普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

〜世界最強の暗殺者になって、私から全てを奪った者達に復讐しようと思います〜
水篠ナズナ
水篠ナズナ

商会のその後

公開日時: 2020年11月22日(日) 22:26
文字数:3,366

「僕の大切な後輩に怖い思いをさせた事、後悔させてやるぞ!」


 先輩が啖呵を切り、舌を出し、左目のまぶたを引き下げ、ナルヴァ達にあっかんべーをして見せる。


 いや子供か!


「ナルヴァさん。あのガキ殺っても良いですよね?」


 男はナルヴァに殺害許可を求めた。もう一人の男もしきりに頷いている。しかし、ナルヴァは冷静に状況を判断していた。


「貴様等はバカか! どう見ても三流のお前達が勝てる相手ではない。あれは相当の手練れだ」


 流石は本来の商会長。一瞬の内に先輩の力量を見極めたようだ。


 商会長に止められた男達はすごすごと引き下がる。


 先輩は、気配を完全に消して現れた。この部屋にいる誰もが、先輩が姿を現すまで、その存在を知覚する事が出来なかった。それは、誰も先輩には勝てないという事実を物語っていた。


「――――どうすれば見逃してくれる?」


 ナルヴァは、もう助からないと頭では理解しているのものの、縋るような思いで聞いた。


 脇に控える男達も固唾を呑んで見守る。


 だが、彼等の予想を裏切るかの様に先輩が、ニコニコ顔で言った。


「いいよ。見逃しあげる! 別に君達は対象じゃないしね。あくまで僕達は、ロッゾの暗殺が目的だったから」


 さっき、私の為に怒ってくれる的な事を言ったのはなんだったんだよ!


 私はジト目で先輩を見つめる。すると先輩が私に下手くそなウインクをしてきた。


 そして先輩はこう続けた。


「|僕《・》|達《・》は何も手を出さない。でも、君達の被害を受けた人達はどう出るかなぁ〜〜?」


 先輩が含み笑いをして、後ろを指差す。


 その意図に気付いたナルヴァが、子供達を閉じ込めている牢を確認するよう指示を出す。


 確認をしに行った男達が、慌てた様子で戻ってきた。


「だ、だめです。商品のガキ共が一人もいません!」


「全員、手枷を外されて牢の鍵が開けられています!」


 男達から報告を受けたナルヴァは、みるみる内に青ざめていく。


「……どうやって鍵を開けた。鍵は私しか持っていない筈なのに」


 先輩が、手の平サイズの棒をつまんでフリフリしている。


 うん。ムカつくね。


「そんな物で牢を開けたというのか……」


「まぁ、僕にかかれば朝飯前だよね」


 先輩。一層の事、泥棒に転職したらどうでしょうか? そして、衛兵にでも捕まっちゃって下さい。


 そしたら私が満面の笑みを浮かべて会いに行きますので。


 男二人が、その場からこっそり私達の目を盗んで逃げようとしていたので、自由になった体で彼等を痺れさせておいた。


 まだ頭は痛いけど。


「もうすぐ、夜明けだね。今頃、子供達が親と再会して事の顚末を語っている頃かな。ここに衛兵が詰めよるのも時間の問題だけど……どうするおじさん?」


 おっと、まだ二十代半ばのナルヴァには、少々きつい言葉なんではないでしょうかー。


「…………」


 ナルヴァは、先輩のどちらの言葉にショックを受けたのかは分からないが、先輩と向き合ったまま無言が続いた。


 二人は無言で見つめ合う。見つめ合うと言えば恋愛が真っ先に浮かんでくるが、二人の雰囲気は最悪に近い。


 一方は犯罪者。もう一方の少女は、犯罪者の父を殺した者の仲間。


 恋愛要素など全くない。うん、間違いなくカノン様とこっそり読んでいたメロドラマに頭が侵されてるな。

 

 やがて、視線を下げたナルヴァがぼそりと呟いた。


「……する……よ」


「うん? なんて言ったの聞こえなかったなー?」


 先輩の距離なら聞こえるでしょうに。わざとらしく後ろにいる私をチラチラ見る。


 私に聞こえるくらい、大きな声で言わせたいらしい。


「自首すればいいんだろ! 今までやってきた事を全て衛兵に話す。そして罪を償う、これで満足か!!」


「おじさんが良いと思うなら、いいんじゃないかなぁー」


 先輩はそれだけ言い残すと、とてとてと私の方に歩み寄ってきた。


「後輩ー! 怪我してない?」


 その質問。今更感が凄いね。


「ご覧の通り、体は無事ですが心はボロボロですよ。もう少し遅かったら私、奴隷になってたんですからね!」


 本気で奴隷にされるのかと内心ビクビクしていたが、何はともあれ助かった。


 すると先輩がクスクスと笑っている。何がそんなにおかしいんだ?


「何を笑ってるんですか? 気持ち悪い」


「後輩が辛辣!! 実はね、後輩君。君は彼の奴隷になんかならなかったんだよ」


 その言葉に一番驚いたのは、契約魔法を発動させた本人であるナルヴァだった。


「なっ、そんな事はない。私の魔法は完璧だった筈だ」


「そうだね。何回もやってるだけあるよ。魔法陣にミスは一つもなかった」


「――だったら、一体何が」


 先輩がちょんちょんと、魔法陣に描かれている文字の一部分を指差す。私にはなんて書いてあるか分からないが、ナルヴァの驚きようでなんとなく先輩が何かやらかしたんだと反射的にさとる。


「文字が書き換えられている?!」


「そっ。だから、どうやっても君の奴隷にする事はできなかったわけだ」


「その場合、私はどうなっていたんですか?」


 それが一番気になる。先輩は、なんかニヤケながら少し照れてる。どういう反応だよ。


「それはねー。僕の奴隷になるように書き換えておいたんだよ。いやー、最後まで悩んだよこのまま僕の奴隷にしようかどうかおね。でも僕は優しいから、しっかり助けてあげたのさ」


「助けに来てくれた時の感動を返してください」


 どうやら先輩は、私を先輩の奴隷にしようと企んでいたらしい。そんなのカノン様以外お断りだ。


「ちなみに……私を奴隷にしたら、何させようとしてたんですか?」


 悩む素振りもなく、悪びれなく先輩は答えた。


「掃除! 洗濯!! 添い寝!!!」


 うん。掃除と洗濯はまだ分かるよ……でも添い寝って……今日から先輩と寝る時は距離をとった方がいいのかもしれない。


「ははっ、俺の完敗だ。さっさとここから出た方がいいぞ、衛兵が来るんだろ? お前らも不審者として捕まっちまうぞ」


 ナルヴァの口調が随分と荒っぽくなった。こっちが素らしい。


「むっ。言われなくても分かってるよ。行くよ後輩!」


 私は先輩に手を引かれて、商会を後にした。既に商会の入り口は衛兵が取り囲んでいて、商会の者と口論になっていたので、気配を消せば気付かれる事なく、通り抜ける事が出来た。


 その後、事態はナルヴァの登場によって、収まる事になり、彼の自供から関わった者全てが刑に処させる事となった。これにより、帝国随一の商会による奴隷売買騒動は幕を閉じる事になった。


 ベルセイン商会は、一時的に国が借金を肩代わりし、その規模を縮小したのち、今回の事件に関わりが無かった者たちが新たに商会を経営して徐々に借金を返していく運びとなった。


 結局、ナルヴァが商会を維持しようとした理由は聞けず仕舞いに終わった。


「奴隷として売られた子の半分は行方知らずなんですよね?」


「うん。衛兵の知り合いに聞いたらそう言ってたよ」


 戻ってきた親は良いけど、子が戻って来なかった親にとっては、やりきれない想いをこの先、抱えていく事になるだろう。


「それより、先輩。色々聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「エトが僕の事を知りたいって! やー照れちゃうな」


「勘違いしないで下さい。ぶっ飛ばしますよ」


 私は、幾つか先輩に聞きたい事があったので聞いてみる事にした。


「先輩は、ロッゾが奴隷売買の犯人ではないと分かってて、私に殺させたんですか?」


「そうだね。依頼はロッゾの暗殺だったから」


「それが例え、本当の犯人。今回でいうならば、奴隷を取り扱っていた者じゃなくてもですか?」


「そうだよ。この仕事はそういうお仕事だから」


「……そうですか」


 私が気落ちしたと思ったのか、慌てて先輩がフォローに入る。


「いや、でもね。ジークが、出来るだけ一般人の依頼は受けないようにしてるから、無実の人が頻繁に怨恨で死ぬわけじゃないよ!」


「じゃあ、少しはあるんですね」


「あっ! ちが、いや違わないけど。あぁもう続きは家に帰って、夕飯を食べてからね」


「食べたらすぐ寝るじゃないですか」


「そんな事ないよ! 今日は起きるもん!!」


「本当ですかーー?」


 私は色々あったが、なんとか初任務を終え帰路に着く事ができた。


 この後、私は家についた瞬間、緊張の糸が解け、家の中という安心感からすぐに爆睡してしまった。


 そして、珍しく先輩が私をベッドまで運び、翌朝になって何も食べていない先輩の遺体がグーグーとお腹を鳴らし、台所で見つかる事となった。


 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート