「なんだこれ?差出人の名前がない」
届いた手紙には、差出人の名前も宛先も書いていなかった。しかし、この手紙にはしっかりと封蝋までされている。とりあえずキッチンにあったナイフで封蝋を開け、中身を確認してみる。
そこには。
「もし、異世界に行けるとしたら。貴方はどうしますか?」
「YES or NO?」
と書かれていた。
俺は、深く息を吸い、思いっきり吐き出す、そして。
「YES」
そう答えた。その時、手紙の文字から『or NO』の文字が消え、『YES』だけが残り、その手紙は煙とともにどこかに消えてしまった。
ドクンと自分の心臓の鼓動の音が聞こえた気がした。動揺が隠しきれず、手が震えている。手だけではなく全身を襲う震えが止まらない。
なると決めてから20年以上が経ちようやく訪れた奇跡を前に、弘和の胸の内はかつてないほどの喜びに満ちていた
「長かった、やっと、来たあああああああ!!!」
アパートの窓を開け、そう叫んだ。窓のガラスが割れるのではないかと思えるほどの声量で。平日の昼間ということもあり、人は少なか大した騒ぎには
ならなかった。神棚ではあるが、20年近く毎日祈り続けてきたのだわ、嬉しくないわけがない。
しかし、ここでふと思う。確かに弘和はYESと答えた。だが、そのあとは?どうやって異世界へ行くというのだ?
まさか、これは夢なのか。今見ているこれは夢で、現実の俺は部屋で寝ているのではないか?とてつもない不安に駆られ、なにを思ったのか、自分の顔目掛けて拳を放つ。
鍛えているだけあり、鈍い音と共に青あざと鼻血がでている。そして、瞬時に襲う激痛。
「イッてえ!ーーーよし、夢じゃねえ」
確かに夢ではなかった。だとすれば尚更どうすればいい?こんな事を周りのヤツに言ったところで信じてはもらえないだろう。
唯一の証拠であるはずの手紙は煙となって消えている。証明できるものが何も無い。
しかし、ここで何もしなければ次なんてあるとは思えない。だからといって、何ができるわけでもない。
「なあー!どうすればいいんだ!」
[ピンポーン]
弘和のモヤモヤをかき消すようにアパートのチャイムが鳴る。未だ迷走中だったが出ないわけにはいかない。
ガチャリとドアを開けるとそこには見知った顔の男がたっていたのである。
「お前またクビになったんだって?これで何回目なんだよ。少しは・・・」
「タツ!そんな事はどうでもいい。話したいことがあるからとりあえず中に入ってくれ」
言いかけた言葉を半ば食い気味に遮り、中に入るように促した。このタツという男、名前を神龍道という。金髪碧眼のクウォーター、弘和とは中学からの友人で、異世界勇者話しを信じ応援してくれた数少ない人物だ。
「どうしたんだよ、そんな慌てて。そんなにクビになったのがショックだったのか?いくらなんでも、これ以上紹介するのは難しいぞ」
実はここ最近、神は弘和にバイトの紹介をしていたのだ。元々そういった何でも屋、的な事をしており、イヤイヤながら弘和の面倒を見ている。
しかし、いつもの弘和と少し様子が違う事を神は感じた。
「違う、そうじゃないんだ、タツ!」
「聞いてくれ。実は、ーーーーーー!」
「まあ待てカズ、一度落ち着け」
興奮した弘和が要領を得ない説明しかしない事を神は知っている。だから一度落ち着かせ、改めて何があったかを聞くことにした。
冷静さを取り戻した弘和は、事の顛末を神に話した。夢の事から始まり、クビになった事(知っているが、一応)、手紙の事、その手紙が消えた事、そして何をすればいいのか分からず困っている事を全て話した。
神はなるほどと頷くと、何かを考えているのか少し俯く。そして小さな声で何か呟いたあと、弘和に飯でも食おうと話を持ちかけてきた。
「何故だ?!」
そんな場合ではない。弘和にとっては人生最大の転期、悠長にメシなど食べている暇などない。
それに、弘和がどれほどこの瞬間を待っていたかを神は知っているはずなのに、なぜ?!
今にも胸ぐらを掴もうとする弘和に対して、神は冷静に説明した。
「まあ落ち着けよ、カズ。そんなに焦ったってしようがないだろ。何したらいいか分からないなら、飯でも食ってさ、それから改めて考えようぜ。飯は俺の奢りだしよ。な?」
神の言うことももっともだ。そもそも、確かに俺はYESと答えている。けどそれだけだ。あの手紙には行き方やその方法、どうすればいいかの手段も書いていなかった。
でも、夢ではないのは間違いない・・はず、手紙が消えたことが何よりの証拠。たが、その返事やそのことに対してのリアクションが何もないのは何故だ?これも何かの試練なのか?いや、しかしーーー。
弘和がぶつぶつと、自分の考えをまとめるのに必死だが、神はどこかに電話をかけている。
「カズ、先行くぞって聞いてねえな。おい、早く来いよ」
深い溜息を神が吐きながら、ホントに大丈夫か?と、わりと意味深なことを言っていたが、弘和はそれを無視し歩き始めた。
ほとんど前を見ていないが普通にまっすぐ歩いているのは、流石の運動神経といったところだろう。
ドアを出てしばらく歩くと、違和感を感じた。このアパートは玄関を出て左に曲がると、すぐ階段を降りることに、なるのだが、ここにはそれがない。いたって平坦なのだ。
不思議に思い顔を上げる、そこには普段の景色とは全く別の光景が広がっていた。
あたり一面、白一色の世界。それが無限に伸びていて、端が分からないほどだ。
弘和は困惑していた。確かアパートにいた。これは間違いない。自宅のドアを出て、タツにメシを奢ってもらうはずだった。
ここでようやく、神の存在を思い出す。
「タツ!何処だ?タツ!」
いくら神の名前を読んでも返事がない。一体、神はドコへ行ったのか。そして、弘和の今いる場所は?
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