君はよくやってるよ。本当に凄いよ。俺には出来ない事さ」
「何の事ですか?」
「ルークの事さ。君がルークの鼻を折ってくれるって聞いた時は、驚いたけど。ここ半年で、見ない間にルークの意識が少し変わっていて、本当に驚いたよ」
「えっ……」
一瞬私は、オービンが何を言ってるか理解出来ずにいた。
聞き間違いか? 今私がこの学院に入学した理由を口にしなかったか、この人? ん? んんん??
「いきなりで動揺させちゃったかな、クリス君。さすがに、本当の名前をここで口にするのは危険があるからやめとくよ。でも、まず知ってほしいのは、俺は君がどうしてここに転入して来て、その目的も全て知っているという事さ」
「……」
突然のカミングアウトに、私は完全に口が開いてしまい、思考が停止していた。
私自身、オービンに何を言われたかの理解するまで時間がかかったが、オービンが全てを知っていると分かると今まで私が男のふりをして接して来た事が、急に恥ずかしくなって来てしまい両手で顔を覆った。
オービンは私の行動に驚き、恐る恐る声を掛けて来て「大丈夫? 突然過ぎたよね?」と言われたので、私は全力で頷き返した。
それで何となく察したオービンは、私に頭を下げて謝罪した。
そこから数分後、私は一旦落ち着きを取り戻し、深呼吸してからどう言う事かオービンに説明を求めた。
するとオービンは、私がお母様に言われて来ている事を口にし、その経緯がオービンのお母様からであると説明してくれた。
その話自体は、お母様からも聞いていたがオービン自体も知っていた事に驚いていた。
オービンのお母様は、オービンとルークの仲が良くない事を理解していたが、オービン自身が何とかすると言ってきたが、お母様の方がしびれを切らして私のお母様たちに相談したのだと語った。
どうしてそんな事になったのかを聞くと、オービンは第一王子であり次期王であるが、第二王子であるルークと共に助け合って、今後の国を支えて欲しいと言う願いがあったらしくその為に、ルークが持つプライドを折れば状況が変わるのではと考えたらしい。
当初私としても、そう上手く行かないと思っていたが、そんな事を口出ししても意味がないと分かっていたので、何も言わずに胸にしまっていた。
「と言うか、何でオービン先輩は、ルークとそんな仲が悪いんですか? ずっと喧嘩でもしてるんですか?」
「いや、違うんだ。悪いのは全部俺なんだよ。幼い時から、俺が次期王になると教えられ、日々それにふさわしい様に学び生活していたんだ。そのころは、ルークも俺を支えると言って、仲が良かったんだ」
「それじゃ、何が原因でそうなったんですか?」
「あまり詳しく言えないが、ある一件から俺がルークには苦しい思いをして欲しくない、自由に生きて欲しいと思った時から、俺がより一層勉学などに打ち込んでからだな。誰もが、俺に任せればいいと思う様になれば、ルークが自由な選択をして生きていけると思ってたんだ。でも、結果は違った」
「ルークは、貴方に嫉妬してしまった」
その言葉に、オービンはゆっくり頷いた。
オービン自身は、王になってしまうと自由はなくその補佐となるとより忙しくなると分かり、兄弟2人して同じ人生を歩ませる事はないとルークの人生の選択を広げようと思っての行動が、裏目に出てしまったという事らしい。
それに気付いた時には、既に手遅れ状態であり、関係の修復が困難になっていたらしい。
だがオービンは諦める事無く、常にルークに呼びかけ話し合いをしようとして来たが、ルークの方が全く聞かず一方的に跳ね除けてしまい、今の様な関係が続いているとオービンは辛そうな表情をして口にした。
ルークはオービンより凄い事を皆に認められたいと思う一方で、オービンはルークの為に皆に認められた人になったのだと分かり、完全にすれ違い状態の兄弟なんだと初めて理解した。
オービン自身も、ルークが何をしようとしている事は分かっていたが、こちらから認めたとしても逆効果だと分かっていたので、踏み込むことが出来なかったらしい。
それを聞き、私はある事に気付く。
「もしかして、今年の大運動会って」
「察しがいいね。そう、俺とルークの関係を一気に修復する場所を作ったんだ。そして、あえて君たち後輩を刺激する状況を作り出したんだ」
「そう言うことだったんですか」
「さすがに、俺の自己満足だけじゃ無理だから、他に理由も考えてわがままを通したんだ。ちなみに言っとくけど、理由は嘘とかその場しのぎじゃなく、全うなものだからね」
オービンは私に嘘つきと思われたくないと思ったのか、最後の所を少し強調して話した。
さすがに自分の弟と仲直りする為だけに、こんな事をする人ではないと分かっていたので、嘘ではないと分かっていた。
「でもどうやって……あっ、『代表戦』ですか? そこで、わざと負けてルークのオービン先輩への感情をなくさせるんですか?」
「そこまで読めるとは、やっぱり君は凄いよ」
それを聞き私は、ルークはそんな事は直ぐに見抜きますと伝え、余計に関係が悪化しもう修復するどころの話じゃないと訴えた。
するとオービンは、小さく笑った。
「いや、すまない。全く同じよ様な事を言うんだなと思ってさ」
「へ?」
オービンは、元々は私が言った通りわざと負けてルークの欲望を満たせばそれでいいと思っていたが、数日前たまたま街で関係を知る友人に偶然会い、今回の事を相談したら私と同じように意味がないとハッキリ言われたと言った。
そこで友人からは、本気でぶつかって思っている事を投げつけないと何も変わらないと、逆に怒られたと少し笑いながら口にした。
私は、第一王子に怒ってまでそんな事を言える人の方が凄いと思ってしまったが、そこまで兄弟の関係を心配してくれるいい友人だと思った。
それを聞いたオービンも、わざと負けるという発想は止めて、ルークや後輩たちと宣言した通り全力でぶつかると決意したらしい。
「と言うわけさ。だから、この最後のチャンスは大きな賭けかもしれないが、ルークを完全に打ち負かしに行く。君がやろうとしていた事を、俺自身が実行するってわけさ」
「なるほど、言われてみればそうなるのか」
「どんな結果になったとしても、ルークと俺の関係は大きく変わるけど、それは絶対に悪い事じゃないと俺は思ってる。でも、もしもの時は、君に託すよ」
「えっ、何でですか?」
「だって、君は半年で俺が何も変えられなかったルークの意識を、少しでも変えたんだ。君なら、ルークと共に歩めるいい友人になれるからさ」
オービンは急に真剣な表情をしてそんな事を言ってきたて、少したじろいでしまう。
「っ」
「ルークは今でも俺しか見えてない。だが、それじゃこの先アイツは、何もないまま大人になってしまう。俺はそんな事をさせたくない。俺のせいであるのは重々承知しているし、押しつけだとも無責任だとも分かっている。それでも、今この場にいる君に改めてお願いするよ」
そのオービンの言葉に、私は何て返していいか分からずただ黙っていた。
私が返事困っていると思ったオービンは、「要するにこれからも、ルークと友達でいて欲しいってこと」と先程の真剣な顔を崩し、優しい顔で言ってきた。
その言葉に私は、今までのルークの態度や対応を思い出し口にした。
「それは、あいつの態度次第ですね。ルークの奴、私に対してだけやけに当たりがきついんで」
「あははは。そうなんだ、でも、仲良くやっていけそうだね」
「いやいや、オービン先輩もあれを見たら、仲良くなんて言えないですよ」
「それはぜひ見てみたいね」
最後には、軽く談笑するようにオービンと会話をしており、ちょっと前まで真剣に話していた事が無かった様な雰囲気になった。
「それじゃ、そろそろ俺も帰るよ。思ったより、長居しちゃったからね。そうそう、くれぐれも今日の事は2人だけの秘密にしてね」
「分かってます、オービン先輩」
「よろしい。クリス君も大運動会には万全で出れる様に、完全に治してね。後ヒビキの件は、注意しといたからもう大丈夫だと思うよ。それじゃ、お大事にね」
そう言ってオービン先輩は、私の部屋を出て行った。
少し話し疲れた私は、もう一度横になり休もうとしたが、オービンが最後の方に言っていた言葉が気になっていた。
最後のチャンスって言い方が少し大げさだと思うんだけど、確かに今の立場的にはもうそんな機会がないのか。
それに、あの真剣な表情でルークの事を私に託されても、私には何も出来ないですよ。
少しオービン先輩は、私を買被り過ぎな気がするけど、あんまりあそこまで凄いと言われると悪い気はしなかったな。
私は難しい事は考えずに、褒められた言葉を思い出しニヤニヤしつつ横になった。
そしてオービンはと言うと、寮の廊下を歩き自室へと向かいつつ、思い出し笑いをしていた。
「(にしても、まさか同じ様な事を言われるとは、驚いたな。やっぱり貴方の妹ですね、アバンさん)」
するとそんな姿を、ルームメイトであるミカに見られてしまう。
「何ニヤニヤしてるんだ、オービン。少し気持ち悪いぞ」
「いやね、思い出し笑いをしちゃってさ」
「それならいいが、あんまり廊下でそんな顔をするな。後輩に引かれるぞ」
「それは嫌だ。うん、気をつけよう」
「と言うより、どこ行ってたんだ。もう大運動会まで時間もないんだ、『代表戦』の出場順もそろそろ確定させないといけないぞ」
「それ俺に言う~ミカ」
「オービン以外に、誰に言えと?」
そこまで言われオービンは、小さくため息をついた。
その後2人は、自室へと戻っていた。
それから私はタツミ先生に言われた通り、言いつけを全て守り4日が過ぎた。
タツミ先生からも完全に完治したとは言われたが、また無理をするかもしれないから過度な特訓は禁止と言われてしまう。
それからは授業にも復帰し、ダンデたちとの特訓にも顔を出すが、無理はせずにリハビリ程度に参加しつつ日数が過ぎて行き、大運動会の前日を迎えた。
――大運動会開催まで残り、1日
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