「ーーーまさか!?」
ーーー数時間前
バンッ!と勢いよく開いた扉から男が蹴り出されていた。蹴られた威力がよほど強かったのか、目の前にあったゴミ置き場に頭から突っ込んでいた。
「お前みたいなヤツはうちにはいらん!クビだ!」
「二度と顔を見せるな!」
ふんっと鼻を鳴らし、先ほどと同じ強さで扉をしめて行く。
蹴り出された男は、そのあまりの痛さに未だ起き上がれず周りから白い目で見られていた。数分後には痛みが引いてきたのか、ようやく起き上がりパンパンと身体中のゴミを払い落としていた。
「チクショー、あのクソ店長!いくら、寝坊したり、皿は割ったり、客に水掛けちまったりしたからって」
「今日がバイト初日だぞ?なにもクビする事はねえだろ!?ーーーーーーーーー!」
「ーーーふう。さて、帰るとするか」
などの悪態をひとしきりついたあと、急に落ち着きだし、とぼとぼと歩き出した。
俺の名前は滝洲弘和今年で34になる。
さっきの騒動でもわかる通り、たった今バイト初日でクビになった。だが俺は、全く気にしていない。
何故なら。俺にはとんでもなく大きな夢がある。それは、異世界に行って勇者になる事!
あ?今、なにを馬鹿なことを言ってるんだって思わなかったか?確かに、なんの確証もなしにこんなことを言うほど俺も馬鹿じゃねえ。つまり、前例があるってことだ。
これは、俺がまだ中学生の頃にまで遡る。その日は家族で夕飯を食べているとき。
「次のニュースです。10年前に当時15歳で行方不明となっていた巡陀勇さんが、都内某所の交番にて保護されたとのことです。本人と御家族の証言により、巡陀氏本人である事が証明されたそうです」
「しかし、この10年もの間どこで何をしていたのかの問いに対し巡陀氏は、『僕は、この地球とは違う世界。異世界に行っていた』と、証言したそうです。巡陀氏はさらに、そこで僕は勇者であったと続けて言っていたそうです。」
「この証言に対し病院の医師は、ショックのあまり記憶が混濁しているのではないか、と証言。しかし、保護された時の姿が行方不明となった時と同じ15歳だったこと。これは、どう言うことなのか?これからの彼に注目です。次のニュースです。」
「へぇ、勇者かあ。カッコいいなあ!」
俺は当時、某有名ゲームにどハマりしていた父親の影響をマトモに受けていた。だから『勇者』という存在にとてつもない憧れがあった。
「父ちゃん、俺も大きくなったら勇者になれるかな?」
「ああなれるぞ!でもな、勇者ってのは簡単になれるもんじゃねえ。まずは強くなくちゃあいけねえ!だから、今からでも鍛えないと勇者なんてなれるもんじゃあない。」
「うん、俺今から鍛えてくる!」
そう言ってとりあえず持久力強化のために走ろう。そう決めた俺はその場を離れようとした。しかしそこで、父親が待ったをかけてきた。
「まあ、待て。最後に1番重要なものがある。こればかりはどう鍛えても決して身につくもんじゃないけらな。」
いつにもまして真剣な顔をしている父親を見て、俺は息を呑む。
「それはな、『運』だ!」
「運‼︎⁉︎」
「そりゃそうだぞ、弘和。ニュースの人は異世界?とやらに行ったんだろ?」
「そんなとこに行くとなると当然、運も必要だ」
「父ちゃん、運はどうすればいいんだ?」
「そりゃあ・・・あれだ。祈れ」
「祈れ?」
「運なんてもんは、きたえられるわけがねえ。なら、もう神様にでも祈って叶えてもらうしかねえな。だから、祈れ!」
「結局は神頼み?」
母は呆れた顔で俺たちを見ていた。そんなことが起きるはずがない、できるものかと。何を根拠に?とそう言われた。けど、俺は父ちゃんの言葉を疑わなかった。
鍛えて神様に祈れば、いつか異世界に行って勇者になれるんだ。そして俺は父親の言われた通り、毎日休む事なく自分の身体を鍛えることになる。もちろん神様に祈ることも欠かさず続けた。といっても神棚に、だが。
けど鍛え始めて3年、15歳になった俺は先生達から進路はどうするんだと言われた。
「は?勇者になるから高校は行かない?」
「そんな物になれるわけないだろ。お前、まだ本気であの3年前のニュースを信じていたのか?あんなのはデマだよ。本当な訳がない、もっと現実を見なさい」
「お前ほどの運動神経があれば、スポーツ推薦だって可能なんだぞ?それを、訳のわからんことで棒に振るんじゃない」
と、散々だった。挙げ句の果てに、周りの友人達から異世界に行くとか言ってる嘘つき野郎と言われる始末。だが唯一、中学2年の時にできた親友の神龍道(たつ)は俺のことを信じてくれた。
「バカだよな、カズは。そんなにスポーツ万能なのに全部蹴るなんて。でも、お前ならその異世界?にも行けそうな気がするよ」
「応援してるぜ。期待はしてないけど」
ーーーそんなこんなであれから時は立ち、俺も今年で34なったわけだ。もちろん未だに異世界に行けたわけではないし、勇者にもなっていない。でも俺は諦めたりしない。鍛え続けたお陰で身体の方は頑丈そのもの、ただ力が強すぎて今日みたいに何枚も皿割っちまってクビなっている。
両親は既にこの世を去り、現在は肉体労働系の日雇いでなんとか凌いでいる状態で、さすがに日雇いだと限界があるため、バイトを受けてみたがこの有様。なると決めてから20年以上、完全にオッサンになってしまった。
肩を落とし、大きな溜息を吐きながら自宅の扉を開け、茶の間でへたり込む。しかし、神棚への祈りは忘れない。もはや習慣化しており、無意識にできるようになっていた。
「はあ、もう諦めて普通に真面目に就職した方がいいのかもな」
それもそのはず20年以上信じてやってきたが報われず、周りからのヤジにも耐え頑張って来た。その恵まれた身体を活かす場があったにも関わらず。
「親父、もうダメかもしれねえよ」
ーーーカタンッーーー
手紙が1通ポストに入れられた。ご丁寧なことに封蝋までされているが。そこには表には多貴須弘和様とだけ書かれており、裏には差出人の名前や宛先等は書いてはいなかった。
「差出人の名前がない、いったい誰だ⁈まあ中みりゃ書いてあるか」
キッチンにあったナイフで封蝋を取り、中身を確認。そこには驚きの内容が書かれていた。
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