タツミ先生の言葉に、マリアは何も答えずただ目線を外す事無く、黙っていた。
一方で、タツミ先生も目線を外さずに、ただたばこをもう一度口に銜え、煙を吸って吐き出していた。
吐き出した煙は、廊下の窓から入り込む月明かりに照らされていた。
「黙ってるって事は、自分がマリア・リーハイドと認めるって事でいいか?」
「……」
「ずっとそのままだと、話が進まないんだけどな~」
タツミ先生が、再びたばこを口に銜えると、マリアが口を開いた。
「もし、そうだと言ったのなら、貴方は私をどうするのですか?」
「ん? そーだなー。お前が、アリア・フォークロスを名乗っている理由によっては、ここで確保するかな」
たばこを銜えながら答えると、マリアは一度小さく息を吐いた。
「貴方の言う通り、私はマリア・リーハイドです。アリア・フォークロスを名乗っているのは、我が主であるリーリア・フォークロスの命である」
「わぁ~お。凄い名前が出て来たもんだ……はぁ~、何か面倒な事に頭をつっこんだかな、これは」
「それで、それを知った貴方は、私をどうするのですか?」
「そうだな。聞かなかった事にするかな。これ以上、面倒事はごめんだ」
「それはありがたい。では、次は私の番です、私を暗殺者として知っているという事は、やはり貴方は、昔私を殺さなかったあの人なのですか?」
するとタツミ先生は、窓の方へと移動し窓に背中を合わせると、たばこを吸って煙を吐き出した。
「なんだ、お前も俺の事知ってるんじゃねぇか……20年前なのに、よく覚えてるな」
「まぁ、唯一貴方だけ殺すことが出来ませんでしたし、逆に殺されかけたのに、殺さずに見逃された相手ですし」
「あんときお前は、9歳だろ。俺は、子供を殺す趣味はないんでね。当然の事だ」
そして、2人はそれ以降会話する事はなく、ただ静寂の時間が過ぎて行った。
先に動いたのは、タツミ先生であった。
今聞いた事は忘れてやると言って背中を向け、歩き出すと、たばこを持った手を振りながら、俺の事も忘れろと言って去って行った。
マリアはそれをただ見つめて立ち尽くしていると、窓からの月明かりに視線を移した。
「(まさか、本当に20年前に殺せず、逆に見逃された人だったとはね。髪も印象も変わっていて、初めて見た時は、まさかと思ったけれど……貴方が言った通り、生きていれば本当に何があるか分かりませんね、リーリア様)」
そう月を見て思い出した後、マリアもオービン寮の宿泊施設から立ち去った。
この時マリアは、タツミ先生に自分の正体と誰の命なのかを明かしていたが、本来ならば絶対に明かしてはいけない事であった。
だが、ここで嘘をついて面倒事になるよりも、真実を話すことで厄介事を回避すべきと判断し、真実を口にしていたのだった。
そして、20年前に暗殺対象を調べたことや自分を見逃した事を考慮して、彼ならば、真実を話しても誰にも言わないだろうと、分かっていての判断でもあったのだ。
ひとまず、今回の事は帰ってからリーリア様にも報告する事と、アリスお嬢様が何故このような事になったかの真実を探る事で、マリアの頭はいっぱいであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
タツミ先生は自室に戻った後、椅子にどっすりと座り、大きくため息をついた。
「いやいや、マジで何なんだよ今日は。色々あり過ぎだぞ。学院長め、簡単な付き添いだからと聞いて、引き受けたのに、これじゃ話が違うじゃないか……はぁ~」
もう一度深いため息をついた後、手に持っていた、たばこの火を消して容器に捨てた。
「カリキュラム中の事故、事情を話さない怪我人、俺を昔殺しに来た元暗殺者、そして、一番の厄介事はクリス・フォークロスか……」
この時、クリスの重症の怪我を治療する際に、タツミ先生はクリスが男でないと知ってしまったのだ。
医師として最善を尽くす為に、邪魔になりかねない制服を切った際に、男ではない証拠に胸にさらしが巻かれ、男の身体つきでないと一目で分かったのであった。
そしてそいつを心配しに来た、元暗殺者の少女、いや今じゃ立派な女性だが、名前を偽りフォークロス領主の妻の命だと言いやがってよ。
この時点で、既にタツミ先生の頭はパンクしかけており、片手で髪をかきむしった。
「推測の域で考えても、クリスに関しては、本当に面倒な事に頭をつっこんだな、俺……」
そう呟いたタツミ先生は、一旦クリスに関しての事は頭の隅に置いておくことにし、今は事故に関しての事を改めて考えていた。
今回の事故は、魔物が偶然現れたことが原因とガイルの単独行動が大きな要因という事になっていた。
だが、まだ謎は残っていたのだ。
まず1つは、初日のカリキュラム内容で地図に印された物を探すはずが、クリス班の物は何故か洞窟内にあった事だ。
事前に配置した教員によれば、洞窟には入っておらず周辺の森に配置したと証言している。
教員たちは、魔物が偶然見つけ持って帰ったという事にしていたが、魔物の特徴を聞く分にあまり外に出ないタイプであると、タツミ先生は推測していた。
次は、その魔物についてだ。
この島に常駐している兵士でさえ、魔物を見たことがないと証言しており、更には洞窟調査時にも魔物の存在はいないとされていたのだ。
王国兵士たちが虚偽の報告をすることは、ありえない。
だとすれば、その後に自然発生したと考えるのが妥当だが、そうそうに魔物は自然発生などしないし、証言による魔物の大きさだと常駐している王国兵が、その兆候などを見逃すとも思えなかった。
そして最後に、クリス班のみ魔物と遭遇した事だ。
確かに他の班の場所で、魔物と遭遇するような場所ではないが、魔物が発生したならば必ず他の場所にも生まれてくるのが、この世界の魔物という存在だ。
更に、クリス班が出合った大きさの魔物となると、他の魔物や生物を食らっていてもおかしくないが、その痕跡すら今は見つかっていない。
ここまでの証拠や証言で推理した際に、タツミ先生は1つの推測を立てていた。
「まぁ、不確定要素ばかりではあるが、ここから考えられるのは、誰かが意図的に魔物を持ち込んだかだが……ちっ、あ~ダメだ」
タツミ先生はそこまで考えて、一度考えた事を全てなかったことにしていた。
勝手に推測し、自分の中で決めつけるのは悪い癖だと分かっており、それで過去に過ちを犯していたので、それを思い出したのだった。
そのままタツミ先生は、もう1本だけたばこを口に銜え、火をつけて吸った煙を吐いた。
「こんな事があって、まだ初日とは。この先、思いやられるな……」
そうして初日の夜は更けて行った。
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